史記 / 淮陰侯列伝
上曰:『若教韓信反,何冤?』對曰:『秦之綱絕而維弛,山東大擾,異姓并起,英俊烏集。秦失其鹿,天下共逐之,於是髙材疾足者先得焉。蹠之狗吠堯,堯非不仁,狗因吠非其主。當是時,臣唯獨知韓信,非知陛下也。且天下銳精持鋒欲爲陛下所爲者甚眾,顧力不能耳。又可盡亨之邪?』髙帝曰:『置之。』乃釋通之罪。
新字:上曰:『若教韓信反,何冤?』対曰:『秦之綱絶而維弛,山東大擾,異姓并起,英俊烏集。秦失其鹿,天下共逐之,於是高材疾足者先得焉。蹠之狗吠堯,堯非不仁,狗因吠非其主。当是時,臣唯独知韓信,非知陛下也。且天下鋭精持鋒欲為陛下所為者甚衆,顧力不能耳。又可尽亨之邪?』高帝曰:『置之。』乃釈通之罪。
書き下し
上曰く、「若韓信に反を教ふ。何ぞ冤ならん」と。対へて曰く、「秦の綱絶えて維弛み、山東大いに擾れ、異姓并び起こり、英俊烏のごとく集まる。秦其の鹿を失ひ、天下共に之を逐ふ。是に於て高材疾足の者先づ焉を得たり。蹠の狗堯に吠ゆ。堯不仁なるに非ず。狗は因より其の主に非ざるに吠ゆ。是の時に当たり、臣唯だ独り韓信を知り、陛下を知るに非ざるなり。且つ天下鋭精にして鋒を持し陛下の為す所を為さんと欲する者甚だ衆し。顧だ力能はざるのみ。又尽く之を亨るべけんや」と。高帝曰く、「之を置け」と。乃ち通の罪を釈す。
現代語訳
主上は言った。「お前は韓信に謀反を教えた。何が冤罪か」。蒯通は答えた。「秦の大綱が切れ、網の目が緩んで、山東(函谷関以東)は大いに乱れ、劉氏以外の姓の者が並び立ち、英雄俊才がカラスの群れのように集まった。秦がその鹿(天下)を失い、天下の者がこぞってそれを追った。そこで才能が高く足の速い者が先に手に入れたのだ。大盗賊の盗蹠の犬が聖天子の堯に吠えたとしても、堯が不仁だからではない。犬はもともと自分の主人でない者に吠えるものだ。あのとき、私はただ韓信だけを知っていて、陛下を知っていたわけではない。それに、天下には精鋭を率い武器を握って、陛下がなさったことを自分もしようと望んだ者はきわめて多かった。ただ力が及ばなかっただけだ。その者たちをまた皆煮殺すことができようか」。高帝は「放してやれ」と言い、蒯通の罪を赦した。
解説
関連する章句
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『長短経』詭順高祖帰り、乃ち斉に詔して通を捕えしむ。通至る。上曰く「若、淮陰侯に反せんことを教えしか」と。曰く「然り。臣固より之に教う。豎子、臣の策を用いず。故に今自ら夷らるること此くの如し。如し彼の豎子、臣の計を用いば、陛下安んぞ得て之を夷らげんや」と。上怒りて曰く「之を烹よ」と。通曰く「嗟乎、冤なるかな烹らるること」と。上曰く「若、韓信に反せんことを教う。何ぞ冤ならん」と。対えて曰く「秦の綱弛みて維絶え、山東大いに擾れ、異姓並び起こり、英俊烏のごとく聚まる。秦其の鹿を失い、天下共に之を逐う。是に於て高材疾足の者先ず得たり。跖の犬の堯に吠ゆるは、堯仁ならざるに非ず、狗は固より其の主に非ざるに吠ゆ。是の時に当たりて、臣独り韓信を知り、陛下を知るに非ざるなり。且つ天下に精を鋭くし鋒を持して、陛下の為す所を為さんと欲する者甚だ衆し。固より力能わざるのみ。又た尽く烹るべけんや」と。高帝曰く「之を置け」と。乃ち通の罪を釈すなり。
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史記 淮陰侯列伝韓信謝して曰く、「臣項王に事ふるに、官は郎中に過ぎず、位は執戟に過ぎず、言は聴かれず、画は用ゐられず。故に楚に倍きて漢に帰す。漢王我に上将軍の印を授け、我に数万の衆を予へ、衣を解きて我に衣せ、食を推して我に食はしめ、言聴かれ計用ゐらる。故に吾以て此に至るを得たり。夫れ人深く我を親信す。我之に倍くは不祥なり。死すと雖も易へず。幸はくは信の為に項王に謝せよ」と。武渉已に去る。斉人蒯通天下の権の韓信に在るを知り、奇策を為して之を感動せしめんと欲し、相人を以て韓信に説きて曰く、「僕嘗て相人の術を受く」と。韓信曰く、「先生人を相すること何如」と。対へて曰く、「貴賤は骨法に在り、憂喜は容色に在り、成敗は決断に在り。此を以て之を参すれば、万に一も失はず」と。韓信曰く、「善し。先生寡人を相すること何如」と。対へて曰く、「願はくは少しく間ならんことを」と。信曰く、「左右去れり」と。通曰く、「君の面を相すれば、封侯に過ぎず、又危ふくして安からず。君の背を相すれば、貴きこと乃ち言ふべからず」と。韓信曰く、「何の謂ぞや」と。蒯通曰く、「天下初めて難を発するや、俊雄豪桀号を建てて壱たび呼べば、天下の士雲のごとく合ひ霧のごとく集まり、魚鱗のごとく襍遝し、熛のごとく至り風のごとく起こる。此の時に当たりて、憂ひは秦を亡ぼすに在るのみ。今楚漢分争し、天下の罪無きの人をして肝胆地に塗れしめ、父子骸骨を中野に暴すこと、勝げて数ふべからず。楚人彭城に起こり、転闘して北ぐるを逐ひ、滎陽に至り、利に乗じて席巻し、威天下を震はす。然れども兵京・索の間に困しみ、西山に迫りて進むこと能はざる者、此に三年なり。漢王数十万の衆を将ゐ、鞏・雒に距り、山河の険を阻み、一日に数しば戦ふも、尺寸の功無く、折北して救はず、滎陽に敗れ、成皋に傷つき、遂に宛・葉の間に走る。此れ所謂智勇倶に困しむ者なり。夫れ鋭気は険塞に挫け、而して糧食は内府に竭き、百姓罷極怨望し、容容として倚る所無し。
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史記 淮陰侯列伝漢の六年、人上書して楚王信反すと告ぐる有り。高帝陳平の計を以て、天子巡狩して諸侯を会す。南方に雲夢有り。使を発して諸侯に告げて陳に会せしむ、「吾将に雲夢に游ばんとす」と。実は信を襲はんと欲するも、信知らず。高祖且に楚に至らんとす。信兵を発して反せんと欲するも、自ら度るに罪無く、上に謁せんと欲するも、禽にせられんことを恐る。人或ひと信に説きて曰く、「眛を斬りて上に謁せば、上必ず喜び、患ひ無からん」と。信眛に見えて事を計る。眛曰く、「漢の楚を撃ち取らざる所以は、眛の公の所に在るを以てなり。若し我を捕へて以て自ら漢に媚びんと欲せば、吾今日死せん。公も亦手に随ひて亡びん」と。乃ち信を罵りて曰く、「公は長者に非ず」と。卒に自剄す。信其の首を持ち、高祖に陳に謁す。上武士をして信を縛せしめ、後車に載す。信曰く、「果たして人の言の若し。『狡兔死して、良狗亨られ、高鳥尽きて、良弓蔵せられ、敵国破れて、謀臣亡ぶ』と。天下已に定まる。我固より当に亨らるべし」と。上曰く、「人公の反するを告ぐ」と。遂に信を械繋す。雒陽に至り、信の罪を赦し、以て淮陰侯と為す。
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史記 淮陰侯列伝臣請ふ大王の功略を言はん。足下西河を渉り、魏王を虜にし、夏説を禽にし、兵を引きて井陘を下り、成安君を誅し、趙を徇へ、燕を脅かし、斉を定め、南のかた楚人の兵二十万を摧き、東のかた龍且を殺し、西郷して以て報ず。此れ所謂功は天下に二無く、而して略は世に出でざる者なり。今足下主を震はすの威を戴き、賞せられざるの功を挟み、楚に帰すれば、楚人信ぜず。漢に帰すれば、漢人震恐す。足下是を持して安くにか帰せんと欲する。夫れ勢ひ人臣の位に在りて主を震はすの威有り、名天下に高し。窃かに足下の為に之を危ぶむ」と。韓信謝して曰く、「先生且く休め。吾将に之を念はんとす」と。後数日、蒯通復た説きて曰く、「夫れ聴く者は事の候なり。計る者は事の機なり。聴き過ち計り失ひて能く久しく安き者は、鮮なし。聴きて一二を失はざる者は、乱すに言を以てすべからず。計りて本末を失はざる者は、紛らはすに辞を以てすべからず。夫れ廝養の役に随ふ者は、万乗の権を失ひ、儋石の禄を守る者は、卿相の位を闕く。故に知は之を決するの断なり。疑ひは事の害なり。豪氂の小計を審らかにして、天下の大数を遺れ、智誠に之を知るも、決して敢へて行はざる者は、百事の禍なり。故に曰く『猛虎の猶予するは、蜂蠆の螫を致すに若かず。騏驥の跼躅するは、駑馬の安歩するに如かず。孟賁の狐疑するは、庸夫の必ず至るに如かざるなり。舜禹の智有りと雖も、吟じて言はざるは、瘖聾の指麾するに如かざるなり』と。此れ能く之を行ふを貴ぶを言ふ。夫れ功は成り難くして敗れ易く、時は得難くして失ひ易きなり。時か時か、再びは来たらず。願はくは足下詳らかに之を察せよ」と。韓信猶予して漢に倍くに忍びず、又自ら以へらく功多ければ、漢終に我が斉を奪はじと。遂に蒯通を謝す。蒯通の説聴かれず。已にして詳狂して巫と為る。漢王の固陵に困しむや、張良の計を用ゐ、斉王信を召す。遂に兵を将ゐて垓下に会す。
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史記 淮陰侯列伝韓信曰く、「漢王我を遇すること甚だ厚し。我を載するに其の車を以てし、我に衣するに其の衣を以てし、我に食はしむるに其の食を以てす。吾之を聞く、人の車に乗る者は人の患ひを載せ、人の衣を衣る者は人の憂ひを懐き、人の食を食ふ者は人の事に死すと。吾豈に以て利に郷ひて義に倍くべけんや」と。蒯生曰く、「足下自ら以て漢王に善しと為し、万世の業を建てんと欲す。臣窃かに以て誤れりと為す。始め常山王・成安君布衣たりし時、相与に刎頸の交はりを為す。後に張黶・陳沢の事を争ひ、二人相怨む。常山王項王に背き、項嬰の頭を奉じて竄れ、逃れて漢王に帰す。漢王兵を借して東に下り、成安君を泜水の南に殺し、頭足処を異にし、卒に天下の笑ひと為る。此の二人の相与するは、天下の至驩なり。然り而して卒に相禽にする者は、何ぞや。患ひは多欲に生じて人心測り難ければなり。今足下忠信を行ひて以て漢王に交はらんと欲するも、必ず二君の相与するより固きこと能はざるなり。而して事は張黶・陳沢より大なるもの多し。故に臣以為へらく、足下漢王の己を危ふくせざるを必とするも、亦誤れりと。大夫種・范蠡亡越を存し、句践を覇たらしめ、功を立て名を成して身死亡す。野獣已に尽きて猟狗亨らる。夫れ交友を以て之を言へば、則ち張耳の成安君に与するに如かざるなり。忠信を以て之を言へば、則ち大夫種・范蠡の句践に於けるに過ぎざるなり。此の二人の者は、以て観るに足る。願はくは足下深く之を慮れ。且つ臣聞く、勇略主を震はす者は身危ふく、而して功天下を蓋ふ者は賞せられずと。
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史記 淮陰侯列伝陳豨拝せられて鉅鹿の守と為り、淮陰侯に辞す。淮陰侯其の手を挈へ、左右を辟けて之と庭に歩み、天を仰ぎて歎じて曰く、「子与に言ふべきか。子と言有らんと欲するなり」と。豨曰く、「唯だ将軍之に令せよ」と。淮陰侯曰く、「公の居る所は、天下の精兵の処なり。而して公は、陛下の信幸の臣なり。人公の畔くを言ふも、陛下必ず信ぜじ。再び至らば、陛下乃ち疑はん。三たび至らば、必ず怒りて自ら将たらん。吾公の為に中より起たば、天下図るべきなり」と。陳豨素より其の能を知るなり。之を信じて、曰く、「謹んで教へを奉ぜん」と。漢の十年、陳豨果たして反す。上自ら将として往く。信病みて従はず。陰かに人をして豨の所に至らしめ、曰く、「弟だ兵を挙げよ。吾此より公を助けん」と。信乃ち家臣と謀り、夜詐りて詔して諸官の徒奴を赦し、発して以て呂后・太子を襲はんと欲す。部署已に定まり、豨の報を待つ。其の舎人罪を信に得、信囚へて、之を殺さんと欲す。舎人の弟変を上り、信の反せんと欲するの状を呂后に告ぐ。呂后召さんと欲するも、其の党の就かざるを恐れ、乃ち蕭相国と謀り、詐りて人をして上の所より来たらしめ、豨已に死を得たりと言はしむ。列侯群臣皆賀す。相国信を紿きて曰く、「疾むと雖も、彊ひて入りて賀せよ」と。信入る。呂后武士をして信を縛せしめ、之を長楽の鍾室に斬る。信方に斬らるるとき、曰く、「吾蒯通の計を用ゐずして、乃ち児女子の詐る所と為るを悔ゆ。豈に天に非ずや」と。遂に信の三族を夷す。高祖已に豨の軍より来たり、至りて、信の死を見、且つ喜び且つ之を憐れみ、問ふ、「信死するに亦何をか言へる」と。呂后曰く、「信は蒯通の計を用ゐざりしを恨むと言へり」と。高祖曰く、「是れ斉の弁士なり」と。乃ち斉に詔して蒯通を捕へしむ。蒯通至る。上曰く、「若淮陰侯に反を教へしか」と。対へて曰く、「然り。臣固より之に教へたり。豎子臣の策を用ゐず、故に自ら此に夷せしむ。如し彼の豎子臣の計を用ゐば、陛下安んぞ得て之を夷せんや」と。上怒りて曰く、「之を亨よ」と。通曰く、「嗟乎、冤なるかな亨らるること」と。
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