新語 / 本行
夫人之好色,非脂粉所能飾;大怒之威,非氣力所能行也。聖人乘天威,合天氣,承天功,象天容,而不與為功,豈不難哉?夫酒池可以運舟,糟丘可以遠望,豈貧於財哉?統四海之權,主九州之眾,豈弱於武力哉?然功不能自存,而威不能自守,非貧弱也,乃道德不存乎身,仁義不加於下也。故察於利而惛於道者,眾之所謀也;果於力而寡於義者,兵之所圖也。君子篤於義而薄於利,敏於行而慎於言,所□□□廣功德也。故曰:「不義而富且貴,於我如浮雲。」
新字:夫人之好色,非脂粉所能飾;大怒之威,非気力所能行也。聖人乗天威,合天気,承天功,象天容,而不与為功,豈不難哉?夫酒池可以運舟,糟丘可以遠望,豈貧於財哉?統四海之権,主九州之衆,豈弱於武力哉?然功不能自存,而威不能自守,非貧弱也,乃道徳不存乎身,仁義不加於下也。故察於利而惛於道者,衆之所謀也;果於力而寡於義者,兵之所図也。君子篤於義而薄於利,敏於行而慎於言,所□□□広功徳也。故曰:「不義而富且貴,於我如浮雲。」
書き下し
夫れ人の色を好むは、脂粉の能く飾る所に非ず。大怒の威は、気力の能く行う所に非ざるなり。聖人は天威に乗じ、天気に合し、天功を承け、天容に象りて、与に功を為さずとせば、豈に難からずや。夫れ酒池は以て舟を運らす可く、糟丘は以て遠く望む可し。豈に財に貧しからんや。四海の権を統べ、九州の衆を主る、豈に武力に弱からんや。然れども功は自ら存する能わず、威は自ら守る能わざるは、貧弱に非ず、乃ち道徳の身に存せず、仁義の下に加わらざるなり。故に利に察かにして道に惛き者は、衆の謀る所なり。力に果にして義に寡なき者は、兵の図る所なり。君子は義に篤くして利に薄く、行いに敏にして言に慎み、□□□功徳を広むる所なり。故に曰く、「不義にして富み且つ貴きは、我に於て浮雲の如し」と。
現代語訳
人が美しい色を好むのは、おしろいや紅で飾れるものではありません。大きな怒りの威は、気力だけで行えるものではありません。聖人は天の威に乗り、天の気に合い、天の功を受け継ぎ、天の姿に似せながら、なお自分の功としないのですから、並大抵のことではありません。酒の池で舟を漕げるほど、酒かすの丘から遠くを望めるほど贅沢をした者たちは、財に乏しかったでしょうか。天下の権を統べ、九州の民を治めた者が、武力に弱かったでしょうか。それなのに功は自分で保てず、威は自分で守れなかったのは、貧しさや弱さのためではなく、道徳が身になく、仁義が下に及ばなかったからです。利にさとく道に暗い者は、人々が謀る相手になり、力に果断で義の少ない者は、兵が狙う相手になります。君子は義に厚く利に薄く、行いは素早く言葉は慎み、(欠字)功徳を広めるのです。だから「不義でありながら富み、かつ貴いのは、私にとっては浮雲のようなものだ」と言います。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之四・心術下一人の心の内、道徳の至りて尊く、至りて楽むべき理あり。君子はこれを知りて、尊びたのしみて、外に求めず。小人はこれを知らず、徳をそこなひ、道を失ひて、これを尊びたのしまず。ただ俗楽の賤しきわざをのみ楽とし、利欲を専らとし、長くうれひ苦みて、楽を失ふ。人となるものは、此楽を知るを貴しとす。是を知らずんは、人となれるかひなかるべし。此楽を知らんとならば、まことの学問をよくつとめて其理を知るべし。
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『弁名』義易の大伝に曰く、「何を以て民を聚めん、曰く財。財を理め辞を正し、民の非を為すを禁ずる、曰く義」と。論語に曰く、「利を見ては義を思ふ」と。又曰く、「君子は義に喩り、小人は利に喩る」と。是れ民は生を営むを以て務と為す。故に財利を以て心と為すは、民の業為ればなり。君子は先王の道を学び、仕へて以て天職を共にす。故に義を以て其の道と為すなり。「財を理め辞を正し、民の非を為すを禁ず」とは、亦た略〻仕ふる者の務むる所の官守の事を挙げて之を言ふ。財を理むる者は、家宰・司徒・司空の事なり。辞を正す者は、宗伯の事なり。民の非を為すを禁ずる者は、司馬・司寇の事なり。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一君子は、朝夕つとめて善を行ふ。小人は、朝夕つとめて利を行ふ。君子小人ともに、つとめ行ふといへども、其志は、利と善とかはれり。善に志すは聖人の徒なり。利に志すは盗蹠が徒なりと、孟子のたまへり。利とは、財利をむさぼるのみにあらず、我ひとり勝手よきやうに、便利をはかるも、利心なり。是私なり。私を行へば、必人に害あり。人に害あれば、必わが身の禍となる。善を行はん人は、必先利心を去るべし。利を心にさしはさんでする善は、誠の善にあらず。
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『五常訓』巻之四・義張南軒、義と利とを説いて曰、義は為にする処なくして為るなり。利は為にする所有りて之を為すなり。いふ意は、義は唯我がすべき道なればするなり。名聞利養か何ぞ、わが身の為にするにはあらず。もし名聞利禄私愛のためにするは、義にあらず。是利なり。董子の言まことに至れるかな。張南軒の説も、亦道理分明なり。共に諸子にすぐれたり。君子の道は、万事の行皆義理に志して、我が身のために計らず。是君子の心とする処、小人のことなる処なり。たとひ天下に公なる善事を行ふとも、心にわが為にする私あらば、是義に非ず、利なり。小人の身に善行なくして、心ひとへに利をむさぼりて、義をすつるは、言ふに足らず。たとひ人ありて、身に行ふこと善なれど、其心に露ほども、わが利を計りねがふ所ありて行はば、郷里のほまれある人といへども、義にあらず。
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『五常訓』巻之四・義一見利思義。利は一切の我が身の便よき事なり。財禄にかぎらず。財禄を得るも、亦其中にあり。わが身のため便よく、或はたからを得、禄を得る事ありとも、得べきか得べからざるか、唯義のある処を思ふべし。利をむさぼりて、義を忘るべからず。義と利とは、善と悪と、君子と小人とのわかるる処なり。義とは天理の公なり。利は人欲の私なり。専わが身の為よきやうにするは利なり。我が身を利せんとすれば、必人に害あり。是悪なり。人に害あれば、必我が禍となる。人を利するは、是義なり。義あれば、道理と和する故、利を求めずして、自ら利は其内にあり。されども利を得んため義を行ふは、私意なり。君子のする所にあらず。
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『囲炉夜話』第百九十三則・義の中に利有り義の中に利有り、而して義を尚ぶの君子は、初めより利に計り及ぶに非ざるなり。 利の中に害有り、而して利に趨るの小人は、並びに其の害為るを顧みざるなり。
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