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史記 / 魏其武安侯列伝

魏其。元光四年春,丞相言灌夫家在潁川,橫甚,民苦之。請案。上曰:「此丞相事,何請。」灌夫亦持丞相陰事,為奸利,受淮南王金與語言。賓客居間,遂止,俱解。夏,丞相取燕王女為夫人,有太后詔,召列侯宗室皆往賀。魏其侯過灌夫,欲與俱。夫謝曰:「夫數以酒失得過丞相,丞相今者又與夫有郤。」魏其曰:「事已解。」彊與俱。飲酒酣,武安起為壽,坐皆避席伏。已魏其侯為壽,獨故人避席耳,餘半膝席。灌夫不悅。起行酒,至武安,武安膝席曰:「不能滿觴。」夫怒,因嘻笑曰:「將軍貴人也,屬之!」時武安不肯。行酒次至臨汝侯,臨汝侯方與程不識耳語,又不避席。夫無所發怒,乃罵臨汝侯曰:「生平毀程不識不直一錢,今日長者為壽,乃效女兒呫囁耳語!」武安謂灌夫曰:「程李俱東西宮衛尉,今眾辱程將軍,仲孺獨不為李將軍地乎?」灌夫曰:「今日斬頭陷匈,何知程李乎!」坐乃起更衣,稍稍去。魏其侯去,麾灌夫出。武安遂怒曰:「此吾驕灌夫罪。」乃令騎留灌夫。灌夫欲出不得。籍福起為謝,案灌夫項令謝。夫愈怒,不肯謝。武安乃麾騎縛夫置傳舍,召長史曰:「今日召宗室,有詔。」劾灌夫罵坐不敬,系居室。遂按其前事,遣吏分曹逐捕諸灌氏支屬,皆得棄市罪。

新字:魏其。元光四年春,丞相言灌夫家在潁川,横甚,民苦之。請案。上曰:「此丞相事,何請。」灌夫亦持丞相陰事,為奸利,受淮南王金与語言。賓客居間,遂止,倶解。夏,丞相取燕王女為夫人,有太后詔,召列侯宗室皆往賀。魏其侯過灌夫,欲与倶。夫謝曰:「夫数以酒失得過丞相,丞相今者又与夫有郤。」魏其曰:「事已解。」彊与倶。飲酒酣,武安起為寿,坐皆避席伏。已魏其侯為寿,独故人避席耳,余半膝席。灌夫不悦。起行酒,至武安,武安膝席曰:「不能満觴。」夫怒,因嘻笑曰:「将軍貴人也,属之!」時武安不肯。行酒次至臨汝侯,臨汝侯方与程不識耳語,又不避席。夫無所発怒,乃罵臨汝侯曰:「生平毀程不識不直一銭,今日長者為寿,乃効女児呫囁耳語!」武安謂灌夫曰:「程李倶東西宮衛尉,今衆辱程将軍,仲孺独不為李将軍地乎?」灌夫曰:「今日斬頭陥匈,何知程李乎!」坐乃起更衣,稍稍去。魏其侯去,麾灌夫出。武安遂怒曰:「此吾驕灌夫罪。」乃令騎留灌夫。灌夫欲出不得。籍福起為謝,案灌夫項令謝。夫愈怒,不肯謝。武安乃麾騎縛夫置伝舎,召長史曰:「今日召宗室,有詔。」劾灌夫罵坐不敬,系居室。遂按其前事,遣吏分曹逐捕諸灌氏支属,皆得棄市罪。

書き下し

魏其を怨む。元光四年春、丞相言ふ、灌夫の家潁川に在りて、横なること甚だしく、民之に苦しむと。案ぜんことを請ふ。上曰く、「此れ丞相の事なり。何ぞ請はん」と。灌夫も亦丞相の陰事を持す。姦利を為し、淮南王の金を受けて与に語言せしこと。賓客間に居り、遂に止みて、倶に解く。夏、丞相燕王の女を取りて夫人と為す。太后の詔有りて、列侯宗室を召して皆往きて賀せしむ。魏其侯灌夫に過り、与に倶にせんと欲す。夫謝して曰く、「夫数々酒失を以て丞相に過を得たり。丞相今者又夫と郤有り」と。魏其曰く、「事已に解けたり」と。彊ひて与に倶にす。飲酒酣にして、武安起ちて寿を為す。坐皆席を避けて伏す。已にして魏其侯寿を為すに、独り故人のみ席を避くるのみにて、余は半ば席に膝まづく。灌夫説ばず。起ちて酒を行らし、武安に至る。武安膝席して曰く、「觴を満たす能はず」と。夫怒り、因りて嘻笑して曰く、「将軍は貴人なり。之を属せよ」と。時に武安肯ぜず。酒を行らして次に臨汝侯に至る。臨汝侯方に程不識と耳語し、又席を避けず。夫怒りを発する所無く、乃ち臨汝侯を罵りて曰く、「生平程不識を毀りて一銭に直らずとす。今日長者寿を為すに、乃ち女児の呫囁して耳語するに効ふ」と。武安灌夫に謂ひて曰く、「程・李は倶に東西宮の衛尉なり。今衆もて程将軍を辱む。仲孺独り李将軍の為に地せざるか」と。灌夫曰く、「今日頭を斬られ匈を陥さるるとも、何ぞ程・李を知らんや」と。坐乃ち起ちて衣を更へ、稍稍去る。魏其侯去り、灌夫を麾きて出でしむ。武安遂に怒りて曰く、「此れ吾灌夫を驕らせしの罪なり」と。乃ち騎をして灌夫を留めしむ。灌夫出でんと欲するも得ず。籍福起ちて為に謝し、灌夫の項を案じて謝せしむ。夫愈々怒り、謝するを肯ぜず。武安乃ち騎を麾きて夫を縛りて伝舎に置き、長史を召して曰く、「今日宗室を召すは、詔有り」と。灌夫の坐を罵りて不敬なるを劾し、居室に系ぐ。遂に其の前事を按じ、吏を遣はして曹を分かちて諸々の灌氏の支属を逐捕せしめ、皆棄市の罪を得たり。

現代語訳

魏其侯を大いに恨んだ。元光四年の春、丞相は、灌夫の家は潁川にあってひどく横暴で、民が苦しんでいると上奏し、取り調べたいと願い出た。天子は「これは丞相の職務のことだ。なぜ許可を求めるのか」と言った。灌夫の方も丞相の秘密を握っていた。丞相が不正な利益をむさぼり、淮南王から金を受け取って密談したことである。賓客たちが間に入って、結局どちらも手を引き、ともに和解した。夏、丞相は燕王の娘を夫人に迎えた。太后の詔があって、列侯や皇族を召して皆祝いに行かせた。魏其侯は灌夫のもとに立ち寄り、一緒に行こうとした。灌夫は辞退して言った。「わたしはたびたび酒の上の失敗で丞相の不興を買っている。丞相は今、わたしとの間にわだかまりもある」。魏其侯は「その件はもう和解した」と言い、無理に連れて行った。酒宴がたけなわになると、武安侯が立ち上がって祝杯を勧めた。一座の者は皆、席を離れてひれ伏した。やがて魏其侯が祝杯を勧めると、古くからの知人だけが席を離れて礼をしたが、ほかの者は膝を半分立てて座ったままであった。灌夫は不愉快になった。灌夫は立ち上がって酒を注いで回り、武安侯のところに来た。武安侯は膝を立てたまま座って「杯を満たすことはできない」と言った。灌夫は怒ったが、作り笑いをして「将軍は貴人である。どうか飲み干してくだされ」と言った。しかし武安侯は承知しなかった。酒を注いで回り、次に臨汝侯のところに来た。臨汝侯はちょうど程不識と耳打ちしていて、これも席を離れなかった。灌夫は怒りのぶつけどころがなく、臨汝侯をののしった。「日頃、程不識を一銭の値打ちもないとけなしていたくせに、今日は年長者が祝杯を勧めているのに、小娘のようにひそひそ耳打ちしているとは」。武安侯は灌夫に言った。「程不識と李広はともに東宮と西宮の衛尉である。今、皆の前で程将軍を辱めたが、仲孺は李将軍の顔を立てないつもりか」。灌夫は言った。「今日、首を斬られ胸を刺されようとも、程だの李だの知ったことか」。一座の者は着替えに立つふりをして、しだいに帰っていった。魏其侯も去り、灌夫に手招きして退出させようとした。武安侯はついに怒って言った。「これはわたしが灌夫を思い上がらせた罪だ」。そして騎兵に命じて灌夫を引き留めさせた。灌夫は出ようとしても出られなかった。籍福が立ち上がって灌夫のためにわび、灌夫の首を押さえてわびさせようとした。灌夫はますます怒り、わびようとしなかった。武安侯は騎兵に合図して灌夫を縛り、宿舎に閉じ込め、長史を呼んで言った。「今日宗室を召したのは詔によるものである」。そして灌夫が酒席で罵ったのは不敬であるとして弾劾し、官舎に拘禁した。さらに灌夫の以前の所業を取り調べ、役人を遣わして手分けして灌氏の一族を捕らえさせ、皆が市場での斬首に当たる罪とされた。

解説

灌夫の運命を決めた、田蚡の婚礼の酒宴での事件です。互いに弱みを握り合っていた田蚡と灌夫はいったん和解しますが、太后の命で列侯が集まった田蚡の婚礼の席で、竇嬰が杯を勧めても多くの客が形だけの礼しかしないのを見て、灌夫の怒りが募ります。田蚡に酒を注いでも飲み干してもらえず、怒りの矛先は耳打ちしていた臨汝侯に向かいました。田蚡に程不識と李広の名を出してたしなめられると、「首を斬られようとも知ったことか」と言い放ちます。田蚡は太后の詔で召した席での罵倒を不敬罪とし、灌夫を拘禁し、一族まで捕らえて死罪としました。酒席の小さな無礼が、たまっていた恨みと権力によって一族の破滅にまで拡大したのです。権勢の移ろいに傷ついた竇嬰への人々の冷たさに灌夫が憤った心情は理解できますが、怒りを場で爆発させたことが相手に口実を与えました。感情の爆発は、相手に正当な処罰の理由を与えてしまうのです。

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