新論 / 守禦
其三曰、富邦國、天下人牧、率皆怠傲驕奢、誅求無常、用財無制、以自致貧困、是皆由其長宮掖婦人之手、生則逸、目唯令色、耳唯巧言、未嘗知艱難也、今列國各守封疆、大小相維、以藩屛國家、勢如百足之蟲、足以免土崩之患、如能因而勸勉激勵、分以天下之憂、責以方面之任、使之戒勅繕修常如與虜兵對壘、而時視察其勤惰、以行黜陟、輕重有權、不拘以常格、要使邦國盡知所憂恤、乃使之亦興士風禁奢靡安百姓擧賢才、而節以制度、不傷財、不害民、其國豈有不富且強乎、
新字:其三曰、富邦国、天下人牧、率皆怠傲驕奢、誅求無常、用財無制、以自致貧困、是皆由其長宮掖婦人之手、生則逸、目唯令色、耳唯巧言、未嘗知艱難也、今列国各守封疆、大小相維、以藩屛国家、勢如百足之虫、足以免土崩之患、如能因而勧勉激励、分以天下之憂、責以方面之任、使之戒勅繕修常如与虜兵対塁、而時視察其勤惰、以行黜陟、軽重有権、不拘以常格、要使邦国尽知所憂恤、乃使之亦興士風禁奢靡安百姓挙賢才、而節以制度、不傷財、不害民、其国豈有不富且強乎、
書き下し
其の三に曰く、邦国を富ます。天下の人牧、率ね皆怠傲驕奢、誅求常無く、財を用ふるに制無く、以て自ら貧困を致す。是れ皆其の宮掖婦人の手に長じ、生まれながらにして則ち逸し、目には唯だ令色、耳には唯だ巧言のみにして、未だ嘗て艱難を知らざるに由るなり。今列国各々封疆を守り、大小相維ぎ、以て国家に藩屏たり。勢ひ百足の虫の如く、以て土崩の患を免るるに足る。如し能く因りて勧勉激励し、分かつに天下の憂を以てし、責むるに方面の任を以てし、之をして戒勅繕修すること常に虜兵と塁を対するが如くならしめ、而して時に其の勤惰を視察して、以て黜陟を行ひ、軽重に権有りて、拘るに常格を以てせず、要は邦国をして尽く憂恤する所を知らしめ、乃ち之をして亦た士風を興し、奢靡を禁じ、百姓を安んじ、賢才を挙げしめ、而して節するに制度を以てし、財を傷らず、民を害せずんば、其の国豈に富み且つ強からざること有らんや。
現代語訳
第三は諸藩を富ませることである。天下の民を治める大名たちは、おおむね怠けて傲り贅沢をし、取り立てに際限がなく、財の使い方に節度がなく、自ら貧困を招いている。これはみな奥御殿の女性たちの手で育ち、生まれながらに安逸で、目にはこびへつらう顔色だけ、耳には巧みなお世辞だけで、苦労を知ったことがないからである。今、諸藩はそれぞれ領地を守り、大小が互いにつながって国家の守りとなっている。その勢いは百足の虫(死んでも倒れない)のようで、土が崩れるような総崩れの憂いを免れるに十分である。もしこれを生かして励まし奮い立たせ、天下の憂いを分かち与え、各方面の任務を課し、つねに敵兵と塁を向き合わせているかのように戒め修繕させ、時々その勤勉と怠慢を視察して昇進と降格を行い、軽重のはかりをもって、通常の規則にとらわれず、要するに諸藩にことごとく憂い心配すべきことを知らせ、そのうえで諸藩にもまた士風を興し、贅沢を禁じ、民を安んじ、賢才を挙げさせ、制度によって節度を保ち、財を損なわず民を害さないようにすれば、その国がどうして富み強くならないことがあろうか。
解説
この章句が説くこと
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国語・斉語正月の朝、五属の大夫事を復す。桓公是の功寡(すく)なき者を択びて之を謫(せ)めて曰く、「地を制し民を分かつこと一の如し。何の故に独り功寡なき。教え善からざれば則ち政治まらず。一再は則ち宥(ゆる)し、三たびは則ち赦さず」と。桓公又親ら焉に問いて曰く、「子の属に於いて、居処義を為し学を好み、父母に慈孝、聡慧質仁にして、郷里に発聞する者有らば、有れば則ち以て告げよ。有りて以て告げずんば、之を明を蔽うと謂い、其の罪五」と。有司已に事において竣う。桓公又焉に問いて曰く、「子の属に於いて、拳勇股肱の力の衆に秀出する者有らば、有れば則ち以て告げよ。有りて以て告げずんば、之を賢を蔽うと謂い、其の罪五」と。有司已に事において竣う。桓公又焉に問いて曰く、「子の属に於いて、父母に慈孝ならず、郷里に長悌ならず、驕躁淫暴にして、上の令を用いざる者有らば、有れば則ち以て告げよ。有りて以て告げずんば、之を下比と謂い、其の罪五」と。有司已に事において竣う。五属の大夫是に於いて退きて属を修め、属退きて県を修め、県退きて郷を修め、郷退きて卒を修め、卒退きて邑を修め、邑退きて家を修む。是の故に匹夫に善有らば、得て挙ぐべきなり。匹夫に不善有らば、得て誅すべきなり。政既に成れり。以て守れば則ち固く、以て征すれば則ち彊し。
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『塩鉄論』雜論篇異なるかな吾が聞く所。周・秦は粲然として、皆な天下を有ちて南面す。然れども安危長久、世を殊にす。始め汝南の朱子伯、予が為に言う。此の時に當たりて、豪俊並び進み、四方輻湊す。賢良茂陵の唐生、文學魯國の萬生の倫、六十餘人、咸な闕庭に聚まり、六藝の風を舒べ、太平の原を論ず。智者は其の慮りを贊け、仁者は其の施しを明らかにし、勇者は其の斷を見し、辯者は其の詞を陳ぶ。誾誾焉たり、侃侃焉たり。未だ詳備なる能わずと雖も、斯れ略ぼ觀る可し。然れども雲霧に蔽われ、終に廢れて行われず。悲しいかな。公卿は武に任ずるの以て地を辟く可きを知りて、德を廣むるの以て遠きを附く可きを知らず。權利の以て用を廣む可きを知りて、稼穡の以て國を富ます可きを知らざるなり。近き者親附し、遠き者德に說ばば、則ち何をか為して成らず、何をか求めて得ざらん。斯の路に出でずして、利を畜え威を長ずるを務むるは、豈に謬らずや。中山の劉子雍は王道を言い、當世を矯め、諸を正に復す。務めは本に反るに在り。直にして僥らず、切にして〔一字を欠く〕ず。斌斌然たり。斯れ弘博の君子と謂う可し。九江の祝生は由・路の意を奮い、史魚の節を推し、憤懣を發し、公卿を刺譏す。介然として直くして撓まず、強禦を畏れずと謂う可し。桑大夫は當世に據り、時變に合わせ、道術を推し、權利を尚び、略を辟きて小辯す。正法に非ずと雖も、然れども巨儒宿學も恧然として、自ら解く能わず。博物通士と謂う可し。然れども卿相の位を攝りて、準繩を引かず、道を以て下を化せず、利末に放り、始古を師とせず。易に曰く、「焚くが如く棄つるが如し」と。位に非ざるに處り、道に非ざるを行い、果たして其の性を隕とし、以て厥の宗に及ぶ。車丞相は周・呂の列に即き、軸に當たり中に處るも、囊を括りて言わず、身を容れて去る。彼れなるかな、彼れなるかな。夫の群丞相・御史の若きは、正議して以て宰相を輔くる能わず、同類を成し、同行を長じ、意に阿り茍合して、以て其の上を說ばす。斗筲の人、道諛の徒、何ぞ算うるに足らんや。
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『塩鉄論』非鞅篇大夫曰く、秦は商君に任じ、國以て富強なり、其の後卒に六國を幷せて帝業を成す。二世の時に及び、邪臣斷を擅にし、公道行われず、諸侯叛き弛み、宗廟隳亡す。春秋に曰く、『末に爾か言う、祭仲亡ぶればなり』と。夫れ善く歌う者は人をして其の聲を續がしめ、善く作す者は人をして其の功を紹がしむ。椎車の蟬攫は、相土の教えなり。周道の成るは、周公の力なり。裨諶の草創有りと雖も、子產の潤色無く、文・武の規矩有りて、周・呂の鑿枘無ければ、則ち功業成らず。今趙高の秦を亡ぼすを以て商鞅を非るは、猶お崇虎の殷を亂すを以て伊尹を非るがごときなり。
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『宋名臣言行録』後集巻十一・蘓頌公請う、盜を獲るの多寡を以て縣令の殿最の法を立てんことを。以爲えらく、巡檢・縣尉は但だ能く盜を捕うるのみにして、民をして盜を爲さざらしむる能わず。能く民をして盜を爲さざらしむる者は縣令なり。且つ州縣の物務は、歲課稍ミ虧くれば官任に罰有り。今良民奪剽の害に罹りて、親民の官獨り責を任ぜざるは可ならんや、と。
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論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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