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史記 / 刺客列伝

燕有田光先生,其爲人智深而勇沈,可與謀。」太子曰:「願因太傅而得交於田先生,可乎?」鞠武曰:「敬諾。」出見田先生,道「太子願圖國事於先生也」。田光曰:「敬奉教。」乃造焉。太子逢迎,卻行爲導,跪而蔽席。田光坐定,左右無人,太子避席而請曰:「燕秦不兩立,願先生留意也。」田光曰:「臣聞騏驥盛壯之時,一日而馳千里;至其衰老,駑馬先之。今太子聞光盛壯之時,不知臣精已消亡矣。雖然,光不敢以圖國事,所善荊卿可使也。」太子曰:「願因先生得結交於荊卿,可乎?」田光曰:「敬諾。」即起,趨出。太子送至門,戒曰:「丹所報,先生所言者,國之大事也,願先生勿泄也!」田光俛而笑曰:「諾。」僂行見荊卿,曰:「光與子相善,燕國莫不知。今太子聞光壯盛之時,不知吾形已不逮也,幸而教之曰『燕秦不兩立,願先生留意也』。光竊不自外,言足下於太子也,願足下過太子於宮。」荊軻曰:「謹奉教。」田光曰:「吾聞之,長者爲行,不使人疑之。今太子告光曰:『所言者,國之大事也,願先生勿泄』,是太子疑光也。夫爲行而使人疑之,非節俠也。」欲自殺以激荊卿,曰:「願足下急過太子,言光已死,明不言也。」因遂自刎而死。荊軻遂見太子,言田光已死,致光之言。

新字:燕有田光先生,其為人智深而勇沈,可与謀。」太子曰:「願因太傅而得交於田先生,可乎?」鞠武曰:「敬諾。」出見田先生,道「太子願図国事於先生也」。田光曰:「敬奉教。」乃造焉。太子逢迎,却行為導,跪而蔽席。田光坐定,左右無人,太子避席而請曰:「燕秦不両立,願先生留意也。」田光曰:「臣聞騏驥盛壮之時,一日而馳千里;至其衰老,駑馬先之。今太子聞光盛壮之時,不知臣精已消亡矣。雖然,光不敢以図国事,所善荊卿可使也。」太子曰:「願因先生得結交於荊卿,可乎?」田光曰:「敬諾。」即起,趨出。太子送至門,戒曰:「丹所報,先生所言者,国之大事也,願先生勿泄也!」田光俛而笑曰:「諾。」僂行見荊卿,曰:「光与子相善,燕国莫不知。今太子聞光壮盛之時,不知吾形已不逮也,幸而教之曰『燕秦不両立,願先生留意也』。光窃不自外,言足下於太子也,願足下過太子於宮。」荊軻曰:「謹奉教。」田光曰:「吾聞之,長者為行,不使人疑之。今太子告光曰:『所言者,国之大事也,願先生勿泄』,是太子疑光也。夫為行而使人疑之,非節侠也。」欲自殺以激荊卿,曰:「願足下急過太子,言光已死,明不言也。」因遂自刎而死。荊軻遂見太子,言田光已死,致光之言。

書き下し

燕に田光先生有り。其の人と為り智深くして勇沈なり。与に謀るべし」と。太子曰く、「願はくは太傅に因りて田先生に交はるを得ん。可ならんか」と。鞠武曰く、「敬諾」と。出でて田先生に見え、道ふ「太子国事を先生に図らんことを願ふ」と。田光曰く、「敬んで教へを奉ぜん」と。乃ち造る。太子逢迎し、卻行して導を為し、跪きて席を蔽ふ。田光坐定まり、左右人無し。太子席を避けて請ひて曰く、「燕秦両立せず。願はくは先生意を留めよ」と。田光曰く、「臣聞く、騏驥は盛壮の時、一日にして千里を馳す。其の衰老に至りては、駑馬之に先んずと。今太子は光の盛壮の時を聞きて、臣の精已に消亡せるを知らず。然りと雖も、光は敢て以て国事を図らず。善くする所の荊卿使ふべし」と。太子曰く、「願はくは先生に因りて荊卿に結交するを得ん。可ならんか」と。田光曰く、「敬諾」と。即ち起ちて、趨り出づ。太子送りて門に至り、戒めて曰く、「丹の報ずる所、先生の言ふ所の者は、国の大事なり。願はくは先生泄らす勿かれ」と。田光俛して笑ひて曰く、「諾」と。僂行して荊卿に見えて曰く、「光と子と相善きこと、燕国知らざる莫し。今太子光の壮盛の時を聞きて、吾が形の已に逮ばざるを知らず、幸ひにして之に教へて曰く『燕秦両立せず。願はくは先生意を留めよ』と。光竊かに自ら外にせず、足下を太子に言へり。願はくは足下太子を宮に過れ」と。荊軻曰く、「謹んで教へを奉ぜん」と。田光曰く、「吾之を聞く、長者の行ひを為すや、人をして之を疑はしめずと。今太子光に告げて曰く『言ふ所の者は、国の大事なり。願はくは先生泄らす勿かれ』と。是れ太子光を疑ふなり。夫れ行ひを為して人をして之を疑はしむるは、節俠に非ざるなり」と。自殺して以て荊卿を激せんと欲して曰く、「願はくは足下急ぎ太子に過り、光已に死せりと言ひ、言はざるを明らかにせよ」と。因りて遂に自刎して死す。荊軻遂に太子に見え、田光の已に死せるを言ひ、光の言を致す。

現代語訳

燕には田光先生という人がいる。その人柄は知恵が深く、勇気は沈着だ。ともに謀ることができるだろう」。太子は言った。「太傅の仲立ちで田先生と交わりを結びたいが、よいだろうか」。鞠武は「かしこまった」と言った。鞠武は出かけて田先生に会い、「太子が国の大事について先生にご相談したいと願っている」と伝えた。田光は「謹んでお教えに従おう」と言い、太子のもとを訪れた。太子は出迎え、後ずさりしながら先導し、ひざまずいて席の塵を払った。田光が座に落ち着き、側近が誰もいなくなると、太子は席を下りて頼んだ。「燕と秦は両立しない。どうか先生にお心をかけていただきたい」。田光は言った。「騏驥(名馬)も盛りのときには一日に千里を駆けるが、年老いれば駄馬にさえ先を越される、と聞いている。いま太子は私の盛んだったころの評判をお聞きになったが、私の精気がもう尽き果てていることをご存じない。とはいえ、私には国の大事を謀ることはできないが、親しくしている荊卿なら使うことができる」。太子は「先生の仲立ちで荊卿と交わりを結びたいが、よいだろうか」と言った。田光は「かしこまった」と言って、すぐに立ち上がり、小走りに退出した。太子は門まで見送り、念を押して言った。「私が申し上げたこと、先生がおっしゃったことは、国の大事だ。どうか先生、漏らさないでいただきたい」。田光はうつむいて笑い、「承知した」と言った。田光は腰をかがめて歩いて荊卿に会い、言った。「私とあなたが親しいことは、燕の国で知らない者はない。いま太子は私の盛んだったころの評判を聞き、私の体がもう役に立たないことをご存じなく、ありがたくも『燕と秦は両立しない。どうか先生にお心をかけていただきたい』と私に言ってくださった。私はひそかにあなたを他人とは思わないので、あなたのことを太子に申し上げた。どうかあなたには宮中へ太子を訪ねてほしい」。荊軻は「謹んで仰せに従おう」と言った。田光は言った。「私はこう聞いている。立派な人が事を行うときは、人に疑いを抱かせないものだ、と。いま太子は私に『話したことは国の大事だから、先生、どうか漏らさないでほしい』と言われた。これは太子が私を疑っているということだ。事を行って人に疑いを抱かせるのは、節義ある侠客のすることではない」。田光は自害することで荊卿を奮い立たせようと考え、こう言った。「どうかあなたは急いで太子を訪ね、田光はもう死んだ、秘密を漏らさないことをこれで明らかにした、と伝えてほしい」。そしてそのまま自ら首をはねて死んだ。荊軻はそこで太子に会い、田光がすでに死んだことを告げ、田光の言葉を伝えた。

解説

荊軻が太子丹と結びつく経緯を描く段です。鞠武は自らの手に負えないと見て、智謀と沈着な勇気を備えた田光を太子に推薦します。田光は「名馬も老いれば駄馬に劣る」と自分の衰えを認め、代わりに荊軻を推しました。見送りの際、太子は「国の大事だから漏らさないでくれ」と念を押します。田光は笑って承知しますが、荊軻に「長者は人に疑われるようなことをしない。念を押されたのは疑われたということだ」と語り、秘密を守る証として自ら首をはねました。自分の死で太子の疑念を晴らし、同時に荊軻の覚悟を固めさせたのです。太子の一言は用心として当然でしたが、節義を重んじる人には信頼されていない証と映りました。人に大事を託すとき、何気ない念押しが相手の誇りを傷つけることがあります。託すと決めたなら、信じて任せる姿勢を言葉でも示すことが大切です。

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