詩経 / 周頌・清廟之什・時邁
《時邁》,巡守告祭柴望也。 時邁其邦,昊天其子之。實右序有周。薄言震之,莫不震疊。懷柔百神,及河喬嶽。允王維后。明昭有周,式序在位。載戢干戈,載櫜弓矢,我求懿德,肆于時夏。允王保之。
新字:《時邁》,巡守告祭柴望也。 時邁其邦,昊天其子之。実右序有周。薄言震之,莫不震畳。懐柔百神,及河喬嶽。允王維后。明昭有周,式序在位。載戢干戈,載櫜弓矢,我求懿徳,肆于時夏。允王保之。
書き下し
時邁(じまい)は、巡守(じゅんしゅ)して柴望(さいぼう)を告祭するなり。 時(こ)に其の邦に邁(ゆ)く、昊天其れこれを子とす。実に有周を右序(ゆうじょ)す。薄(いささ)か言(ここ)にこれを震わせば、震畳(しんじょう)せざる莫し。百神を懐柔し、河と喬嶽(きょうがく)とに及ぶ。允(まこと)に王は維れ后(きみ)なり。明昭なる有周、式(もっ)て位に在るを序す。載(すなわ)ち干戈(かんか)を戢(おさ)め、載ち弓矢を櫜(ふくろ)にす。我、懿徳(いとく)を求め、時(こ)の夏に肆(し)く。允に王これを保たん。
現代語訳
「時邁」の詩は、天子が諸国を巡り、柴を焚いて天を祀り山川を望み祀って、事を告げたときの歌である。 いま天子はその国々を巡り行く。大いなる天は天子をわが子として慈しむ。まことに周を助け、順序立てて栄えさせる。ひとたび威を示せば、震え恐れないものはない。多くの神々をなだめ和らげ、黄河や高い山々の神にまで祀りは及ぶ。まことに王こそ天下の君である。明らかに輝く周は、諸侯をそれぞれの位に正しく並べる。そして盾と矛をしまい込み、弓矢を袋に納める。われらは美しい徳を求め、それをこの中国に広く行き渡らせる。まことに王はこの天下を保っていくであろう。
解説
天子が天下を巡り、天と山川の神々を祀る周頌の歌である。天が周の王を子として助け、その威に諸侯が震え服したのち、武器を納めて徳を天下に広めると歌う。毛詩序は巡守して柴望を告げ祭る詩とし、伝統的には殷を滅ぼした武王の巡守と結びつけられてきた。『左伝』宣公十二年には、楚の荘王が戦勝の記念に敵の屍を積み上げよと勧められたとき、この詩の「載ち干戈を戢め、載ち弓矢を櫜にす」を引き、「武」の字は戈を止めると書くのだと説いて退けた話が載る。力を示すことより、力をしまって徳を求めることに王者の姿を見る。この句は、勝った側こそ武器を納めるべきだという、今にも通じる考えを伝えている。
この章句が説くこと
詩経巡守左伝周頌止戈
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