詩経 / 国風・秦風・車鄰
《車鄰》,美秦仲也。秦仲始大,有車馬禮樂侍御之好焉。 有車鄰鄰,有馬白顛。未見君子,寺人之令。 阪有漆,隰有栗。既見君子,並坐鼓瑟。今者不樂,逝者其耋! 阪有桑,隰有楊。既見君子,並坐鼓簧。今者不樂,逝者其亡!
新字:《車鄰》,美秦仲也。秦仲始大,有車馬礼楽侍御之好焉。 有車鄰鄰,有馬白顛。未見君子,寺人之令。 阪有漆,隰有栗。既見君子,並坐鼓瑟。今者不楽,逝者其耋! 阪有桑,隰有楊。既見君子,並坐鼓簧。今者不楽,逝者其亡!
書き下し
車鄰(しゃりん)は、秦仲(しんちゅう)を美むるなり。秦仲始めて大いなり、車馬礼楽侍御の好(よ)き有り。 車有り鄰鄰(りんりん)たり、馬有り白顛(はくてん)なり。未だ君子を見ず、寺人(じじん)の令あり。 阪(さか)に漆有り、隰(さわ)に栗有り。既に君子を見る、並び坐して瑟を鼓す。今者(いま)楽しまずんば、逝く者其れ耋(お)いん。 阪に桑有り、隰に楊有り。既に君子を見る、並び坐して簧(こう)を鼓す。今者楽しまずんば、逝く者其れ亡(ほろ)びん。
現代語訳
「車鄰」の詩は、秦仲(しんちゅう)をほめたものである。秦仲のときにはじめて国が大きくなり、車馬や礼楽、近侍の者などが整ったのである。 車はがらがらと音を立て、馬は額の白い毛並み。まだ君主にはお目にかかれず、宦官が取り次ぎの言葉を伝える。 坂には漆の木があり、沢には栗の木がある。いまこうして君主にお会いすると、並んで座って瑟を奏でる。いま楽しまなければ、過ぎゆく月日にやがて年老いてしまう。 坂には桑の木があり、沢には柳がある。いまこうして君主にお会いすると、並んで座って笙を吹く。いま楽しまなければ、過ぎゆく月日にやがて死んでしまう。
解説
秦風の最初の詩である。車の音を響かせて君主のもとを訪ねると、まず宦官が取り次ぎ、会えば並んで座って瑟や笙を奏でる。そして「今楽しまなければ、やがて老いて死んでしまう」と宴の喜びを歌う。毛詩序は、秦仲のときにはじめて国が大きくなり、車馬・礼楽・近侍の者が整ったことをほめた詩と読む。『史記』秦本紀によれば、秦仲は周の宣王から大夫に任じられて西戎を討ち、その戦いのなかで没した。まだ辺境の小国だった秦が、礼楽を備えた国の体裁を整えはじめた時期の歌である。朱熹も、秦仲の時代に君臣が親しく楽しむさまを歌った詩とする。「今楽しまずんば」の句は、唐風「蟋蟀」「山有樞」とも響き合う。限りある時を惜しみ、今ここにいる人と喜びを分かち合う心は、国の始まりの活気とも重なっている。
この章句が説くこと
詩経秦宴礼楽秦仲
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