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新論 / 國體中

昔 東照宮之尚武力、所以建基業、而其愚弱天下、所以與天下休息、張而弛之者也、今外夷日尋干戈事呑併、逓出並至、以窺人邊境、其勢猶尾甲相之隣濱松、固非得休息之時、則將安得弛而不張哉、故其所以建基業之意可必法、而愚弱之之跡、不可必泥、時變之易見者也、

新字:昔 東照宮之尚武力、所以建基業、而其愚弱天下、所以与天下休息、張而弛之者也、今外夷日尋干戈事呑併、逓出並至、以窺人辺境、其勢猶尾甲相之隣浜松、固非得休息之時、則将安得弛而不張哉、故其所以建基業之意可必法、而愚弱之之跡、不可必泥、時変之易見者也、

書き下し

昔東照宮の武力を尚ぶは、基業を建つる所以にして、其の天下を愚弱にするは、天下と休息する所以なり。之を張りて弛むる者なり。今外夷日に干戈を尋ね、呑併を事とし、逓ひに出で並び至りて、以て人の辺境を窺ふ。其の勢猶尾甲相の浜松に隣するがごとし。固より休息を得るの時に非ず。則ち将た安んぞ弛めて張らざるを得んや。故に其の基業を建つる所以の意は必ず法るべくして、之を愚弱にするの跡は、必ずしも泥むべからず。時変の見易き者なり。

現代語訳

かつて東照宮が武力を尊んだのは基業を建てるためであり、天下を愚かで弱くしたのは天下とともに休息するためであった。締めたあとで緩めたのである。いま外国の夷狄は日々戦を求め、併呑をこととし、次々と現れ並んでやって来て、他国の辺境をうかがっている。その形勢は、ちょうど尾張・甲斐・相模の強国が浜松に隣り合っていたころのようである。もとより休息できる時ではない。それならどうして緩めたまま締めずにいられようか。だから基業を建てた意図には必ず倣うべきだが、天下を愚かで弱くした跡には必ずしもこだわってはならない。これは時勢の変化として見やすいことである。

解説

家康の政治を「張りて弛む」と捉えた正志斎は、いまは再び張るべき時だと説く。浜松城にあった家康が、尾張の織田、甲斐の武田、相模の北条という強国に囲まれていた状況に、列強に囲まれた日本を重ねる比喩が巧みである。祖法の「意」には倣い、「跡」にはこだわらないという区別は、幕府の祖法を盾に改革を拒む者への反論となっている。現代の組織でも、創業者の言葉や前例をそのまま守るのではなく、それが生まれた意図に立ち返って、状況に合わせてやり方を変えるという原則として読める。

この章句が説くこと

弛張祖法時勢変通強兵徳川家康

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