詩経 / 国風・周南・関雎
《關雎》,后妃之德也。風之始也,所以風天下而正夫婦也,故用之鄉人焉,用之邦國焉。 關關雎鳩,在河之洲。窈窕淑女,君子好逑。 參差荇菜,左右流之。窈窕淑女,寤寐求之。求之不得,寤寐思服。悠哉悠哉,輾轉反側。 參差荇菜,左右采之。窈窕淑女,琴瑟友之。參差荇菜,左右芼之。窈窕淑女,鍾鼓樂之。
新字:《関雎》,后妃之徳也。風之始也,所以風天下而正夫婦也,故用之郷人焉,用之邦国焉。 関関雎鳩,在河之洲。窈窕淑女,君子好逑。 参差荇菜,左右流之。窈窕淑女,寤寐求之。求之不得,寤寐思服。悠哉悠哉,輾転反側。 参差荇菜,左右采之。窈窕淑女,琴瑟友之。参差荇菜,左右芼之。窈窕淑女,鍾鼓楽之。
書き下し
関雎(かんしょ)は、后妃(こうひ)の徳なり。風(ふう)の始めなり。天下を風して夫婦を正す所以(ゆえん)なり。故にこれを郷人に用い、これを邦国に用う。 関関(かんかん)たる雎鳩(しょきゅう)は、河の洲(す)に在り。窈窕(ようちょう)たる淑女は、君子の好逑(こうきゅう)。 参差(しんし)たる荇菜(こうさい)は、左右にこれを流(もと)む。窈窕たる淑女は、寤寐(ごび)にこれを求む。これを求めて得ざれば、寤寐に思服す。悠なるかな悠なるかな、輾転反側(てんてんはんそく)す。 参差たる荇菜は、左右にこれを采(と)る。窈窕たる淑女は、琴瑟(きんしつ)にてこれを友とす。参差たる荇菜は、左右にこれを芼(えら)ぶ。窈窕たる淑女は、鍾鼓(しょうこ)にてこれを楽しましむ。
現代語訳
「関雎」の詩は、后妃(王の正妃)の徳を歌ったものである。国風の始めに置かれ、これによって天下を感化して夫婦の道を正そうとした。だから村の人々の集まりでも用い、諸侯の国々でも用いたのである。 クワッ、クワッと鳴き交わすみさごが、川の中州にいる。しとやかで美しいよき娘は、君子にふさわしいよき連れ合い。 長短ふぞろいのあさざの葉を、右に左に探し求める。しとやかで美しいよき娘を、寝ても覚めても求める。求めても得られないので、寝ても覚めても思い続ける。ああ長い、長い夜よ、寝返りを打っては転げまわる。 長短ふぞろいのあさざの葉を、右に左に摘み取る。しとやかで美しいよき娘と、琴や瑟を奏でて親しみ合う。長短ふぞろいのあさざの葉を、右に左に選り分ける。しとやかで美しいよき娘を、鐘や太鼓を鳴らして楽しませる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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