史記 / 淮南衡山列伝
夫荊楚彊勇輕悍,好作亂,乃自古記之矣。
新字:夫荊楚彊勇軽悍,好作乱,乃自古記之矣。
書き下し
夫れ荊楚は彊勇軽悍にして、好んで乱を作す、乃ち古より之を記す。
現代語訳
そもそも荊楚(楚の地方)の人々は強く勇ましく、軽はずみで荒々しく、好んで乱を起こすことは、昔から記されているとおりである。
解説
淮南衡山列伝の太史公曰の一節で、司馬遷が淮南・衡山の二王の謀反を総括する言葉の中にある一文です。淮南・衡山の地はかつての楚の地にあたり、司馬遷は、楚の人々は強く勇ましいが軽はずみで荒々しく、昔から乱を起こしやすいと記されてきたと述べます。この前後で司馬遷は、二王は高祖の血を引く骨肉でありながら臣下としての道を守れなかったが、それは王だけの罪ではなく、土地の気風と、周りで謀反をけしかけた臣下たちにも原因があると論じています。個人の過ちを、その人を取り巻く環境や周囲の人々との関係からも見ようとする視点です。組織の不祥事でも、当事者だけを責めるのではなく、その職場の気風や周囲の働きかけにまで目を向ける必要があると気づかせてくれます。
関連する章句
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史記 淮南衡山列伝太史公曰く、「淮南・衡山親しく骨肉為り、疆土千里、列して諸侯と為るも、蕃臣の職を遵ひて以て天子を承輔するを務めず、専ら邪僻の計を挟み、謀りて畔逆を為し、仍りて父子再び国を亡ぼし、各おの其の身を終へず、天下の笑と為る。此れ独り王の過のみに非ず、亦た其の俗薄く、臣下漸靡して然らしむるなり」と。
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史記 淮南衡山列伝孝景三年、呉楚七国反す。呉の使者淮南に至り、淮南王兵を発して之に応ぜんと欲す。其の相曰く、「大王必ず兵を発して呉に応ぜんと欲せば、臣願はくは将と為らん」と。王乃ち相に兵を属す。淮南の相已に兵を将ゐ、因りて城守し、王に聴かずして漢の為にす。漢も亦た曲城侯をして兵を将ゐて淮南を救はしむ。淮南以故に完きを得たり。呉の使者衡山に至るや、衡山王堅守して二心無し。孝景四年、呉楚已に破れ、衡山王朝す、上以て貞信と為し、之を褒む所以なり。
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史記 淮南衡山列伝薨ずるに及び、遂に謚を賜ひて貞王と為す。廬江王は越に辺し、数々使ひをして相交はらしむ、故に徙して衡山王と為し、江北に王たらしむ。淮南王は故の如し。
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史記 淮南衡山列伝淮南王安の為人、書を読み琴を鼓するを好み、亦た陰徳を行ひ百姓を拊循し、誉を天下に流さんと欲す。時時厲王の死を怨望し、時に畔逆せんと欲す。武安侯逆へて王に語りて曰く、「方今上に太子無し、大王は高皇帝の孫に親しく、仁義を行ひ、天下聞かざる莫し。即し宮車一日晏駕せば、大王に非ずして誰か立つべき者ぞ」と。淮南王大いに喜び、厚く武安侯に金財物を遺る。建元六年、彗星見はれ、辨士の方略を為す者、妄りに妖言を作して王に諂諛す、王喜び、多く金銭を賜ひて、謀反滋ます甚だし。
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史記 貨殖列伝夫れ呉は闔廬・春申・王濞の三人、天下の游を喜ぶ子弟を招致してより、東に海塩の饒、章山の銅、三江・五湖の利有り。亦江東の一都会なり。衡山・九江・江南・豫章・長沙、是れ南楚なり。其の俗は大いに西楚に類す。郢の後に寿春に徙る。亦一都会なり。而して合肥は南北の潮を受け、皮革・鮑・木の輸会なり。閩中・干越と俗を雑ふ。故に南楚は辞を好み、説に巧みにして信少なし。江南は卑湿にして、丈夫早く夭す。竹木多し。豫章は黄金を出だし、長沙は連・錫を出だす。然れども堇堇(きんきん)として物の有る所、之を取るも以て費を更(つぐな)ふに足らず。九疑・蒼梧より以南、儋耳に至る者は、江南と大いに俗を同じくし、而して楊越多し。番禺も亦其の一都会なり。珠璣・犀・瑁・果・布の湊なり。潁川・南陽は夏人の居なり。夏人の政は忠樸を尚び、猶ほ先王の遺風有り。潁川は敦願なり。秦の末世、不軌の民を南陽に遷す。南陽は西は武関・鄖関に通じ、東南は漢・江・淮を受く。宛も亦一都会なり。俗は雑にして事を好み、業は賈多し。其の任侠は潁川に交通す。故に今に至るまで之を夏人と謂ふ。夫れ天下の物の鮮き所多き所、人民の謡俗、山東は海塩を食ひ、山西は塩鹵を食ひ、領南・沙北も固より往往にして塩を出だす。大体此の如し。之を総ぶるに、楚越の地は、地広く人希にして、稲を飯とし魚を羹とし、或いは火耕して水耨し、果隋蠃蛤は、賈を待たずして足る。地埶食に饒かにして、饑饉の患ひ無し。故を以て呰窳にして偸生し、積聚無くして貧多し。是の故に江淮以南は、凍餓の人無く、亦千金の家無し。沂・泗水より以北は、五穀・桑麻・六畜に宜しく、地小にして人衆く、数々水旱の害を被る。民は畜蔵を好む。故に秦・夏・梁・魯は農を好みて民を重んず。
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