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新論 / 國體上

及數世之後、藤氏專權、公卿大夫、僭奢成風、爭置莊園、以私土地人民、弓馬家又依附權勢、割郡連邑、以爲己有、所在驅良民以爲奴隷、天下之地、龜分瓜裂、而割據之勢成矣、及源頼朝爲天下總追捕使、則擧土地人民盡歸之鎌倉、鎌倉室町之爲將軍、雖時有盛衰治亂之不同、而概皆據土地人民之權、動逆 朝命、不能恭順、而舊姓豪族、亦各擁土地人民、以相爭奪、弱肉強食、亂賊接武、天下鼎沸、萬姓靡爛、而民各異所適從、雖勇鬪力戰能爲其主死、而名義之不明、其忠非忠、其孝非孝、忠孝之敎、日以消鑠、至如足利義滿、則屈膝稱臣於明、内爲王臣、而稱臣於外、非人臣之節矣、

新字:及数世之後、藤氏専権、公卿大夫、僭奢成風、争置荘園、以私土地人民、弓馬家又依附権勢、割郡連邑、以為己有、所在駆良民以為奴隷、天下之地、亀分瓜裂、而割拠之勢成矣、及源頼朝為天下総追捕使、則挙土地人民尽帰之鎌倉、鎌倉室町之為将軍、雖時有盛衰治乱之不同、而概皆拠土地人民之権、動逆 朝命、不能恭順、而旧姓豪族、亦各擁土地人民、以相争奪、弱肉強食、乱賊接武、天下鼎沸、万姓靡爛、而民各異所適従、雖勇闘力戦能為其主死、而名義之不明、其忠非忠、其孝非孝、忠孝之教、日以消鑠、至如足利義満、則屈膝称臣於明、内為王臣、而称臣於外、非人臣之節矣、

書き下し

数世の後に及び、藤氏権を専らにし、公卿大夫、僭奢風を成し、争ひて荘園を置き、以て土地人民を私し、弓馬の家も又権勢に依附し、郡を割き邑を連ね、以て己が有と為し、所在に良民を駆りて以て奴隷と為し、天下の地、亀分瓜裂して、割拠の勢成る。源頼朝の天下の総追捕使と為るに及びては、則ち土地人民を挙げて尽く之を鎌倉に帰す。鎌倉・室町の将軍為る、時に盛衰治乱の同じからざる有りと雖も、概ね皆土地人民の権に拠り、動もすれば朝命に逆ひ、恭順なる能はず。而して旧姓豪族も、亦各土地人民を擁し、以て相争奪し、弱肉強食、乱賊武を接し、天下鼎沸し、万姓靡爛して、民各適従する所を異にす。勇闘力戦して能く其の主の為に死すと雖も、名義の明かならざる、其の忠は忠に非ず、其の孝は孝に非ず、忠孝の教、日に以て消鑠す。足利義満の如きに至りては、則ち膝を屈して臣を明に称す。内は王臣為りて、臣を外に称するは、人臣の節に非ず。

現代語訳

数代の後、藤原氏が権力を独占し、公卿や大夫は身分を越えた奢りが風潮となり、争って荘園を置いて土地と人民を私有した。武士の家もまた権勢に取り入り、郡を分け取り村々を連ねて自分のものとし、あちこちで良民を駆り立てて奴隷とした。天下の土地は亀の甲や瓜のように細かく割れ、割拠の勢いができあがった。源頼朝が天下の総追捕使となると、土地と人民をすべて鎌倉に帰属させた。鎌倉・室町の将軍は、時に盛衰や治乱の違いはあったが、おおむね皆、土地と人民の権力をよりどころとして、ややもすれば朝廷の命に逆らい、恭順であることができなかった。そして古い家柄の豪族もまた、それぞれ土地と人民を抱えて互いに奪い合い、弱肉強食、乱臣賊子が相次いで、天下は鼎が煮えたぎるように乱れ、万民はただれ苦しみ、民はそれぞれ従う先を異にした。勇ましく戦って主君のために死ぬことはできても、名分と大義が明らかでないので、その忠は真の忠でなく、その孝は真の孝でなく、忠孝の教えは日に日に消えていった。足利義満に至っては、膝を屈して明に臣と称した。国内では天皇の臣でありながら、外国に臣と称するのは、臣下としての節義ではない。

解説

正志斎は、藤原氏の専権と荘園の拡大、鎌倉・室町の武家政権を、土地人民が朝廷から分かれていった過程として描く。主君のために死ぬ勇があっても、名分が明らかでなければ「其の忠は忠に非ず」という評価は、名分を重んじる水戸学の歴史観を示す。足利義満が明に臣従して冊封を受け、勘合貿易を始めたことは、水戸学で繰り返し批判された点である。誰のため、何のために働くのかが曖昧なまま努力しても、組織の秩序は保てないという指摘は、目的と役割の明確さを考える手がかりになる。

この章句が説くこと

名分忠孝時勢割拠荘園足利義満

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