詩経 / 国風・邶風・北風
《北風》,刺虐也。衛國並為威虐,百姓不親,莫不相攜持而去焉。 北風其涼,雨雪其雱。惠而好我,攜手同行。其虛其邪?既亟只且! 北風其喈,雨雪其霏。惠而好我,攜手同歸。其虛其邪?既亟只且! 莫赤匪狐,莫黑匪烏。惠而好我,攜手同車。其虛其邪?既亟只且!
新字:《北風》,刺虐也。衛国並為威虐,百姓不親,莫不相攜持而去焉。 北風其涼,雨雪其雱。恵而好我,攜手同行。其虚其邪?既亟只且! 北風其喈,雨雪其霏。恵而好我,攜手同帰。其虚其邪?既亟只且! 莫赤匪狐,莫黒匪烏。恵而好我,攜手同車。其虚其邪?既亟只且!
書き下し
北風は、虐を刺(そし)るなり。衛国並びに威虐を為し、百姓(ひゃくせい)親しまず、相携持(けいじ)して去らざるは莫(な)し。 北風其れ涼たり、雨雪(うせつ)其れ雱(ほう)たり。恵(けい)して我を好まば、手を携えて同じく行かん。其れ虚(ゆる)やかに其れ邪(ゆる)やかならんや、既に亟(すみ)やかなるのみ。 北風其れ喈(かい)たり、雨雪其れ霏(ひ)たり。恵して我を好まば、手を携えて同じく帰せん。其れ虚やかに其れ邪やかならんや、既に亟やかなるのみ。 赤くして狐に匪(あら)ざるは莫く、黒くして烏に匪ざるは莫し。恵して我を好まば、手を携えて車を同じくせん。其れ虚やかに其れ邪やかならんや、既に亟やかなるのみ。
現代語訳
「北風」の詩は、暴虐な政治を風刺したものである。衛の国では君も臣もそろって威圧と暴虐をほしいままにしたので、民は上に親しまず、誰もが互いに手を取り合って国を去っていった。 北風は冷たく吹きすさび、雪はしんしんと降りしきる。私を思ってくれる人よ、手を取り合って共に行こう。ゆっくり構えている場合だろうか、ぐずぐずしている場合だろうか、事はもう差し迫っているのだ。 北風はびゅうびゅうと吹き荒れ、雪はしきりに舞い落ちる。私を思ってくれる人よ、手を取り合って共に去ろう。ゆっくり構えている場合だろうか、ぐずぐずしている場合だろうか、事はもう差し迫っているのだ。 赤いものはみな狐、黒いものはみな烏(どこを見ても不吉な者ばかり)。私を思ってくれる人よ、手を取り合って同じ車に乗ろう。ゆっくり構えている場合だろうか、ぐずぐずしている場合だろうか、事はもう差し迫っているのだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
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