新論 / 國體中
夫兵者所以守地、地者所以養兵、兵之與地、不得相離、離則地空虚、而兵寡弱、是自然之勢也、故休養生息、爲日已久、戸口倍於古、而兵之寡如此其甚、其歸遂致本末共弱、則亦非 東照宮所以立太平之基之意也、世徒有治強之名、而居衰弱之實、包桑之戒、將焉得不思也、今俗日趨驕淫、諸侯僭奢、其心未必皆恭順、而其無背叛者、狃侈惰而苦貧弱也、細民怨咨、非無騷擾、而未至用兵者、志氣尩怯、而首唱者不知兵也、姦民横行閭閻、異化之徒充斥天下、禍端非不萌、而天下未動搖者、撫御務仁柔、事多姑息、未激之變也、
新字:夫兵者所以守地、地者所以養兵、兵之与地、不得相離、離則地空虚、而兵寡弱、是自然之勢也、故休養生息、為日已久、戸口倍於古、而兵之寡如此其甚、其帰遂致本末共弱、則亦非 東照宮所以立太平之基之意也、世徒有治強之名、而居衰弱之実、包桑之戒、将焉得不思也、今俗日趨驕淫、諸侯僭奢、其心未必皆恭順、而其無背叛者、狃侈惰而苦貧弱也、細民怨咨、非無騷擾、而未至用兵者、志気尩怯、而首唱者不知兵也、姦民横行閭閻、異化之徒充斥天下、禍端非不萌、而天下未動揺者、撫御務仁柔、事多姑息、未激之変也、
書き下し
夫れ兵は地を守る所以、地は兵を養ふ所以なり。兵と地と、相離るるを得ず。離るれば則ち地空虚にして、兵寡弱なり。是れ自然の勢なり。故に休養生息、日を為すこと已に久しく、戸口古に倍して、兵の寡きこと此の如く其れ甚だし。其の帰、遂に本末共に弱きを致さば、則ち亦東照宮の太平の基を立つる所以の意に非ざるなり。世徒に治強の名有りて、衰弱の実に居る。包桑の戒め、将た焉んぞ思はざるを得んや。今俗日に驕淫に趨き、諸侯僭奢にして、其の心未だ必ずしも皆恭順ならず。而して其の背叛する無き者は、侈惰に狃れて貧弱に苦しめばなり。細民怨咨し、騒擾無きに非ざるも、而も未だ兵を用ゐるに至らざる者は、志気尩怯にして、首唱する者兵を知らざればなり。姦民閭閻に横行し、異化の徒天下に充斥し、禍端萌さざるに非ざるも、而も天下未だ動揺せざる者は、撫御仁柔を務め、事姑息多くして、未だ激せざるの変なればなり。
現代語訳
そもそも兵は土地を守るためのもの、土地は兵を養うためのものであり、兵と土地とは離れられない。離れれば土地は空っぽになり、兵は少なく弱くなる。これは自然の勢いである。だから太平の世に休み養うことが久しく続き、人口は昔の倍になったのに、兵の少なさはこれほどひどい。その行き着くところが中央も地方もともに弱くなることであれば、それは東照宮が太平の基礎を立てた本意ではない。世はただ治まり強いという名があるだけで、実は衰え弱っている。「包桑の戒め」(『易経』否卦の、桑の根に繋ぎとめるように危うさを忘れぬ戒め)を、どうして思わずにいられよう。いま風俗は日に日に驕りと乱れに向かい、諸侯は分を越えてぜいたくをし、その心は必ずしもみな恭順とは限らない。それでも背かないのは、ぜいたくと怠惰に慣れて貧しさと弱さに苦しんでいるからである。下々の民は恨み嘆き、騒動がないわけではないが、まだ武器を取るまでに至らないのは、気力が弱く臆病で、先頭に立つ者が兵法を知らないからである。悪い民が村里にのさばり、異なる教えの徒が天下に満ち、禍の兆しが芽生えていないわけではないが、それでも天下がまだ揺らがないのは、治める側が穏やかな懐柔に努め、その場しのぎが多いため、まだ激発していない変事だからである。
解説
この章句が説くこと
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風憲忠告・臨難苐九夫れ人臣にして國家言責の任に當れば、刑辱の事、敢えてその無き有るを必とせず、要は順って處り靜かに伺い、理を以てこれを□するに在るのみ。若し乃ち哀を求め憐れみを乞い、惴讋(ずいしょう)して所無ければ、巳に先ず撓(たわ)む、何を以てか自ら眀(あき)らかにせん。夫れ已の職を盡くし、國の爲民の爲にして罪を得るは、君子は以て辱と為さず、以て榮と為す。縲紲(るいせつ)せらると雖も、荊楚せらると雖も、斧鉞せらると雖も、庸(なん)ぞ愧(は)ずること何かあらんや。歷(あまね)く自古(いにしえよ)り禍患に處して亂れざる者を觀るに、三代よりの下、子路の纓(えい)を結ぶが如き、宜僚(ぎりょう)の色を正すが如き、王景文の客と碁を弈(う)つが如き、劉禕(りゅうい)の自ら謝表を書すが如き、魏元忠の赦を聞きて動ぜざるが如き、是れ皆真に義命の在る所を知る有るを以てなり、區區(くく)たる人力の得て移す所に非ざるなり。然れども士君子平昔(へいせき)飬う所、其の情と偽と、焉(ここ)に於いて以て見るべし。李斯刑に臨みて父子相泣き、楊子雲(揚子雲)收(とら)えられて□閣ほとんど死せんとし、王坦之謝安と名を齊しくするも、桓溫朝に來たるや倒(さかしま)に手板を執り、崔浩自ら子房に比するも、史事を辨ずるが為に聲嘶(か)れ股栗(こりつ)し、便溺(べんでき)隱すこと能わず。此れ彼れ惟だ名を事とするのみにして、聖賢性命の學に於いては實に未だ甞て諸(これ)を心に淂(え)ざりしを見るべし。善いかな、韓文公の言に曰く、「儒者の患難に於けるや、苟しくも其れ自らこれを取るに非ざれば、其の拒みて懷に受けざるや、河堤を築きて以て屋霤(おくりゅう)を障(ふせ)ぐが若し。其の容れてこれを消すや、水の海に於ける、氷の夏日に於けるが若し。其の玩びてこれを文辭を以て忘るるや、金石を奏でて以て蟋蟀(しっしゅつ)の鳴くを破るが若し」と。故に君子の學は、理を眀らかにし自ら信ずるを以て貴しと為す。
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『墨子』七患子墨子曰く、國に七患有り。七患なる者は何ぞ。城郭溝池、守る可からずして、宫室を治む、一の患なり。邊寇、境に至るも、四鄰救う莫し、二の患なり。先ず民力を無用の功に盡くし、無能の人に賞賜し、民力、無用に盡き、財寳、侍客に虚し、三の患なり。仕うる者は祿を待ち、游ぶ者は反るを思い、君は法を脩めて臣を討ち、臣は懾れて敢えて拂らわず、四の患なり。君、自ら以て聖智と為して事を問わず、自ら以て安彊と為して守備無く、四鄰、之を謀るも戒を知らず、五の患なり。言う所は忠ならず、忠とする所は信ならず、六の患なり。畜え種うる菽粟、以て之を食らわすに足らず、大臣、事を治むるに足らず、賞賜は喜ばしむる能わず、誅罰は威らしむる能わず、七の患なり。七患を以て國に居らば、必ず社稷無からん。七患を以て城を守らば、敵至りて國傾かん。七患の當たる所、國に必ず殃有り。
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