新語 / 明誡
夫善道存乎心,無遠而不至也;惡行著乎己,無近而不去也。周公躬行禮義,郊祀后稷,越裳奉貢而至,麟鳳白雉草澤而應。殷紂無道,微子棄骨肉而亡。行善者則百姓悅,行惡者則子孫怨。是以明者可以致遠,否者可以失近。故春秋書衛侯之弟鱄出奔晉,書鱄絕骨肉之親,棄大夫之位,越先人之境,附他人之域,窮涉寒饑,織履而食,不明之效也。
新字:夫善道存乎心,無遠而不至也;悪行著乎己,無近而不去也。周公躬行礼義,郊祀后稷,越裳奉貢而至,麟鳳白雉草沢而応。殷紂無道,微子棄骨肉而亡。行善者則百姓悦,行悪者則子孫怨。是以明者可以致遠,否者可以失近。故春秋書衛侯之弟鱄出奔晋,書鱄絶骨肉之親,棄大夫之位,越先人之境,附他人之域,窮渉寒饑,織履而食,不明之効也。
書き下し
夫れ善道の心に存すれば、遠きとして至らざる無きなり。悪行の己に著るれば、近きとして去らざる無きなり。周公は躬ら礼義を行い、后稷を郊祀し、越裳は貢を奉りて至り、麟鳳白雉は草沢に応ず。殷の紂は無道にして、微子は骨肉を棄てて亡ぐ。善を行う者は則ち百姓悦び、悪を行う者は則ち子孫怨む。是を以て明らかなる者は以て遠きを致す可く、否ざる者は以て近きを失う可し。故に春秋に衛侯の弟鱄の晋に出奔するを書くは、鱄が骨肉の親を絶ち、大夫の位を棄て、先人の境を越え、他人の域に附き、窮して涉り寒え饑え、履を織りて食らうを書くなり。不明の効なり。
現代語訳
善い道が心にあれば、遠いところであっても届かないことはありません。悪い行いが自分に現れれば、近い人でも離れていかないことはありません。周公はみずから礼義を行い、后稷を郊で祀ると、越裳は貢ぎ物を捧げてやって来て、麒麟や鳳凰や白い雉が草沢に応じて現れました。殷の紂は無道で、微子は肉親を捨てて去りました。善を行う者には民が喜び、悪を行う者には子孫が怨みます。だから明らかな者は遠くの人まで招き、そうでない者は近くの人まで失うのです。『春秋』が衛侯の弟の鱄が晋に出奔したことを記すのは、鱄が肉親の絆を絶ち、大夫の位を捨て、先祖の境を越えて他人の土地に身を寄せ、困窮して寒さと飢えに苦しみ、履を織って食べる身となったことを記すためです。これは明らかでなかったことの結果です。
解説
この章句が説くこと
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