臣軌 / 卷上 匡諫章
《家語》曰:“哀公問於孔子曰:‘子從父命孝乎?臣從君命忠乎?’孔子不對。又問三,皆不對。趨而出,告於子貢曰:‘公問如此,爾以為何如?’子貢曰:‘子從父命,孝矣;臣從君命,忠矣。夫子奚疑焉。’孔子曰:‘鄙哉!爾不知也。
新字:《家語》曰:“哀公問於孔子曰:‘子従父命孝乎?臣従君命忠乎?’孔子不対。又問三,皆不対。趨而出,告於子貢曰:‘公問如此,爾以為何如?’子貢曰:‘子従父命,孝矣;臣従君命,忠矣。夫子奚疑焉。’孔子曰:‘鄙哉!爾不知也。
書き下し
『家語』に曰く、「哀公、孔子に問いて曰く、『子の父の命に従うは孝か。臣の君の命に従うは忠か』と。孔子対えず。又問うこと三たび、皆対えず。趨りて出で、子貢に告げて曰く、『公の問うこと此くの如し。爾以て何如と為す』と。子貢曰く、『子の父の命に従うは、孝なり。臣の君の命に従うは、忠なり。夫子奚ぞ疑わん』と。孔子曰く、『鄙なるかな。爾知らざるなり。
現代語訳
『孔子家語』にこうある。「魯の哀公が孔子に尋ねた。『子が父の命令に従うのは孝か。臣が君の命令に従うのは忠か』。孔子は答えなかった。さらに三度尋ねたが、いずれも答えなかった。孔子は小走りに退出し、子貢(孔子の弟子、弁舌に優れた)に告げた。『公がこのように尋ねられた。お前はどう思うか』。子貢は言った。『子が父の命令に従うのは孝だ。臣が君の命令に従うのは忠だ。先生は何を迷われるのか』。孔子は言った。『浅はかだな。お前は分かっていない。
解説
匡諫章で『孔子家語』三恕篇の問答を引く一段で、命令に従うことが忠孝なのかという問いを立てる。哀公の問いに孔子は三度とも答えず、退出して子貢に意見を求める。子貢は従うのが孝であり忠だと即答するが、孔子は浅はかだと退ける。この後孔子は、天子に諫める臣が七人いれば道を外れても天下を失わない、父に諫める子がいれば不義に陥らない、と続け、従うべきかどうかを見極めるのが本当の孝であり忠だと説く。注も『孝経』の諍臣諍子の言葉を並べて補っている。黙って従うのは楽だが、それで主君や親が誤るなら忠でも孝でもない。今の職場でも、上司の指示に従うことと上司のためになることは、必ずしも同じではない。
関連する章句
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荀子・子道篇魯の哀公、孔子に問いて曰く、「子、父の命に従うは、孝なるか。臣、君の命に従うは、貞なるか」と。三たび問うも、孔子対(こた)えず。孔子趨(はし)り出でて以て子貢に語りて曰く、「郷者(さきごろ)、君、丘(きゅう)に問いて曰く、『子、父の命に従うは孝なるか。臣、君の命に従うは貞なるか』と。三たび問うも丘対えず。賜(し)、以て何如(いかん)と為す」と。子貢曰く、「子、父の命に従うは孝なり。臣、君の命に従うは貞なり。夫子、奚(なん)の対うること有らんや」と。孔子曰く、「小人なるかな。賜、識(し)らざるなり。昔、万乗の国に争臣(そうしん)四人有れば、則ち封疆(ほうきょう)削られず。千乗の国に争臣三人有れば、則ち社稷(しゃしょく)危うからず。百乗の家に争臣二人有れば、則ち宗廟毀(こぼ)たれず。父に争子(そうし)有れば、無礼を行わず。士に争友有れば、不義を為さず。故に子、父に従うも、奚ぞ子の孝ならん。臣、君に従うも、奚ぞ臣の貞ならん。其の従う所以を審(つまび)らかにする、之を孝と謂い、之を貞と謂うなり」と。
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『臣軌』卷上 匡諫章昔、万乗の主に諍臣七人有れば、則ち主に過挙無し。千乗の国に諍臣五人有れば、則ち社稷危うからず。百乗の家に諍臣三人有れば、則ち禄位替らず。父に諍子有れば、無礼に陥らず。士に諍友有れば、不義を行わず。子、父の命に従う、奚ぞ孝と為さんや。臣、君の命に従う、奚ぞ忠と為さんや。
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孔子家語・三恕子貢孔子に問いて曰わく、「子父の命に従うを孝とし、臣君の命に従うを貞とするか。奚ぞ疑わん。」孔子曰わく、「鄙しいかな賜、汝識らざるなり。昔者明王万乘の国、争臣七人有れば、則ち主過挙無し。千乘の国、争臣五人有れば、則ち社稷危からざるなり。百乘の家、争臣三人有れば、則ち禄位替わらず。父に争子有れば、無礼に陥らず。士に争友有れば、不義を行わず。故に子父の命に従うは、奚ぞ詎ぞ孝と為さん。臣君の命に従うは、奚ぞ詎ぞ貞と為さん。夫れ能く其の従う所を審らかにするを、之を孝と謂い、之を貞と謂うなり。」
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『孝経』諫諍章第十五曾子曰く、「かの慈愛・恭敬・安親・揚名のごときは、則ち命を聞けり。敢えて問う、子、父の令に従うを、孝と謂うべきか」と。子曰く、「これ何の言ぞや、これ何の言ぞや。昔者、天子に争臣七人有れば、無道と雖もその天下を失わず。諸侯に争臣五人有れば、無道と雖もその国を失わず。大夫に争臣三人有れば、無道と雖もその家を失わず。士に争友有れば、則ち身は令名を離れず。父に争子有れば、則ち身は不義に陥らず。故に不義に当たりては、則ち子は以て父に争わざるべからず、臣は以て君に争わざるべからず。故に不義に当たりては則ちこれと争う。父の令に従うのみにて、また焉んぞ孝たるを得んや」。
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『臣軌』卷上 至忠章昔、孔子曰く、「人の下為る者は、其れ猶お土のごときか。之に種うれば則ち五穀生じ、之を掘れば則ち甘泉出づ。草木殖し、禽獣育つ。其の功多くして言わず」と。此れ忠臣の道なり。『尚書』に曰く、「成王、君陳に謂いて曰く、『爾に嘉謀嘉猷有らば、則ち入りて爾が后に内に告げ、爾乃ち之に外に順え』と」と。曰く、「『斯の謀、斯の猷は、惟れ我が后の徳なり』と。〔一字不明〕人咸時(これ)に若わば、惟れ良にして顕らかなるかな」と。『礼記』に曰く、「善は則ち君を称し、過ちは則ち己を称すれば、則ち人は忠を作す」と。「善は則ち親を称し、過ちは則ち己を称すれば、則ち人は孝を作す」と。『昌言』に曰く、「人の親に事うるや、父母の側を去らず、労辱の事に倦まず。父母の体の安からざるを見れば、則ち寝ぬる能わず、父母の食の飽かざるを見れば、則ち食らう能わず。父母の善有るを見れば、則ち欣喜して之を戴き、父母の過ち有るを見れば、則ち泣涕して之を諫む。孜孜として此れを為して以て其の親に事うれば、焉んぞ人の父母と為りて之を憎む者有らんや。人の君に事うるや、事に難易無く、憚る所無きなり。事に労逸無く、避くる所無きなり。其の委任せらるるや、則ち恩寵を恃まずして敬を加え、其の遺忘せらるるや、則ち敢えて怨恨せずして勤めを加う。険易も其の心を革めず、安危も其の志を変えず。君の一善を見れば、則ち力を竭くして以て顕誉し、唯だ四海の聞かざるを恐る。君の微過を見れば、則ち心を尽くして潜かに諫め、唯だ一徳の失有らんことを慮る。孜孜として此れを為して以て其の君に事うれば、焉んぞ人の君主と為りて之を憎む者有らんや」と。
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『臣軌』卷上 至忠章故に親に事えて親の知る所と為らざるは、これ孝の未だ至らざるなり。君に事えて君の知る所と為らざるは、これ忠の未だ至らざるなり。古語に云う、「忠臣を求めんと欲せば、孝子の門より出づ」と。それ純孝の者に非ざれば、則ち大忠を立つる能わず。
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