新語 / 辨惑
故邪臣之蔽賢,猶浮雲之鄣日月也,非得神靈之化,罷雲霽翳,令歸山海,然後乃得覩其光明,暴天下之濡溼,照四方之晦冥。今上無明王聖主,下無貞正諸侯,誅鉏姦臣賊子之黨,解釋凝滯紕繆之結,然後忠良方直之人,則得容於世而施於政。故孔子遭君暗臣亂,眾邪在位,政道隔於三家,仁義閉於公門,故作公陵之歌,傷無權力於世,大化絕而不通,道德施而不用,故曰:無如之何者,吾末如之何也已矣。夫言道因權而立,德因勢而行,不在其位者,則無以齊其政,不操其柄者,則無以制其剛。詩云:「有斧有柯。」言何以治之也。
新字:故邪臣之蔽賢,猶浮雲之鄣日月也,非得神霊之化,罷雲霽翳,令帰山海,然後乃得睹其光明,暴天下之濡湿,照四方之晦冥。今上無明王聖主,下無貞正諸侯,誅鉏姦臣賊子之党,解釈凝滞紕繆之結,然後忠良方直之人,則得容於世而施於政。故孔子遭君暗臣乱,衆邪在位,政道隔於三家,仁義閉於公門,故作公陵之歌,傷無権力於世,大化絶而不通,道徳施而不用,故曰:無如之何者,吾末如之何也已矣。夫言道因権而立,徳因勢而行,不在其位者,則無以斉其政,不操其柄者,則無以制其剛。詩云:「有斧有柯。」言何以治之也。
書き下し
故に邪臣の賢を蔽うは、猶お浮雲の日月を鄣ぐがごときなり。神霊の化を得て、雲を罷め翳を霽らし、山海に帰らしむるに非ざれば、然る後に乃ち其の光明を覩て、天下の濡湿を暴し、四方の晦冥を照らすを得ず。今、上に明王聖主無く、下に貞正の諸侯無し。姦臣賊子の党を誅鉏し、凝滞紕繆の結を解釈して、然る後に忠良方直の人、則ち世に容れられて政に施すを得ん。故に孔子君は暗く臣は乱れ、衆邪位に在り、政道は三家に隔てられ、仁義は公門に閉ざさるるに遭い、故に公陵の歌を作り、世に権力無きを傷む。大化絶えて通ぜず、道徳施せども用いられず。故に曰く、「之を如何ともする無き者は、吾之を如何ともする末きのみ」と。夫れ言うに、道は権に因りて立ち、徳は勢に因りて行われ、其の位に在らざる者は、則ち以て其の政を斉うる無く、其の柄を操らざる者は、則ち以て其の剛を制する無し。詩に云う、「斧有り柯有り」と。何を以て之を治むるかを言うなり。
現代語訳
邪な臣が賢者を覆い隠すのは、ちょうど浮き雲が日や月を遮るようなものです。神霊の力を借りて、雲を払い曇りを晴らし、山や海へ帰らせるのでなければ、その光を見て、天下の湿りを乾かし、四方の暗がりを照らすことはできません。今は、上に明らかな王も聖なる主もなく、下に正しい諸侯もありません。悪賢い臣や不届きな子の仲間を取り除き、滞ってもつれた結び目をほどいて、そうして初めて、忠実で善良、正しく真っすぐな人が世に受け入れられ、政治に力を施せるでしょう。だから孔子は、君が暗く臣が乱れ、多くの邪な者が位におり、政の道は三家に隔てられ、仁義は公の門に閉ざされるのに遭い、「公陵の歌」を作って、世に権力のないことを悲しみました。大いなる教化は絶えて通じず、道徳を施しても用いられません。それで「どうにもならない者は、私もどうにもしようがない」と言ったのです。つまり、道は権力によって立ち、徳は勢いによって行われ、その位にいない者はその政を整えることができず、その柄を握らない者はその強い力を制することができない、ということです。『詩』に「斧がある、柄がある」とあるのは、何によってこれを治めるかを言うものです。
解説
この章句が説くこと
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新語・辨惑是に於て斉人懼然として恐れ、君臣操を易え、其の故行に安んぜず。乃ち魯の四邑の侵地を帰し、終に魯に乗ずるの心無し。鄰□振動し、人は魯に向かうの意を懐き、強国驕君、恐懼せざる莫く、邪臣佞人、行を変え慮を易う。天下の政、□□にして折中す。而るに定公は三家に拘せられ、衆口に陥り、卒に孔子を用うる能わず。内に独見の明無く、外は邪臣の党に惑い、以て其の国を弱くして其の身を亡ぼし、権は三家に帰し、邑土は強斉に単く。夫れ人を用うること彼の若く、人を失うこと此の若し。然れども定公は覚悟せず、季孫の計を信じ、貞臣の策に背き、以て拘弱の名を獲、而して丘山の功を喪う。亦惑いならずや。
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新語・輔政君子は熒熒の色を遠ざけ、錚錚の声を放ち、恬美の味を絶ち、嗌嘔の情を疎んず。天道は大を以て小を制し、重を以て軽を顛す。小を以て大を治むれば、度を乱し貞を干す。讒夫は賢に似、美言は信に似て、之を聴く者は惑い、之を観る者は冥し。故に蘇秦は諸侯に尊ばれ、商鞅は西秦に顕わる。世に賢智の君無くんば、孰か能く其の形を別たん。故に堯は驩兜を放ち、仲尼は少正卯を誅す。甘言の嘉みする所、傾かざる靡し。惟だ堯のみ其の実を知り、仲尼は其の情を見る。故に聖王を干す者は誅せられ、賢君を遏ぐ者は刑せられ、凡王に遭う者は貴く、乱世に触るる者は栄ゆ。鄭儋は斉を亡れて魯に帰し、斉は九合の名有りて、魯は乾時の恥有り。夫れ千乗の国に拠りて、讒佞の計を信ずれば、未だ亡びざる者有らざるなり。故に詩に云う、「讒人極まり罔く、交々四国を乱す」と。衆邪心を合わせ、以て一君を傾く。国危く民失わるるは、亦宜ならずや。
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新語・本行夫れ人の色を好むは、脂粉の能く飾る所に非ず。大怒の威は、気力の能く行う所に非ざるなり。聖人は天威に乗じ、天気に合し、天功を承け、天容に象りて、与に功を為さずとせば、豈に難からずや。夫れ酒池は以て舟を運らす可く、糟丘は以て遠く望む可し。豈に財に貧しからんや。四海の権を統べ、九州の衆を主る、豈に武力に弱からんや。然れども功は自ら存する能わず、威は自ら守る能わざるは、貧弱に非ず、乃ち道徳の身に存せず、仁義の下に加わらざるなり。故に利に察かにして道に惛き者は、衆の謀る所なり。力に果にして義に寡なき者は、兵の図る所なり。君子は義に篤くして利に薄く、行いに敏にして言に慎み、□□□功徳を広むる所なり。故に曰く、「不義にして富み且つ貴きは、我に於て浮雲の如し」と。
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