士規七則 / 三端
右士規七則、約爲三端、曰、立志以爲萬事之源、擇交以輔仁義之行、讀書以稽聖賢之訓、士苟有得於此、亦可以爲成人矣、
新字:右士規七則、約為三端、曰、立志以為万事之源、択交以輔仁義之行、読書以稽聖賢之訓、士苟有得於此、亦可以為成人矣、
書き下し
右士規七則、約して三端と為す。曰く、志を立てて以て万事の源と為し、交はりを択びて以て仁義の行ひを輔け、書を読みて以て聖賢の訓へを稽ふ。士苟も此に得ること有らば、亦以て成人と為すべし。
現代語訳
以上の士規七則を、要約して三つにまとめる。志を立てて、それをすべての事の源とすること。交わる相手を選んで、仁義の行いを助けとすること。書物を読んで、聖人賢人の教えを考え究めること。士がもしこの三つを身につけたならば、一人前の大人と言ってよい。
解説
七則の結びで、松陰は全体を三つに絞ります。立志、択交、読書です。中でも「志を立てて以て万事の源と為す」は、松陰の教育の第一原理として最もよく知られた言葉です。何をするにもまず志が先にあり、その志を良い友と良い書物が支え育てる、という順序になっています。元服、つまり大人になる日の少年に、大人とはこの三つを備えた者だと告げているのです。年齢や身分ではなく、志と交わりと学びによって人は一人前になるという考えは、時代を越えて若い人を励まし続けています。
この章句が説くこと
立志交友読書成人志
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