臣軌 / 卷上 同體章
夫欲構大廈者、必藉眾材。雖楹柱棟梁、栱櫨榱桷、長短方圓、所用各異、自非眾材同體、則不能成其構。為國者亦猶是焉。雖人之才能天性殊稟、或仁或智、或武或文、然非群臣同體、則不能興其業。
新字:夫欲構大廈者、必藉眾材。雖楹柱棟梁、栱櫨榱桷、長短方円、所用各異、自非眾材同体、則不能成其構。為国者亦猶是焉。雖人之才能天性殊稟、或仁或智、或武或文、然非群臣同体、則不能興其業。
書き下し
それ大廈を構えんと欲する者は、必ず衆材に藉る。楹柱・棟梁・栱櫨・榱桷、長短方円、用うる所は各々異なると雖も、自ずから衆材の同体に非ざれば、則ちその構えを成す能わず。国を為むる者も亦た猶おこれのごとし。人の才能は天性の稟を殊にし、或いは仁、或いは智、或いは武、或いは文と雖も、然れども群臣の同体に非ざれば、則ちその業を興す能わず。
現代語訳
大きな建物を建てようとする者は、必ず多くの材木に頼る。柱、棟や梁、組物、垂木——長短も角丸も、使いどころはそれぞれ違う。だが多くの材が一つの体にならなければ、その構造は成り立たない。国を治めるのもこれと同じである。人の才能は生まれつき異なり、仁の人も智の人も、武の人も文の人もいる。しかし群臣が一つの体にならなければ、事業を興すことはできない。
解説
建築の比喩で多様性と統合を説いた一段である。柱と垂木は長さも形も役割も違う。だが違うまま一つの構造になるから建物が建つ。人も同じで、仁・智・武・文と資質が異なるのは当然の前提であり、問題はそれが一体になるかどうかだ、と。同じ章で、殷の紂王には億兆の民がいたが離心離徳で滅び、周の武王には十人しかいなかったが同心同徳で興った、という対比も引かれる。人数ではなく一体かどうかが結果を分ける、という主張である。
この章句が説くこと
大廈を構う衆材の同体離心離徳と同心同徳多様性人材登用
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