呻吟語 / 外篇・治道・紙舟塵飯
太平之時,文武將吏習於懶散,拾前人之唾餘,高談闊論,盡似真才。乃稍稍艱,大事到手,倉皇迷悶,無一干濟之術,可歎可恨!士君子平日事事講求,在在體驗,臨時只辦得三五分,若全然不理會,只似紙舟塵飯耳。
新字:太平之時,文武将吏習於懶散,拾前人之唾余,高談闊論,尽似真才。乃稍稍艱,大事到手,倉皇迷悶,無一干済之術,可嘆可恨!士君子平日事事講求,在在体験,臨時只辦得三五分,若全然不理会,只似紙舟塵飯耳。
書き下し
太平の時、文武の將吏は懶散に習ひ、前人の唾餘を拾ひ、高談闊論して、盡く真才に似たり。乃ち稍稍艱きに、大事手に到れば、倉皇迷悶して、一の干濟の術無し。歎ず可く恨む可し。士君子は平日事事に講求し、在在に體驗するも、臨時に只だ三五分を辦じ得るのみ。若し全然理會せずんば、只だ紙舟塵飯に似たるのみ。
現代語訳
太平の時、文武の将と吏はだらけに慣れ、前の人の言い残しを拾い、高く大きく論じて、すっかり本物の才のように見えます。ところが少し難しくなり、大事が手元に来れば、慌てふためいて、一つも処理する術がありません。嘆かわしく恨めしいことです。士君子が平生から事ごとに調べ、あちこちで体験しても、いざという時にできるのは三割五割です。まったく理解していなければ、紙の舟や塵の飯のようなものです。
解説
平時の議論と有事の処理の落差を描きます。前の人の言い残しを拾って高く論じれば、本物の才に見える。しかし大事が来れば何もできません。そして厳しい見積もりが示されます。平生から調べ体験していても、いざという時にできるのは三割から五割。それでもやるのは、やらなければ紙の舟と塵の飯だからです。準備の効率の悪さを認めたうえで、それでも準備を求める一段です。
この章句が説くこと
太平落差準備三五分紙舟
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