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史記 / 循吏列伝

太史公曰、法令は民を導く所以なり、刑罰は姦を禁ずる所以なり。奉職循理も、亦た以て治を為す可し、何ぞ必ずしも威厳ならんや。楚の民の俗庳車を好む、王庳車の馬に便ならずと以為し、令を下して之を高からしめんと欲す。孫叔敖相たり、曰、令数しば下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高からしめん。乗車する者は皆君子なり、君子は数しば車を下る能はず。王之を許す。半歳を居きて、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ふなり。近き者は視て之に效ひ、遠き者は四面に望みて之に法る。

新字:太史公曰、法令は民を導く所以なり、刑罰は姦を禁ずる所以なり。奉職循理も、亦た以て治を為す可し、何ぞ必ずしも威厳ならんや。楚の民の俗庳車を好む、王庳車の馬に便ならずと以為し、令を下して之を高からしめんと欲す。孫叔敖相たり、曰、令数しば下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高からしめん。乗車する者は皆君子なり、君子は数しば車を下る能はず。王之を許す。半歳を居きて、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ふなり。近き者は視て之に効ひ、遠き者は四面に望みて之に法る。

書き下し

太史公曰く、法令は民を導く所以なり、刑罰は姦を禁ずる所以なり。奉職循理も、亦た以て治を為す可し、何ぞ必ずしも威厳ならんや。楚の民の俗庳車を好む、王庳車の馬に便ならずと以為し、令を下して之を高からしめんと欲す。孫叔敖相たり、曰く、「令数しば下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高からしめん。乗車する者は皆君子なり、君子は数しば車を下る能はず」と。王之を許す。半歳を居きて、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ふなり。近き者は視て之に效ひ、遠き者は四面に望みて之に法る。

現代語訳

「命令を乱発して人を縛らず、自然に望ましい方向へ導く」——名宰相・孫叔敖の、押しつけない統治を描いた一段です。司馬遷はまず、良い統治の本質を語ります。「法令は民を導くためのもの、刑罰は悪事を禁じるためのものだ。しかし、(威圧に頼らずとも)自らの職責を果たし、道理に従って治めるだけでも、立派に治めることはできる。どうして必ずしも、威厳や厳しさが要るだろうか(奉職循理、亦可以為治、何必威嚴哉)」と。その実例が、楚の宰相・孫叔敖です。楚では、人々が背の低い車を好んでいました。王は「低い車は馬に不便だ」と考え、法令を出して車を高くさせようとします。しかし孫叔敖は、こう諫めました。「法令をたびたび出せば、民は何に従えばよいか分からなくなります。よくありません。もし王が車を高くさせたいのなら、村里に教えて、家の門の敷居を高くさせましょう。車に乗るのは身分ある者たちですが、彼らは(敷居が高ければ)たびたび車を降りるのを嫌がりますから、(自然と車を高くするでしょう)」と。王がこれを認めると、半年ほどで、人々は皆、自分から車を高くしました。強制の命令ではなく、自然にそうしたくなる環境を整えることで、望む結果を実現したのです。司馬遷は評します。「これこそ、命令して教え込まなくても、民が自然にその感化に従うということだ。近くの者はそれを見て真似し、遠くの者も四方から見習うのだ(不教而民從其化)」と。ここに、統治とマネジメントの要諦についての教訓があります。第一に、命令や規則を乱発して人を縛るのは、かえって逆効果だということ。「令数しば下れば、民従ふ所を知らず」——次々と変わる指示は、現場を混乱させ、何に従えばよいか分からなくさせる。ルールは少なく、一貫していてこそ機能する。第二に、強制するのではなく、人が自然に望ましい行動を取りたくなる「環境・仕組み」を整えることが、より効果的だということ。孫叔敖は、車を高くせよと命じる代わりに、敷居を高くするという仕掛けで、人々が自ら車を高くするよう仕向けた。行動を直接強制せず、それを促す環境を設計する——これは、まさに仕組み化の発想です。第三に、威圧や号令ではなく、自らの職責を果たし道理に従う姿勢が、自然な感化を生むということ(奉職循理)。組織づくりで、命令や規則を乱発して現場を縛らないこと、強制でなく人が自然に動きたくなる環境・仕組みを設計すること、そして威圧でなく道理に従う姿勢で自然な感化を生むこと——孫叔敖の統治は、押しつけないマネジメントの本質を教えます。

解説

あなたは、命令や規則を乱発して現場を縛り、かえって混乱させていませんか——ルールは少なく一貫していてこそ機能すると理解していますか?人に望ましい行動を直接強制するのではなく、その行動を自然に取りたくなる「環境」や「仕組み」を設計する発想を持てていますか?威圧や号令ではなく、自らが職責を果たし道理に従う姿勢によって、周囲を自然に感化できていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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