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臣軌 / 卷下 廉潔章

非其路而行之,雖勞不至;非其有而求之,雖強不得。知者不為非其事,廉者不求非其有,是以遠害而名彰也。故君子行廉以全其真,守清以保其身。富財不如義多,高位不如德尊。季文子相魯,妾不衣帛,馬不食粟。仲孫它諫曰:“子為魯上卿,妾不衣帛,馬不食粟,人其以子為吝,且不顯國也。”文子曰:“然吾觀國人之父母,衣粗食蔬,吾是以不敢。且吾聞君子以德顯國,不聞以妾與馬者。夫德者,得之於我,又得於彼,故可行也。若獨貪於奢侈,好於文章,是不德也。何以相國?”仲孫慚而退。韓宣子憂貧,叔向賀之。宣子問其故。對曰:“昔欒武子貴而能貧,故能垂德於後。今吾子之貧,是武子之德,能守廉靜者,致福之道也。吾所以賀。”宣子再拜,受其言。

新字:非其路而行之,雖労不至;非其有而求之,雖強不得。知者不為非其事,廉者不求非其有,是以遠害而名彰也。故君子行廉以全其真,守清以保其身。富財不如義多,高位不如徳尊。季文子相魯,妾不衣帛,馬不食粟。仲孫它諫曰:“子為魯上卿,妾不衣帛,馬不食粟,人其以子為吝,且不顕国也。”文子曰:“然吾観国人之父母,衣粗食蔬,吾是以不敢。且吾聞君子以徳顕国,不聞以妾与馬者。夫徳者,得之於我,又得於彼,故可行也。若独貪於奢侈,好於文章,是不徳也。何以相国?”仲孫慚而退。韓宣子憂貧,叔向賀之。宣子問其故。対曰:“昔欒武子貴而能貧,故能垂徳於後。今吾子之貧,是武子之徳,能守廉静者,致福之道也。吾所以賀。”宣子再拝,受其言。

書き下し

其の路に非ずして之を行けば、労すと雖も至らず。其の有に非ずして之を求むれば、強うと雖も得ず。知者は其の事に非ざるを為さず、廉者は其の有に非ざるを求めず。是を以て害に遠ざかりて名彰わる。故に君子は廉を行いて以て其の真を全うし、清を守りて以て其の身を保つ。富財は義の多きに如かず、高位は徳の尊きに如かず。季文子、魯に相たり、妾は帛を衣ず、馬は粟を食まず。仲孫它諫めて曰く、「子は魯の上卿為り。妾は帛を衣ず、馬は粟を食まず。人其れ子を以て吝と為さん、且つ国を顕さざるなり」と。文子曰く、「然れども吾、国人の父母を観るに、粗を衣て蔬を食らう。吾是を以て敢えてせず。且つ吾聞く、君子は徳を以て国を顕すと。妾と馬とを以てする者を聞かず。夫れ徳なる者は、之を我に得、又彼に得、故に行う可きなり。若し独り奢侈を貪り、文章を好まば、是れ不徳なり。何を以て国に相たらん」と。仲孫慚じて退く。韓宣子貧を憂う。叔向之を賀す。宣子其の故を問う。対えて曰く、「昔、欒武子は貴くして能く貧し、故に能く徳を後に垂る。今吾子の貧は、是れ武子の徳なり。能く廉静を守る者は、福を致すの道なり。吾賀する所以なり」と。宣子再拝して、其の言を受く。

現代語訳

自分の通るべき道でない道を行けば、どれほど苦労しても目的地には着かない。自分のものでないものを求めれば、どれほど無理をしても得られない。知恵ある者は自分の務めでないことはせず、廉潔な者は自分のものでないものを求めない。だから害から遠ざかり、名が明らかになる。それゆえ君子は廉潔を行って本来の自分を全うし、清らかさを守って身を保つ。財産が多いことは義が多いことに及ばず、位が高いことは徳が尊いことに及ばない。季文子(きぶんし、魯の大夫・季孫行父)が魯の宰相であったとき、側室には絹を着せず、馬には穀物を食べさせなかった。仲孫它(ちゅうそんた、魯の大夫・孟献子の子)が諫めて言った。「あなたは魯の上卿である。それなのに側室は絹を着ず、馬は穀物を食べない。人々はあなたをけちだと思うだろうし、それに国の威光を示すことにもならない」。文子は言った。「そうではあるが、私が国の人々の父母を見ると、粗末な衣を着て野菜を食べている。だから私はあえて贅沢をしないのだ。それに私は、君子は徳によって国の威光を示すと聞いているが、側室や馬によって示すとは聞いたことがない。徳というものは、自分に得て、さらに相手にも得られるものだから、行うことができるのである。もし自分だけ贅沢をむさぼり、華やかな錦を好むならば、それは不徳である。それでどうして国の宰相が務まろうか」。仲孫は恥じて退いた。韓宣子(かんせんし、晋の卿・韓起)が貧しさを嘆いていると、叔向(晋の賢大夫)がそれを祝った。宣子がそのわけを尋ねると、叔向は答えた。「昔、欒武子(らんぶし、晋の卿・欒書)は身分が高いのに貧しさを保つことができたので、後世に徳を残すことができた。今あなたが貧しいのは、武子と同じ徳を持っているということだ。廉潔と静けさを守ることのできる者は、福を招く道にある。だから私は祝うのである」。宣子は再拝して、その言葉を受け入れた。

解説

廉潔章の中で、廉潔の理屈を述べたうえで、季文子と韓宣子の二つの故事を引く一段である。自分の道でない道は歩いても着かず、自分のものでないものは求めても得られない。財産より義、高位より徳だという。季文子は魯の宰相でありながら側室に絹を着せず馬に穀物を与えず、けちだと言われると、国の人々の父母が粗末な衣食で暮らしているのに自分だけ贅沢はできない、君子は徳で国を輝かせるのだと答えた。季文子の話は『国語』魯語、叔向が韓宣子の貧しさを祝う話は『国語』晋語に見える。上に立つ者の暮らしぶりが下の信頼を決めるのは今も同じで、経営が苦しいときに役員だけ待遇を守れば、どれほど立派な方針も通らなくなる。

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