臣軌 / 卷上 匡諫章
昔萬乘之主、有諍臣七人、則主無過舉、千乘之國、有諍臣五人、則社稷不危、百乘之家、有諍臣三人、則祿位不替。父有諍子、不陷無禮、士有諍友、不行不義。子從父命、奚詎為孝!臣從君命、奚詎為忠!’
新字:昔万乗之主、有諍臣七人、則主無過舉、千乗之国、有諍臣五人、則社稷不危、百乗之家、有諍臣三人、則禄位不替。父有諍子、不陥無礼、士有諍友、不行不義。子従父命、奚詎為孝!臣従君命、奚詎為忠!’
書き下し
昔、万乗の主に諍臣七人有れば、則ち主に過挙無し。千乗の国に諍臣五人有れば、則ち社稷危うからず。百乗の家に諍臣三人有れば、則ち禄位替らず。父に諍子有れば、無礼に陥らず。士に諍友有れば、不義を行わず。子、父の命に従う、奚ぞ孝と為さんや。臣、君の命に従う、奚ぞ忠と為さんや。
現代語訳
昔、万乗の君主に諫め争う臣が七人いれば、主君に誤った行いはなかった。千乗の国に諫め争う臣が五人いれば、国家は危うくならなかった。百乗の家に諫め争う臣が三人いれば、禄と位は失われなかった。父に諫め争う子がいれば、無礼に陥らない。士に諫め争う友がいれば、不義を行わない。子が父の命令に従うことが、どうして孝であろうか。臣が君の命令に従うことが、どうして忠であろうか。
解説
孔子家語から引かれた一段で、孝経の諫諍章とほぼ同じ論理である。哀公に「子が父の命に従うのは孝か、臣が君の命に従うのは忠か」と三度問われて孔子は答えず、後で子貢に「鄙しいかな、お前は分かっていない」と言ってこの話をした。従うことは孝でも忠でもない。必要なのは諫め争う者の存在で、しかも人数まで示される。万乗に七人、千乗に五人、百乗に三人。組織の規模に応じて、面と向かって反対できる人間を何人抱えているかが、その組織の安全を決めるという設計である。臣軌が臣下に配られた書であることを思えば、これは「諫めよ」という命令でもある。
この章句が説くこと
諍臣七人父に諍子有り命に従うは忠に非ず匡諫章諫言
関連する章句
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