詩経 / 小雅・鹿鳴之什・南陔
《南陔》,孝子相戒以養也。《白華》,孝子之絜白也。《華黍》,時和歲豐,宜黍稷也。 有其義而亡其辭。
新字:《南陔》,孝子相戒以養也。《白華》,孝子之絜白也。《華黍》,時和歳豊,宜黍稷也。 有其義而亡其辞。
書き下し
南陔(なんがい)は、孝子相戒めて以て養うなり。白華は、孝子の絜白(けっぱく)なり。華黍(かしょ)は、時和し歳豊かにして、黍稷(しょしょく)に宜しきなり。 其の義有りて其の辞亡(な)し。
現代語訳
「南陔」の詩は、孝行な子どもたちが互いに戒め合って、親を養うことを歌ったものである。「白華」の詩は、孝行な子の身の潔白さを歌ったものである。「華黍」の詩は、季節の気候が穏やかで年は豊作となり、きびやあわがよく実ったことを歌ったものである。 この三篇は、詩の意味(序)だけが伝わり、その歌詞は失われている。
解説
南陔・白華・華黍の三篇は、題と毛詩序だけが残り、詩の本文が伝わらない「笙詩」である。序によれば、南陔は親を養う孝子の戒め、白華は孝子の潔白、華黍は豊作を歌ったものだという。『儀礼』郷飲酒礼・燕礼には、堂下に入った笙の奏者が南陔・白華・華黍を奏でると記され、これらが笙で演奏される楽曲だったことがわかる。毛詩の側は歌詞が戦乱で失われたと考えたが、朱熹『詩集伝』はもともと笙で吹く曲で歌詞は無かったとみる。どちらが正しいかは決め手がない。後に晋の束晳は、失われた六篇に自ら歌詞を補う「補亡詩」を作った。言葉が消えても、何のための歌だったかという意味だけは語り継がれた。その姿は、形より心を伝えることの意味を考えさせる。
この章句が説くこと
詩経笙詩孝豊作毛詩序
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