史記 / 楽毅列伝
臣不佞,不能奉承王命,以順左右之心,恐傷先王之明,有害足下之義,故遁逃走趙。今足下使人數之以罪,臣恐侍御者不察先王之所以畜幸臣之理,又不白臣之所以事先王之心,故敢以書對。
新字:臣不佞,不能奉承王命,以順左右之心,恐傷先王之明,有害足下之義,故遁逃走趙。今足下使人数之以罪,臣恐侍御者不察先王之所以畜幸臣之理,又不白臣之所以事先王之心,故敢以書対。
書き下し
臣不佞にして、王命を奉承して以て左右の心に順ふ能はず、先王の明を傷つけ、足下の義を害する有らんことを恐る、故に遁逃して趙に走る。今、足下人をしてこれを数むるに罪を以てせしむ、臣恐る、侍御する者の先王の臣を畜幸せし所以の理を察せず、また臣の先王に事へし所以の心を白らかにせざらんことを、故に敢へて書を以て対ふ。
現代語訳
私は才が乏しく、王の命令を承って側近の方々の意に沿うことができず、(処刑されれば)先王の人を見る明を傷つけ、あなたの義をも損なうことになるのを恐れた。だから趙へ逃げたのだ。いまあなたは人をよこして私の罪を責めておられる。私は、あなたのおそば仕えの方々が、先王がなぜ私を養い寵愛されたのかという道理をわかっておらず、また私が先王に仕えた心も明らかにされていないのではないかと恐れる。だからあえて書面でお答えする。
解説
名文として後世に読み継がれた楽毅の「燕の恵王に報ずる書」の書き出しです。楽毅はまず、自分が趙へ逃れたのは、処刑されれば自分を用いた先王の人を見る目が誤っていたことになり、恵王自身の義も損なわれるからだと述べます。自分の身を守るためではなく、先王と恵王の名誉を守るためだったという論理です。そして恵王の側近たちが、先王がなぜ自分を重用したのか、自分がどんな心で先王に仕えたのかを理解していないので、書面で説明するのだと続けました。恵王本人を直接責めず、「側近がわかっていない」という形をとることで、相手の面子を保ちながら反論の場を作っています。恵王の手紙が「側近に誤らされた」と言い訳していたことを、そのまま受けた巧みな切り返しでもあります。立場の上の人から不当に責められたとき、感情的にならず、相手の顔を立てながら事実を述べる書き方は、今のビジネス文書でも手本になるものです。
関連する章句
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『新序』雜事第三樂毅人をして書を燕王に獻ぜしめて曰く、臣不肖にして、王命を奉承して以て左右の心に順う能わず。斧鉞の罪に抵りて、以て先王の明を傷つけ、足下の義を害する有らんことを恐る。故に遁逃して自ら負い、不肖の罪を以てして、敢えて辭説有らざるなり。今王之を數うるに罪を以てす。恐らくは侍御者の、先王の臣を畜う所以の理を察せず、臣の先王に事うる所以の心を白らかにせざらんことを。故に敢えて書を以て對えざらざるなり。
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史記 楽毅列伝臣聞く、古の君子は、交はり絶ゆるとも悪声を出さず、忠臣国を去るとも其の名を絜(きよ)くせず、と。臣不佞と雖も、数々君子に教を奉ず。侍御者の左右の説に親しみ、疏遠の行を察せざるを恐る、故に敢て書を献じて以て聞す、唯だ君王の留意せんことを。是に於いて燕王復た楽毅の子楽閒を以て昌国君と為す。而して楽毅往来して復た燕に通じ、燕趙以て客卿と為す。楽毅趙に卒す。
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史記 楽毅列伝臣聞く、賢聖の君は禄を以て親に私せず、その功多き者はこれを賞し、その能当たる者はこれに処らしむ。故に能を察して官を授くる者は、成功の君なり。行ひを論じて交はりを結ぶ者は、立名の士なり。臣竊かに先王の挙を観るに、世主より高きの心有るを見る、故に節を魏に仮りて、身を以て燕に察せらるるを得たり。先王過りて挙げ、これを賓客の中に廁へ、これを群臣の上に立て、父兄に謀らずして、以て亜卿と為す。臣竊かに自ら知らず、自ら以為へらく令を奉じ教へを承けば、幸ひに罪無かるべしと、故に令を受けて辞せず。先王これに命じて曰く、「我に斉に積怨深怒有り、軽弱を量らずして、斉を以て事と為さんと欲す」と。臣曰く、「夫れ斉は霸国の余業にして最勝の遺事なり。兵甲に練れ、戦攻に習ふ。王若しこれを伐たんと欲せば、必ず天下と与にこれを図れ。天下と与にこれを図らば、趙に結ぶに若くは莫し。且つまた淮北・宋の地は、楚・魏の欲する所なり、趙若し許して四国に約してこれを攻めば、斉大いに破るべきなり」と。先王以て然りと為し、符節を具へて南のかた臣を趙に使はす。顧みて反命し、兵を起こして斉を撃つ。天の道、先王の霊を以て、河北の地先王に随ひてこれを済上に挙ぐ。済上の軍命を受けて斉を撃ち、大いに斉人を敗る。軽卒鋭兵、長駆して国に至る。斉王遁れて莒に走り、僅かに身を以て免る。珠玉財宝車甲珍器、尽く収めて燕に入る。斉の器は寧台に設けられ、大呂は元英に陳ねられ、故鼎は磿室に反り、薊丘の植は汶篁に植う。五伯より已来、功の未だ先王に及ぶ者有らざるなり。先王以て志に慊しと為し、故に地を裂きてこれを封じ、小国の諸侯に比するを得しむ。臣竊かに自ら知らず、自ら以為へらく命を奉じ教へを承けば、幸ひに罪無かるべしと、是を以て命を受けて辞せず。臣聞く、賢聖の君は、
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史記 楽毅列伝功立ちて廃せず、故に春秋に著る。蚤知の士は、名成りて毀れず、故に後世に称せらる。先王の怨みに報い恥を雪ぎ、万乗の彊国を夷らげ、八百歳の蓄積を収め、群臣を棄つるの日に及ぶまで、余教未だ衰へず、政を執り事に任ずるの臣、法令を修め、庶孽を慎み、施して萌隷に及ぶが若きは、皆以て後世に教ふべし。
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『新序』雜事第三惠王乃ち人をして樂毅に書を遺らしめて曰く、寡人不佞にして、君の志を奉順する能わず。故に君國を捐てて去る。寡人の不肖なること明らかなり。敢えて其の願望を謁するも、君肯えて聽かざるなり。故に使者をして愚志を陳べしむ。君誠に之を諭せ。語に曰く、仁は輕がるしく絶たず、智は輕がるしく怨まず、と。君の先王に於けるは、世の明らかに知る所なり。寡人望むらくは非有らば、則ち君之を覆蓋せよ。君の明らかに之を棄つるを虞らざるなり。望むらくは過ち有らば則ち君之を教誨せよ。君の明らかに之を罪するを虞らざるなり。寡人の罪、百姓聞かず。君微かに出でて怨みを明らかにし、以て寡人を棄つ。寡人必ず罪有らん。然れども恐る、君の未だ厚を盡くさざらんことを。諺に曰く、厚き者は人を損なって以て自ら益せず、仁者は軀を危うくして名を要めず、と。故に人の邪を覆う者は、厚の行なり。人の過ちを救う者は、仁の道なり。世に寡人の邪を覆い、寡人の過ちを救う有り。君の望む所を惡むに非ざるなり。今君厚く德を先王の成尊に受け、輕がるしく寡人を棄てて以て心を快くす。則ち邪を覆い過ちを救うこと、君に得難し。且つ世に厚薄有り、故に施し異なる。行に得失有り、故に患い同じ。今寡人不肖の罪に任じ、而して君に厚を失うの累有り。君の爲に擇ぶに取る所無し。國に封疆有るは、猶お家に垣墻有るがごとし。好を合わせ惡を覆う所以なり。室相い和する能わずして、出でて鄰家に訟うるは、未だ通計と爲さざるなり。怨惡未だ見われずして明らかに之を棄つるは、未だ厚を盡くすと爲さざるなり。
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史記 楽毅列伝太史公曰く、「始め斉の蒯通及び主父偃、楽毅の燕王に報ずるの書を読み、未だ嘗て書を廃して泣かずんばあらざるなり。楽臣公黄帝・老子を学び、其の本師号して河上丈人と曰ふ、其の出づる所を知らず。河上丈人安期生を教へ、安期生毛翕公を教へ、毛翕公楽瑕公を教へ、楽瑕公楽臣公を教へ、楽臣公蓋公を教ふ。蓋公斉の高密・膠西に教へ、曹相国の師と為る」と。
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