臣軌 / 卷上 同體章
故《虞書》曰:“臣作朕股肱耳目,余欲左右有人,汝翼;余欲宣力四方,汝為。”故知臣以君為心,君以臣為體。心安則體安,君泰則臣泰。未有心瘁於中,而體悅於外,君憂於上,而臣樂於下。古人所謂“共其安危,同其休戚”者,豈不信歟!
新字:故《虞書》曰:“臣作朕股肱耳目,余欲左右有人,汝翼;余欲宣力四方,汝為。”故知臣以君為心,君以臣為体。心安則体安,君泰則臣泰。未有心瘁於中,而体悦於外,君憂於上,而臣楽於下。古人所謂“共其安危,同其休戚”者,豈不信歟!
書き下し
故に『虞書』に曰く、「臣は朕が股肱耳目と作る。余、左右に人有らんことを欲す、汝翼けよ。余、力を四方に宣べんと欲す、汝為せ」と。故に知る、臣は君を以て心と為し、君は臣を以て体と為すを。心安ければ則ち体安く、君泰ければ則ち臣泰し。未だ心は中に瘁みて、体は外に悦び、君は上に憂えて、臣は下に楽しむ有らず。古人の所謂「その安危を共にし、その休戚を同じくす」とは、豈に信ならざらんや。
現代語訳
だから『書経』虞書(益稷篇)に、舜が「臣下は私の手足であり耳目である。私が民を助け導こうとするなら、汝らが補佐せよ。私が四方に力を行きわたらせようとするなら、汝らがそれを行え」と言っている。ここから分かるのは、臣は君の命を受けるので君を心とし、君は臣の力を必要とするので臣を体とするということである。心が安らかなら体も安らかであり、君が安泰なら臣も安泰である。心が内で病んでいるのに体が外で喜んでいたり、君が上で憂えているのに臣が下で楽しんでいたりしたことは、いまだかつてない。昔の人が「安危をともにし、喜びも憂いも同じくする」と言ったのは、まことにそのとおりではないか。
解説
関連する章句
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『臣軌』卷上 同體章それ人臣の君に於けるや、猶お四肢の元首を載せ、耳目の心の使いと為るがごとし。相い須ちて後に体を成し、相い得て後に用を成す。故に臣の君に事うるは、猶お子の父に事うるがごとし。父子は至親と雖も、猶お未だ君臣の同体なるに若かざるなり。
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『臣軌』卷上 同體章『漢名臣奏』に曰く、「夫れ体に痛む者有れば、手は存せざる能わず、心に懼るる者有れば、口は言わざる能わず。忠臣の直を君に献ずる者は、鱗に触れ上を犯すを願うに非ざるなり。良に君と体を同じくし、憂患すること深く、志は君の安きを欲するに由るなり」と。陸景の『典語』に曰く、「国の臣有る所以、臣の上に事うる所以は、但だに員に備わらんと欲するのみに非ず。天下は至って広く、庶事は至って繁く、一人の身の能く周くする所に非ざるなり。故に官を分かち職を列ね、各々その位を守らしむ。その任に処る者は、必ずその憂いを荷う。臣の主に与けるや、体を同じくし用を合わす。主の臣に任ずるや、既に身の手を信ずるが如く、臣の主に事うるや、亦た手の身に係るが如し。上下心を協せ、以て国事を理む。命を俟たずして自ら勤め、容れらるるを求めずして自ら親しめば、則ち君臣の道著る」と。
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貞観政要・君臣鑑戒臣聞く、君は元首と為り、臣は股肱と作(な)る。契を斉しくし心を同じくし、合して体を成す。体或いは備わらずんば、未だ成人有らず。然らば則ち首は尊高なりと雖も、必ず手足を資(と)りて以て体を成す。君は明哲なりと雖も、必ず股肱を藉りて以て治を致す。『礼』に云う、「民は君を以て心と為し、君は民を以て体と為す。心荘なれば則ち体舒(の)び、心粛なれば則ち容敬なり」と。『書』に云う、「元首明らかなるかな、股肱良きかな、庶事康きかな」と。「元首叢脞(そうさ)なるかな、股肱惰るかな、万事墮つるかな」と。然らば則ち股肱を委棄し、独り胸臆に任じて、体を具え理を成すは、聞く所に非ざるなり。
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『臣軌』卷上 同體章故に『周書』に称す、殷紂に億兆の夷人有るも、心を離し徳を離す、此れその亡びし所以なり。周武に乱臣十人有り、心を同じくし徳を同じくす、此れその興りし所以なり、と。『尚書』に曰く、「四目を明らかにし、四聡を達す」と。舜、賢を求めて、己に代わりて四方に視聴せしむるを謂うなり。昔、屠蒯も亦た云う、「汝は君の目為り、将に明を司らんとす。汝は君の耳為り、将に聴を司らんとす」と。軒轅氏に四臣有り、以て四方を察す。故に『屍子』に云う、「黄帝は四目」と。
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『臣軌』卷上 同體章是を知る、君位は尊高にして、九重奥絶なり。万方の事、独り臨むべからず。故に群官を置きて、以て爪牙耳目に備え、各々その能を尽くさば、則ち天下自ずから化す。故に冕旒垂拱して上に無為なるは、人君の任なり。国を憂え人を恤み力を下に竭くすは、人臣の職なり。
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尚書・說命下股肱は惟れ人、良臣は惟れ聖なり。
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