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史記 / 貨殖列伝

吳楚七國兵起時,長安中列侯封君行從軍旅,齎貸子錢,子錢家以為侯邑國在關東,關東成敗未決,莫肯與。唯無鹽氏出捐千金貸,其息什之。三月,吳楚平,一歲之中,則無鹽氏之息什倍,用此富埒關中。關中富商大賈,大抵盡諸田,田嗇、田蘭。韋家栗氏,安陵、杜杜氏,亦巨萬。此其章章尤異者也。皆非有爵邑奉祿弄法犯姦而富,盡椎埋去就,與時俯仰,獲其贏利,以末致財,用本守之,以武一切,用文持之,變化有概,故足術也。若至力農畜,工虞商賈,為權利以成富,大者傾郡,中者傾縣,下者傾鄉里者,不可勝數。夫纖嗇筋力,治生之正道也,而富者必用奇勝。田農,掘業,而秦揚以蓋一州。掘冢,姦事也,而田叔以起。博戲,惡業也,而桓發用富。行賈,丈夫賤行也,而雍樂成以饒。販脂,辱處也,而雍伯千金。賣漿,小業也,而張氏千萬。灑削,薄技也,而郅氏鼎食。胃脯,簡微耳,濁氏連騎。馬醫,淺方,張裏擊鐘。此皆誠壹之所致。由是觀之,富無經業,則貨無常主,能者輻湊,不肖者瓦解。千金之家比一都之君,巨萬者乃與王者同樂。豈所謂「素封」者邪?非也?

新字:呉楚七国兵起時,長安中列侯封君行従軍旅,齎貸子銭,子銭家以為侯邑国在関東,関東成敗未決,莫肯与。唯無塩氏出捐千金貸,其息什之。三月,呉楚平,一歳之中,則無塩氏之息什倍,用此富埒関中。関中富商大賈,大抵尽諸田,田嗇、田蘭。韋家栗氏,安陵、杜杜氏,亦巨万。此其章章尤異者也。皆非有爵邑奉禄弄法犯姦而富,尽椎埋去就,与時俯仰,獲其贏利,以末致財,用本守之,以武一切,用文持之,変化有概,故足術也。若至力農畜,工虞商賈,為権利以成富,大者傾郡,中者傾県,下者傾郷里者,不可勝数。夫繊嗇筋力,治生之正道也,而富者必用奇勝。田農,掘業,而秦揚以蓋一州。掘冢,姦事也,而田叔以起。博戯,悪業也,而桓発用富。行賈,丈夫賤行也,而雍楽成以饒。販脂,辱処也,而雍伯千金。売漿,小業也,而張氏千万。灑削,薄技也,而郅氏鼎食。胃脯,簡微耳,濁氏連騎。馬医,浅方,張裏撃鐘。此皆誠壱之所致。由是観之,富無経業,則貨無常主,能者輻湊,不肖者瓦解。千金之家比一都之君,巨万者乃与王者同楽。豈所謂「素封」者邪?非也?

書き下し

呉楚七国の兵起こりし時、長安中の列侯封君、行きて軍旅に従ふに、子銭を齎貸せんとす。子銭の家以為へらく、侯の邑国は関東に在り、関東の成敗未だ決せずと。肯へて与ふる莫し。唯だ無塩氏、千金を出捐して貸し、其の息は之を什にす。三月にして呉楚平らぐ。一歳の中に、則ち無塩氏の息は什倍し、此を用て富は関中に埒し。関中の富商大賈は、大抵尽く諸田にして、田嗇・田蘭なり。韋家の栗氏、安陵・杜の杜氏も、亦巨万なり。此れ其の章章として尤も異なる者なり。皆爵邑奉禄有りて法を弄び姦を犯して富むに非ず。尽く椎埋して去就し、時と俯仰し、其の贏利を獲、末を以て財を致し、本を用て之を守り、武を以て一切にし、文を用て之を持す。変化に概有り。故に術とするに足るなり。力農畜、工虞商賈に至るまで、権利を為して以て富を成し、大なる者は郡を傾け、中なる者は県を傾け、下なる者は郷里を傾くる者の若きは、勝げて数ふ可からず。夫れ繊嗇筋力は、生を治むるの正道なり。而して富む者は必ず奇を用て勝つ。田農は掘業なれども、秦揚は以て一州に蓋たり。冢を掘るは姦事なれども、田叔は以て起こる。博戯は悪業なれども、桓発は用て富む。行賈は丈夫の賤行なれども、雍楽成は以て饒かなり。脂を販ぐは辱処なれども、雍伯は千金。漿を売るは小業なれども、張氏は千万。灑削は薄技なれども、郅氏は鼎食す。胃脯は簡微なるのみなれども、濁氏は騎を連ぬ。馬医は浅方なれども、張裏は鐘を撃つ。此れ皆誠壱の致す所なり。是に由りて之を観れば、富に経業無く、則ち貨に常主無し。能者は輻湊し、不肖者は瓦解す。千金の家は一都の君に比し、巨万なる者は乃ち王者と楽しみを同じくす。豈に所謂素封なる者か。非なるか。

現代語訳

呉楚七国の反乱が起こったとき、長安にいた列侯や封君たちは軍に従って出征するにあたり、利息つきの借金をしようとした。金貸したちは、列侯の領地は関東にあり、関東の勝敗はまだ決まっていないと考え、誰も貸そうとしなかった。ただ無塩氏だけが千金を出して貸し、利息を十倍とした。三か月で呉楚の乱は平定された。一年のうちに無塩氏の利息は元金の十倍となり、これによってその富は関中の富豪に並んだ。関中の富商・大商人は、ほとんどがみな田氏の一族で、田嗇・田蘭らである。韋家の栗氏、安陵と杜の杜氏もまた巨万の富を持っていた。これらは特に目立って際立った者たちである。みな爵位や領地、俸禄があって、法をもてあそび悪事を働いて富んだのではない。みな物事の成り行きを推し量って進退を決め、時勢に合わせて身を処し、その利益を得たのである。商工業で財を築き、農業によってそれを守り、思い切った手段で一気に得て、筋道の立ったやり方でそれを保った。変化の中にも節度があった。だから手本とするに足りるのである。農業や牧畜に励み、職人、山沢の管理、商人、行商人として、機会と利益をつかんで富を成し、大きい者は郡を傾け、中くらいの者は県を傾け、小さい者は村を傾けるほどになった者は、数えきれない。そもそも倹約と勤労は、生計を立てる正しい道である。しかし富む者は、必ず人と違う工夫で勝つ。農業は地味な仕事だが、秦揚はそれで一州一の富豪となった。墓を暴くのは悪事だが、田叔はそれで身を起こした。博打は悪い仕事だが、桓発はそれで富んだ。行商は男として卑しい仕事とされるが、雍楽成はそれで豊かになった。脂を売るのは恥ずかしい仕事とされるが、雍伯は千金を得た。飲み物を売るのは小さな商売だが、張氏は千万を得た。刃物を研ぐのはつまらない技だが、郅(しつ)氏は鼎を並べて食事をするほどになった。羊の胃の干し肉は簡単でささいなものだが、濁氏は騎馬を連ねるほどになった。馬の医者は浅い技術だが、張裏は鐘を打ち鳴らして食事をするほどになった。これらはみな、誠実に一つのことに打ち込んだ結果である。こうして見ると、富に決まった生業はなく、財貨に決まった持ち主はない。能力のある者のもとには財が車の輻のように集まり、能力のない者のもとでは瓦が崩れるように散ってしまう。千金の家は一都市の君主に匹敵し、巨万の富を持つ者は王者と同じ楽しみを味わう。これこそいわゆる「素封」ではないか。そうではないか。

解説

貨殖列伝の結びです。呉楚七国の乱の際、誰も貸さなかった列侯への貸し付けに千金を投じ、十倍の利息を得た無塩氏の話は、危機の中で勝負を読んだ者が報われた例です。司馬遷は、ここに挙げた富豪たちは官位や不正で富んだのではなく、時勢を読み、商工で財を得て農で守り、思い切った手段で得て筋道で保ったのだと評価します。そして、倹約と勤労は正道だが、富む者は必ず人と違う工夫で勝つと言い、脂売りや刃物研ぎ、羊の胃の干し肉、馬医者といったささやかな仕事で大富豪になった人々を並べます。その理由を「誠壱」、つまり一つのことに誠実に打ち込んだからだとまとめました。富に決まった生業はなく、財に決まった持ち主はない。どんな小さな仕事でも、一途に磨けば道は開けます。仕事の貴賤ではなく、打ち込み方が人の行く末を決めるのです。

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