臣軌 / 卷下 利人章
夫黔首蒼生,天之所甚愛也。為其不能自理,故立君以理之。為君不能獨化,故為臣以佐之。夫臣者,受君之重位,牧天之甚愛。焉可不安而利之,養而濟之哉!是以君子任職則思利人,事主則思安俗。故居上而下不重,處前而後不怨。
新字:夫黔首蒼生,天之所甚愛也。為其不能自理,故立君以理之。為君不能独化,故為臣以佐之。夫臣者,受君之重位,牧天之甚愛。焉可不安而利之,養而済之哉!是以君子任職則思利人,事主則思安俗。故居上而下不重,処前而後不怨。
書き下し
夫れ黔首蒼生は、天の甚だ愛する所なり。其の自ら理むる能わざるが為に、故に君を立てて以て之を理めしむ。君独り化する能わざるが為に、故に臣を為りて以て之を佐けしむ。夫れ臣なる者は、君の重位を受け、天の甚だ愛するを牧う。焉んぞ安んじて之を利し、養いて之を済わざる可けんや。是を以て君子は職に任ずれば則ち人を利せんことを思い、主に事うれば則ち俗を安んぜんことを思う。故に上に居りて下重しとせず、前に処りて後怨みず。
現代語訳
人民(黔首蒼生)は、天がきわめて愛するものである。人民は自分たちで治めることができないので、君主を立てて治めさせる。君主は一人で教化することができないので、臣を置いてこれを補佐させる。臣というものは、君から重い地位を授かり、天がきわめて愛する人民を養う者である。どうして人民を安らかにして利益を与え、養って救わないでよいだろうか。だから君子は職に就けば人を利することを考え、主君に仕えれば世の中を安らかにすることを考える。それゆえ、上にいても下の者は重荷と感じず、前にいても後ろの者は恨まないのである。
解説
利人章の書き出しで、人民は天が最も愛するものであり、君も臣もその人民のために置かれたのだと説く一段である。人民が自分で治められないから君を立て、君一人では教化しきれないから臣を置く。つまり臣の地位は君から授かるが、その目的は天の愛する人民を養うことにある。注は『左伝』の「天は人を生じて之に君を樹つ」や『書経』を引いてこれを裏づける。だから君子は職に就けば人を利し、主に仕えれば世を安んじることを考え、上にいても下に重荷と思われない。最終章が民の利益で結ばれることで、至忠章の「忠の本は慈恵」という主張と響き合う。今でいえば、役職は会社から与えられても、その仕事の目的は顧客や社会の役に立つことにある、ということである。
関連する章句
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『臣軌』卷下 利人章それ衣食は人の本なり。人は国の本なり。人の衣食を恃むは、猶お魚の水を待つがごとし。国の人を恃むは、人の足に倚るがごとし。魚は水無ければ則ち以て生くべからず、人は足無ければ則ち以て歩むべからず。故に夏禹称す、「人に食無ければ則ち我れ使う能わざるなり。功成りて人に利あらざれば、則ち我れ勧むる能わざるなり」と。是を以て臣たるの忠なる者は、先ず人に利す。
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『臣軌』卷下 利人章『管子』に曰く、「国を佐くるの道は、必ず先ず人を富ます。人富めば則ち化し易し。是を以て七十九代の君、法製一ならず。然れども倶に天下に王たる者は、必ず国富みて粟多ければなり。粟は農に生ず、故に先王之を貴ぶ。農を勧むるの急は、必ず先ず末作を禁ず。末作禁ぜらるれば、則ち人に遊食無し。人に遊食無ければ、則ち農を務む。農を務むれば則ち田墾かる。田墾かるれば則ち粟多し。粟多ければ則ち人富む。是を以て古の末作を禁ずる者は、農事を利する所以なり」と。綺繡纂組、雕文刻鏤の如きに至りては、或いは金を破りて砕と為し、或いは易きを以て難きに就く。皆久固の資に非ず、徒らに凡庸の目を艶やかにするのみ。此くの如きの類、害を為すこと実に深し。故に農功を好む者は、利遅しと雖も後に富み、末作を好む者は、利速やかなりと雖も後に貧し。但だ常人の情は、罕に能く遠く計り、本を棄てて末を逐う者、十室にして九なり。才かに水旱に逢えば、儲蓄皆虚しきは、良に此れが為なり。故に善く臣たる者は、必ず先ず君の為に害を除き利を興す。所謂害を除くとは、末作なり。所謂利を興すとは、農功なり。夫れ足寒ければ心を傷り、人労すれば国を傷る、自然の理なり。心を養う者は其の足を寒くせず、国を為むる者は其の人を労せず。臣の主と与に、共に黎元を養うは、必ず当に徭を省き賦を軽くし、以て人の財を広め、人の時を奪わず、以て人の用を足すべし。夫れ人の君に於けるは、猶お子の父母に於けるがごとし。未だ子貧しくして父母富み、子富みて父母貧しきもの有らず。
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『臣軌』卷上 至忠章夫れ君に事うる者は忠正を以て基と為し、忠正なる者は慈恵を以て本と為す。故に臣と為りて慈恵を百姓に能くせずして、忠正を其の君に曰う者は、斯れ至忠に非ざるなり。所以に大臣は必ず養人の徳を懐き、而して恤下の心有り。
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