詩経 / 小雅・鴻鴈之什・鶴鳴
《鶴鳴》,誨宣王也。 鶴鳴于九皋,聲聞于野。魚潛在淵,或在于渚。樂彼之園,爰有樹檀,其下維蘀。它山之石,可以為錯。 鶴鳴于九皋,聲聞于天。魚在于渚,或潛在淵。樂彼之園,爰有樹檀,其下維穀。它山之石,可以攻玉。
新字:《鶴鳴》,誨宣王也。 鶴鳴于九皋,声聞于野。魚潜在淵,或在于渚。楽彼之園,爰有樹檀,其下維蘀。它山之石,可以為錯。 鶴鳴于九皋,声聞于天。魚在于渚,或潜在淵。楽彼之園,爰有樹檀,其下維穀。它山之石,可以攻玉。
書き下し
鶴鳴(かくめい)は、宣王に誨(おし)うるなり。 鶴九皋(きゅうこう)に鳴き、声野に聞こゆ。魚潜みて淵に在り、或いは渚(なぎさ)に在り。楽しき彼の園、爰(ここ)に樹(う)えたる檀(まゆみ)有り、其の下は維(こ)れ蘀(たく)。它山(たざん)の石、以て錯(といし)と為すべし。 鶴九皋に鳴き、声天に聞こゆ。魚渚に在り、或いは潜みて淵に在り。楽しき彼の園、爰に樹えたる檀有り、其の下は維れ穀(こうぞ)。它山の石、以て玉を攻(おさ)むべし。
現代語訳
「鶴鳴」の詩は、周の宣王に教え諭したものである。 鶴が奥深い沢で鳴くと、その声は野にまで聞こえる。魚は淵の底に潜んでいるが、ときには岸辺の浅瀬にも出てくる。楽しいあの庭園には、植えられたまゆみの木があり、その下には落ち葉が積もる。よその山の石でも、砥石として使うことができる。 鶴が奥深い沢で鳴くと、その声は天にまで聞こえる。魚は岸辺の浅瀬にいるが、ときには淵の底に潜んでいる。楽しいあの庭園には、植えられたまゆみの木があり、その下には楮の木が生えている。よその山の石でも、玉を磨くのに使うことができる。
解説
奥深い沢で鳴く鶴、淵と浅瀬を行き来する魚、庭のまゆみの木、よその山の石を次々に並べた、たとえの多い詩である。毛詩序は宣王を教え諭した詩とし、隠れた賢者を招いて用いるよう勧めたものと読む。奥で鳴いても声が天まで届く鶴は、世に隠れていても名が知られる賢者のたとえであり、よその山の石で玉を磨くのは、他国の人や身分の低い者であっても用いて自分を磨けということである。朱熹『詩集伝』も、これを理を述べたたとえの詩として、隠れた賢者を招く意に読む。ここから「他山の石」の成語が生まれ、自分より劣る者の言行でも自分を磨く助けになる、という意味で今も使われる。自分と違う立場の人の言葉にこそ、自分を磨く石がある。
この章句が説くこと
詩経他山の石賢者鶴教え
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