新論 / 國體上
〈臣連伴造各領其所屬諸氏、皆不失舊職、前所擧齋部率諸齋部供奉之類、而其諸國齋部者、即如日鷲之後爲粟國齋部之類是也、而亦莫不奉其舊職於祭祀之日也、〉惻然悚然、念乃祖乃父所以敬事 皇祖天神者、豈忍忘其祖背其君哉、於是乎孝敬之心、父以傳子、子以傳孫、繼志述事、雖千百世猶如一日、孝以移忠於君、忠以奉其先志、忠孝出於一、敎訓正俗、不言而化、祭以爲政、政以爲敎、敎之與政、未嘗分爲二、故民唯知敬 天祖奉 天胤、所郷一定、不見異物、是以民志一而天人合矣、此 帝王所恃以保四海、而 祖宗所以建國開基之大體也、
新字:〈臣連伴造各領其所属諸氏、皆不失旧職、前所挙斎部率諸斎部供奉之類、而其諸国斎部者、即如日鷲之後為粟国斎部之類是也、而亦莫不奉其旧職於祭祀之日也、〉惻然悚然、念乃祖乃父所以敬事 皇祖天神者、豈忍忘其祖背其君哉、於是乎孝敬之心、父以伝子、子以伝孫、継志述事、雖千百世猶如一日、孝以移忠於君、忠以奉其先志、忠孝出於一、教訓正俗、不言而化、祭以為政、政以為教、教之与政、未嘗分為二、故民唯知敬 天祖奉 天胤、所郷一定、不見異物、是以民志一而天人合矣、此 帝王所恃以保四海、而 祖宗所以建国開基之大体也、
書き下し
(臣・連・伴造、各其の属する所の諸氏を領し、皆旧職を失はず。前に挙ぐる所の斎部、諸斎部を率ゐて供奉するの類にして、其の諸国の斎部なる者は、即ち日鷲の後、粟国の斎部と為るの類の如き是れなり。而して亦其の旧職を祭祀の日に奉ぜざるは莫きなり。)惻然悚然として、乃祖乃父の皇祖天神に敬事せし所以の者を念へば、豈其の祖を忘れ其の君に背くに忍びんや。是に於てか孝敬の心、父以て子に伝へ、子以て孫に伝へ、志を継ぎ事を述べ、千百世と雖も猶ほ一日の如し。孝以て忠を君に移し、忠以て其の先志を奉ず。忠孝一に出で、教訓俗を正し、言はずして化す。祭以て政を為し、政以て教を為し、教の政と、未だ嘗て分ちて二と為さず。故に民唯天祖を敬し天胤を奉ずることを知り、郷ふ所一定して、異物を見ず。是を以て民志一にして天人合す。此れ帝王の恃みて以て四海を保つ所にして、祖宗の国を建て基を開く所以の大体なり。
現代語訳
(臣・連・伴造はそれぞれ配下の諸氏を率い、みな古い職を失わなかった。先に挙げた斎部が諸国の斎部を率いて奉仕するような類であり、諸国の斎部とは、天日鷲の子孫が粟国(阿波)の斎部となったような類がそれである。そしていずれも祭祀の日にその古い職を務めないものはない。)心痛み身の引きしまる思いで、自分の祖父や父が皇祖天神に敬い仕えてきたことを思えば、どうしてその祖先を忘れ主君に背くことに耐えられようか。こうして孝と敬の心は、父から子へ、子から孫へと伝わり、志を継ぎ事業を受け継いで、千年百世たっても一日のようである。孝によって忠を主君に移し、忠によって祖先の志を奉じる。忠と孝は一つのところから出て、教えが風俗を正し、言わずして人を感化する。祭祀によって政治を行い、政治によって教えを行い、教えと政治とはこれまで二つに分かれたことがない。だから民はただ天祖を敬い天照大神の子孫を奉ずることだけを知り、向かう先が一つに定まって、ほかのものに目を奪われない。こうして民の志が一つになり、天と人とが合する。これこそ帝王が頼みとして天下を保つところであり、祖宗が国を建て基を開いた根本の姿である。
解説
この章句が説くこと
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『新論』國體上天祖既に此の二者を以て人紀を建て、訓を万世に垂る。夫れ君臣や、父子や、天倫の最も大なる者にして、至恩内に隆く、大義外に明かにして、忠孝立ちて、天人の大道昭昭乎として其れ著る。忠以て貴を貴び、孝以て親を親しむ。億兆の能く心を一にし、上下の能く相親しむは、良に以有るなり。若し夫れ至教の言はざるに存し、百姓日に用ゐて知らざる者は、此れ其の故何ぞや。天祖天に在りて下土を照臨し、天孫誠敬を下に尽して、以て天祖に報ず。祭政維れ一にして、治むる所の天職、代る所の天工、一として天祖に事ふる所以に非ざる者無し。祖を尊び民に臨み、既に天と一なり。故に天と悠久を同じくするも、亦其の勢の宜しく然るべきなり。故に列聖の大孝を申ぶるや、山陵を秩し、祀典を崇び、其の誠敬を尽す所以の者、礼制大いに備はりて、其の本に報い祖を尊ぶの義、大嘗に至りて極まれり。
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『新論』國體上夫れ天祖の遺体を以て、天祖の事に膺り、粛然僾然として、当初の儀容を今日に見れば、則ち君臣観感して、洋洋乎として天祖の左右に在るが如く、而して群臣の天孫を視ること、亦猶ほ天祖を視るがごとし。其の情の自然に発する者、豈已むを得んや。而して群臣なる者も、亦皆神明の胄にして、其の先世、天祖・天孫に事へ、民に功徳有りて、列して祀典に在り。而して宗子族人を糾緝して、以て其の祭を主る。(古は故家名族の国造・県主等為る者、各其の族人を統べて其の先を祭る。大己貴の後、三輪君と為りて、世々大己貴を祭り、思兼の後、秩父国造と為りて、世々思兼を祭るの類の若き、凡そ旧族皆然らざるは莫し。天智帝に至りて、氏上を定む。即ち大宝令に称する所の氏宗なる者にして、亦旧俗に因りて之を潤飾するなり。後世郷里の祭る所の神を氏神と称し、其の土人を氏子と称するは、蓋し亦其の遺俗なり。)入りては以て其の祖に追孝し、出でては以て大祭に供奉し、亦各其の祖先の遺体を以て、祖先の事を行ふ。
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『新論』國體上夫れ方今古を去ること遠しと雖も、仰ぐ所の至尊は則ち儼然として天祖の正胤なり。治むる所の蒼生は、則ち依然として天祖の愛養したまふ所の裔孫なり。苟も能く人心の磨滅すべからざる者に因りて、之が教条を設け、神聖の天下を淬礪したまふ所以の意に原づき、天に事へ先を祀り本に報い始めに反り、因りて以て君臣の義を正し、父子の親を敦くし、万民を槖籥して、以て一心と為さば、豈に甚だ為し難からんや。此れ乃ち千載の一時、必ず失ふべからざるの機なり。臣是を以て弊の由りて生ずる所を審らかにせんと欲し、邪説の害に眷眷たらざるを得ざるなり。夫れ英雄は通変神化し、為すべからざるの時無く、為すべからざるの事無し。而して帝王の恃みて以て四海を保つ所の者は、天人の大道なり。其の文は変ずべきも、其の義は易ふべからず。則ち神聖の天地を経緯し億兆をして皆其の上に親しみて離るるに忍びざらしむる所以の意は、今日と雖も亦復た行ふべからざる者無し。今時勢の変なり、邪説の害なり、天下其の弊に勝へずと雖も、而も之を更張作新せんと欲すれば、顧ふに之を処する所以の方何如なるのみ。
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『新論』長計若し夫れ此くの如くなれば、則ち天祖・天孫の仁海内に覆ひ、幕府・邦君の義天下に著れ、慈父孝子の恩永世に申べ、報本反始の義明らかにして、忠孝の教立たん。民日に之に由りて、異物を見ず。(周人は大司徒を以て邦教を掌らしめ、十有二教を施す。其の第一に曰く、祀礼を以て敬を教ふれば、則ち民苟もせずと。祀礼の邦教に於ける、其の重きこと此くの如し。)君臣義有り、父子親有りて、然る後に百礼乃ち興る。是に於てか夫婦の別を謹み、長幼の序に順ひ、朋友の交はりを信にし、民をして出入相友とし、守望相助け、疾病相扶持し、皆其の上に親しみ其の長に死せしむれば、則ち百の異端有りと雖も、其の心を移すこと能はずして、黠虜の祠宇を焚燬し胡神を瞻礼し、蠢愚を煽惑して、以て其の逆焔を肆にする者も、得て其の術を施す莫し。所謂上兵は謀を伐つ者にして、実に万世の長策なり。而して往日化を淆し俗を傷る、巫覡の如き、浮屠の如き、陋儒俗学の徒の如き者も、亦皆中原の赤子なり。之をして皆其の堵に安んじ、其の意に適ひ、大化の中に優游して、以て天祖・天孫の深仁厚沢に浴し、幕府・邦君の政令刑禁を奉じ、晏然として楽しみて以て歯を没せしむること、亦何の不可か之れ有らんや。
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『新論』國體上帝王の恃みて以て四海を保ち、久安長治、天下動揺せざる所の者は、万民を畏服し一世を把持するの謂に非ずして、億兆心を一にし、皆其の上に親しみて之を離るるに忍びざるの実誠、恃むべきなり。夫れ天地剖判して始めて人民有りしより、天胤四海に君臨し、一姓歴歴として、未だ嘗て一人も敢へて天位を覬覦する有らずして、以て今日に至る者は、豈其れ偶然ならんや。夫れ君臣の義は、天地の大義なり。父子の親は、天下の至恩なり。義の大なる者と恩の至れる者と、天地の間に並び立ち、漸漬積累して、人心に洽浹し、久遠にして変ぜず。此れ帝王の天地を経緯し億兆を綱紀する所以の大資なり。
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『新論』國體上昔や国造・伴造、世々祖業を承けて、其の祀を墜さず。中ごろや王族廷臣、宗族を緝合して、以て其の爵位を保つ。下りて近古に及びても、武夫猛将、猶ほ能く総領を重んじて、以て家衆を管轄す。夫れ既に自ら血属を重んずれば、孰か敢へて天胤を敬せざらん。故に一世を挙げて皆天位の犯すべからざるを知る。逆順既に明かなれば、則ち大逆なる者は固より世の与せざる所にして、将に天地に容るる無からんとす。亦悪くんぞ醜類を鳩聚して以て其の姦を逞しくするを得んや。故に国歩の時に或は艱難有りと雖も、天胤の尊は自若たり。上は則ち乗輿或は播遷すれども、未だ嘗て一人も敢へて神器を朶頤する有らず。下は則ち陪臣世々天下の権を擅にすれども、亦敢へて其の主位を簒はず。
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