臣軌 / 卷上 同體章
是知君位尊高、九重奧絕、萬方之事、不可獨臨、故置群官、以備爪牙耳目、各盡其能、則天下自化。故冕旒垂拱無為於上者、人君之任也、憂國恤人竭力於下者、人臣之職也。
新字:是知君位尊高、九重奥絶、万方之事、不可独臨、故置群官、以備爪牙耳目、各尽其能、則天下自化。故冕旒垂拱無為於上者、人君之任也、憂国恤人竭力於下者、人臣之職也。
書き下し
是を知る、君位は尊高にして、九重奥絶なり。万方の事、独り臨むべからず。故に群官を置きて、以て爪牙耳目に備え、各々その能を尽くさば、則ち天下自ずから化す。故に冕旒垂拱して上に無為なるは、人君の任なり。国を憂え人を恤み力を下に竭くすは、人臣の職なり。
現代語訳
これで分かる。君の位は尊く高く、宮殿の奥深くにある。天下万方の事を、一人で見ることはできない。だから多くの官を置いて爪牙や耳目に備え、それぞれがその能力を尽くせば、天下はおのずと治まる。だから冠を垂れ手をこまねいて上で何もしないのが君主の務めであり、国を憂え人を憐れんで下で力を尽くすのが臣下の職である。
解説
分業の理由が、能力の差ではなく物理的な制約に置かれている。君は宮殿の奥にいて、天下の事を一人では見られない。だから官を置く。ここから逆算すると、君主の仕事は「見ないこと」になる。冕旒垂拱——冠を垂れ手をこまねいて無為でいるのが君主の任だ、と。何もしないことを職務として定義するのは、任せきる覚悟の表明でもある。同じ章で舜が「四目を明らかにし四聡を達す」——四方に代わりに見聞きさせた、という話も引かれる。委任とは、自分の目と耳を増やすことである。
この章句が説くこと
冕旒垂拱上に無為爪牙耳目委任
関連する章句
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