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新論 / 國體上

及歴世既久、紀綱漸弛、或有背叛、 崇神天皇四征不庭、大敷政敎、校人民課調役、益封國造、以鎭撫遐陬、拮据經營、歴數朝不衰、皇化日洽、土疆日廣、而土皆 天子之地、人皆 天子之民、民志一而天下又大治、爾後習安無事、廟堂無遠大之慮、大臣弄權、經營私門、時 歴朝所置、既有官家及標代民、而臣連伴造國造、亦各置私田畜私民、土地人民漸分裂、各異所趨向、至 中宗天智天皇既誅戮亂賊、在儲闈輔政、革除舊弊、而布新制、因其封建之勢而一變之、以國司統治國郡、而遂成郡縣之制、除私地私民、盡歸之 朝廷、天下無一非王土與王臣者、而天下又大治、

新字:及歴世既久、紀綱漸弛、或有背叛、 崇神天皇四征不庭、大敷政教、校人民課調役、益封国造、以鎮撫遐陬、拮据経営、歴数朝不衰、皇化日洽、土疆日広、而土皆 天子之地、人皆 天子之民、民志一而天下又大治、爾後習安無事、廟堂無遠大之慮、大臣弄権、経営私門、時 歴朝所置、既有官家及標代民、而臣連伴造国造、亦各置私田畜私民、土地人民漸分裂、各異所趨向、至 中宗天智天皇既誅戮乱賊、在儲闈輔政、革除旧弊、而布新制、因其封建之勢而一変之、以国司統治国郡、而遂成郡県之制、除私地私民、尽帰之 朝廷、天下無一非王土与王臣者、而天下又大治、

書き下し

世を歴ること既に久しきに及び、紀綱漸く弛み、或は背叛有り。崇神天皇、不庭を四征し、大いに政教を敷き、人民を校へて調役を課し、益々国造を封じて、以て遐陬を鎮撫し、拮据経営して、数朝を歴て衰へず。皇化日に洽く、土疆日に広く、而して土は皆天子の地、人は皆天子の民にして、民志一にして天下又大いに治まる。爾後安きに習ひて事無く、廟堂に遠大の慮無く、大臣権を弄し、私門を経営す。時に歴朝置く所、既に官家及び標代の民有り、而して臣・連・伴造・国造も、亦各私田を置き私民を畜ひ、土地人民漸く分裂し、各趨向する所を異にす。中宗天智天皇に至り、既に乱賊を誅戮し、儲闈に在りて政を輔け、旧弊を革除して、新制を布き、其の封建の勢に因りて之を一変し、国司を以て国郡を統治せしめ、而して遂に郡県の制を成す。私地私民を除きて、尽く之を朝廷に帰し、天下一として王土と王臣とに非ざる者無くして、天下又大いに治まる。

現代語訳

代を重ねて久しくなると、規律がしだいにゆるみ、背く者も出てきた。崇神天皇は従わない者を四方に征し、政治と教化を大いに広め、人民を調べて税と労役を課し、さらに国造を封じて遠い辺地を鎮め、懸命に経営して、数代の朝廷を経ても衰えなかった。天皇の徳化は日に日に行きわたり、国土は日に日に広がって、土地はみな天子の土地、人はみな天子の民となり、民の志が一つになって、天下はふたたび大いに治まった。その後、太平に慣れて事がなく、朝廷に遠大な配慮がなくなり、大臣が権力をもてあそんで自分の家を経営した。当時、歴代の朝廷が置いたものとして、すでに官家(屯倉)や標代の民(皇室の私有民)があり、臣・連・伴造・国造もまたそれぞれ私有の田を置き私有の民を養って、土地と人民はしだいに分裂し、それぞれ向かう先を異にした。中宗天智天皇は乱賊(蘇我氏)を誅したのち、皇太子として政治を補佐し、古い弊害を取り除いて新しい制度をしき、封建の勢いを踏まえてこれを一変させ、国司に国郡を治めさせて、ついに郡県の制度を完成させた。私有地と私有民を廃してすべて朝廷に帰し、天下に一つとして王の土地、王の臣でないものはなくなり、天下はまたも大いに治まった。

解説

正志斎は崇神天皇による統治の拡大と、天智天皇による大化の改新を、土地人民を朝廷に再び統合した画期として描く。太平に慣れて朝廷に遠大な配慮がなくなり、豪族が私有の田と民を抱えて分裂が進んだことが、改革を必要とした原因とされる。蘇我氏を倒したのち、皇太子の立場で私地私民を廃し郡県の制を整えたことを、正志斎は高く評価している。安定が続くと長期の視野が失われ、資源が私物化されて組織が分裂するという診断は、大きな組織が陥りやすい病として今も読み直す価値がある。

この章句が説くこと

時勢改革統一大化私物化長計

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