新序 / 雜事第三
恵王乃使人遺樂毅書曰:「寡人不佞,不能奉順君志,故君捐國而去,寡人不肖明矣,敢謁其願望而君弗肯聽也,故使使者陳愚志,君誠諭之。語曰:『仁不輕絶,智不輕怨』。君於先王,世之所明知也,寡人望有非,則君覆蓋之,不虞君明棄之也;望有過則君教誨之,不虞君明罪之也,寡人之罪,百姓弗聞,君微出明怨,以棄寡人,寡人必有罪矣,然恐君之未盡厚矣。諺曰:『厚者不損人以自益,仁者不危軀以要名。』故覆人之邪者,厚之行也,救人之過者,仁之道也。世有覆寡人之邪,救寡人之過,非君惡所望之。今君厚受徳於先王之成尊,輕棄寡人以快心,則覆邪救過,難得於君矣。且世有厚薄,故施異;行有得失,故患同。今寡人任不肖之罪,而君有失厚之累,於為君擇無所取。國有封疆,猶家之有垣墻,所以合好覆惡也。室不能相和,出訟鄰家、未為通計也。怨惡未見而明棄之,未為盡厚也。
新字:恵王乃使人遺楽毅書曰:「寡人不佞,不能奉順君志,故君捐国而去,寡人不肖明矣,敢謁其願望而君弗肯聴也,故使使者陳愚志,君誠諭之。語曰:『仁不軽絶,智不軽怨』。君於先王,世之所明知也,寡人望有非,則君覆蓋之,不虞君明棄之也;望有過則君教誨之,不虞君明罪之也,寡人之罪,百姓弗聞,君微出明怨,以棄寡人,寡人必有罪矣,然恐君之未尽厚矣。諺曰:『厚者不損人以自益,仁者不危軀以要名。』故覆人之邪者,厚之行也,救人之過者,仁之道也。世有覆寡人之邪,救寡人之過,非君悪所望之。今君厚受徳於先王之成尊,軽棄寡人以快心,則覆邪救過,難得於君矣。且世有厚薄,故施異;行有得失,故患同。今寡人任不肖之罪,而君有失厚之累,於為君択無所取。国有封疆,猶家之有垣墻,所以合好覆悪也。室不能相和,出訟鄰家、未為通計也。怨悪未見而明棄之,未為尽厚也。
書き下し
惠王乃ち人をして樂毅に書を遺らしめて曰く、寡人不佞にして、君の志を奉順する能わず。故に君國を捐てて去る。寡人の不肖なること明らかなり。敢えて其の願望を謁するも、君肯えて聽かざるなり。故に使者をして愚志を陳べしむ。君誠に之を諭せ。語に曰く、仁は輕がるしく絶たず、智は輕がるしく怨まず、と。君の先王に於けるは、世の明らかに知る所なり。寡人望むらくは非有らば、則ち君之を覆蓋せよ。君の明らかに之を棄つるを虞らざるなり。望むらくは過ち有らば則ち君之を教誨せよ。君の明らかに之を罪するを虞らざるなり。寡人の罪、百姓聞かず。君微かに出でて怨みを明らかにし、以て寡人を棄つ。寡人必ず罪有らん。然れども恐る、君の未だ厚を盡くさざらんことを。諺に曰く、厚き者は人を損なって以て自ら益せず、仁者は軀を危うくして名を要めず、と。故に人の邪を覆う者は、厚の行なり。人の過ちを救う者は、仁の道なり。世に寡人の邪を覆い、寡人の過ちを救う有り。君の望む所を惡むに非ざるなり。今君厚く德を先王の成尊に受け、輕がるしく寡人を棄てて以て心を快くす。則ち邪を覆い過ちを救うこと、君に得難し。且つ世に厚薄有り、故に施し異なる。行に得失有り、故に患い同じ。今寡人不肖の罪に任じ、而して君に厚を失うの累有り。君の爲に擇ぶに取る所無し。國に封疆有るは、猶お家に垣墻有るがごとし。好を合わせ惡を覆う所以なり。室相い和する能わずして、出でて鄰家に訟うるは、未だ通計と爲さざるなり。怨惡未だ見われずして明らかに之を棄つるは、未だ厚を盡くすと爲さざるなり。
現代語訳
恵王はそこで人をやって楽毅に手紙を届けさせて言った。「私は不才で、君の志に沿うことができなかった。だから君は国を捨てて去った。私が愚かであることは明らかだ。あえてその願いを申し上げても、君は聞き入れてくれない。だから使者に愚かな思いを述べさせる。君はどうかこれを分かってほしい。ことわざに『仁の人は軽々しく交わりを絶たず、智の人は軽々しく人を怨まない』とある。君が先王に対してどうであったかは、世の人がはっきり知っている。私に非があるなら、君はそれを覆い隠してくれるものと望んでいた。君がはっきりと私を捨てるとは思わなかった。私に過ちがあるなら、君はそれを教え諭してくれるものと望んでいた。君がはっきりと私を罪するとは思わなかった。私の罪を、民は知らない。君はひそかに出て怨みを明らかにし、私を捨てた。私にはきっと罪があるのだろう。しかし恐れるのは、君が厚さを尽くしていないことだ。ことわざに『厚い人は人を損なって自分の得としない。仁の人は身を危うくして名を求めない』とある。だから人の邪を覆うのは、厚さの行いである。人の過ちを救うのは、仁の道である。世には私の邪を覆い、私の過ちを救ってくれるものがある。君の望むところを憎んでいるのではない。いま君は先王のもとで厚く徳と高い位を受けながら、軽々しく私を捨てて心を晴らしている。それでは邪を覆い過ちを救うことは、君には求めがたい。そのうえ世には厚い薄いがあるから、施しも違う。行いに得失があるから、患いは同じである。いま私は不才の罪を負い、君には厚さを失った咎がある。君のために選ぶとしても、取るべきところがない。国に国境があるのは、家に垣根があるようなものだ。よしみを合わせ、悪しきことを覆うためのものである。家の中で和することができずに、外に出て隣家へ訴えるのは、行き届いた計とはいえない。怨みや憎しみがまだ現れていないうちに、はっきりと捨て去るのは、厚さを尽くしたとはいえない」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新序』雜事第三樂毅人をして書を燕王に獻ぜしめて曰く、臣不肖にして、王命を奉承して以て左右の心に順う能わず。斧鉞の罪に抵りて、以て先王の明を傷つけ、足下の義を害する有らんことを恐る。故に遁逃して自ら負い、不肖の罪を以てして、敢えて辭説有らざるなり。今王之を數うるに罪を以てす。恐らくは侍御者の、先王の臣を畜う所以の理を察せず、臣の先王に事うる所以の心を白らかにせざらんことを。故に敢えて書を以て對えざらざるなり。
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『新序』雜事第三寡人不肖なりと雖も、未だ殷紂の亂の如くならざるなり。君未だ志を得ずと雖も、未だ商容・箕子の累の如くならざるなり。然るに内に寡人に盡くさずして、怨みを外に明らかにす。恐らくは其れ適だ以て高義を傷つけて行に薄きに足らん。然らざれば、苟くも以て君の高きを成し、君の義を明らかにす可くんば、寡人惡名なりと雖も、受くるに難からざるなり。本と以爲えらく、寡人の薄きを明らかにして、君は厚きを得ず。寡人の毀りを揚げて、君は榮を得ず。是れ一擧にして兩つながら失うなり。義なる者は人を毀ちて以て自ら益せず。况んや人を傷つけて以て自ら損なうをや。願わくは君寡人の不肖を以て、往事の美を累わす無かれ。昔者、柳下季魯に理と爲り、三たび絀けられて去らず。或るひと曰く、以て去る可し、と。柳下季曰く、苟くも人と異ならば、惡くに往くとして絀けられざらんや。猶お且つ絀けらるるなり。寧ろ故國のみ、と。柳下季絀を以て自ら累わさず。故に自ら前業忘れず。去るを以て心と爲さず。故に遠近議無し。寡人の罪、國人知らずして、寡人を議する者は天下なり。諺に曰く、仁は輕がるしく絶たず、知は功を簡せず、と。功を簡して大を棄つる者は、仇なり。經絶して厚利する者は、怨なり。仇として之を棄て、怨として之を累わすは、宜しく遠き者に在るべし。之を君に望まざるなり。今寡人罪無し。君豈に之を怨まんや。願わくは君忿を捐て怒りを和らげ、先王に追順して、以て復た寡人を教えよ。寡人君の曰わんことを意う、余將に心を快くして而の過ちを成し、先王を顧みずして而の惡を明らかにせんとす、と。寡人をして進みては初めに循う能わず、退きては過ちを變ずる能わざらしむ。此れ君の制する所なり。唯だ君之を圖れ。此れ寡人の愚志なり。敬んで書を以て之を謁す、と。
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戦国策・燕王喜使栗腹以百金為趙孝成王壽燕王喜、栗腹をして百金を以て趙の孝成王の寿を為さしめ、酒すること三日、反りて報じて曰く、「趙民其の壮者は皆長平に死し、其の孤未だ壮ならず、伐つべきなり」と。王乃ち昌国君楽間を召して問いて曰く、「何如」と。対えて曰く、「趙は四達の国なり、其の民皆兵に習う、与に戦うべからず」と。王曰く、「吾倍を以て之を攻めば、可ならんか」と。曰く、「不可なり」と。曰く、「三を以てせば、可ならんか」と。曰く、「不可なり」と。王大いに怒る。左右皆趙伐つべしと以為い、遽かに六十万を起こして以て趙を攻む。栗腹をして四十万を以て鄗を攻めしめ、慶秦をして二十万を以て代を攻めしむ。趙廉頗をして八万を以て栗腹に鄗に遇わしめ、楽乗をして五万を以て慶秦に代に遇わしむ。燕人大いに敗る。楽間趙に入る。燕王書を以て且つ之に謝して曰く、「寡人不佞にして、君の意に奉順する能わず、故に君国を捐てて去る、則ち寡人の不肖明らかなり。敢えて其の願いを端さんとするも、君肯えて聴かず、故に使者をして愚意を陳べしめん、君試みに之を論ぜよ。語に曰く、『仁は軽々しく絶たず、智は軽々しく怨みず』と。君の先王に於けるや、世の明らかに知る所なり。寡人望むらくは非有れば則ち君之を掩蓋せんことを、君の明らかに之を罪するを虞らざるなり。望むらくは過ち有れば則ち君之を教誨せんことを、君の明らかに之を罪するを虞らざるなり。且つ寡人の罪、国人知らざる莫く、天下聞かざる莫し。君微かに明らかなる怨みを出だして以て寡人を棄つれば、寡人必ず罪有らん。然りと雖も、恐らくは君の未だ厚きを尽くさざるなり。諺に曰く、『厚き者は人を毀りて以て自ら益さず、仁者は人を危うくして以て名を要めず』と。故を以て人の邪を掩う者は、厚き人の行いなり。人の過ちを救う者は、仁者の道なり。世に寡人の邪を掩い、寡人の過ちを救う有るは、君の心の望む所に非ずや。今君厚く位を先王に受けて以て尊を成すに、軽々しく寡人を棄てて以て心を快くせば、則ち邪を掩い過ちを救うこと、君に得難し。且つ世に故に厚く施すに薄き有り、行い失有るに故に恵用いらる。今寡人をして不肖の罪に任ぜしめ、君に厚きを失うの累有らしむるは、君の為に之を択ぶに於いて、取る所無し。国に封疆有るは、猶お家に垣牆有るがごとし、好を合わせ悪を掩う所以なり。室相い和する能わずして、出でて鄰家に語るは、未だ通計と為さざるなり。怨悪未だ見れずして明らかに之を棄つるは、未だ厚きを尽くさざるなり。寡人不肖なりと雖も、未だ殷紂の乱の如くならず。君意を得ずと雖も、未だ商容・箕子の累の如くならず。然らば則ち内に寡人を蓋わずして、明らかに外に怨むは、恐らくは其れ適々高きを傷い行いに薄きに足るのみにして、然るに非ざるなり。苟くも君の義を明らかにし、君の高きを成すべくんば、悪名を任うと雖も、受くるに難からず。本悪の意は以て寡人の薄きを明らかにせんとするも、君厚きを得ず。寡人の辱を揚げんとするも、君栄を得ず、此れ一挙にして両つながら失うなり。義者は人を虧きて以て自ら益さず、況んや人を傷つけて以て自ら損なうをや。願わくは君寡人の不肖を以て、往事の美を累わすこと無からんことを。昔者、柳下惠魯に吏たり、三たび黜けられて去らず。或るひと之に謂いて曰く、『以て去るべし』と。柳下惠曰く、『苟くも人と異ならば、悪くにか往きて黜けられざらんや。猶お且つ黜けられんには、故国に寧んずるのみ』と。柳下惠三黜を以て自ら累わさず、故に前業忘れられず。去るを以て心と為さず、故に遠近議する無し。今寡人の罪、国人未だ知らざるに、寡人を議する者天下に遍し。語に曰く、『論は心を脩めず、議は物を累わさず、仁は軽々しく絶たず、智は功を簡てず』と。大功を棄つる者は、輟むるなり。厚利を軽々しく絶つ者は、怨むなり。輟めて之を棄て、怨みて之を累わすは、宜しく遠き者に在るべく、之を君に望まざるなり。今寡人罪無きを以て、君豈に之を怨まんや。願わくは君怨みを捐て、先王を追惟し、復た以て寡人に教えよ。意うに君曰わん、余且に心を慝して而の過ちを成し、先王を顧みずして而の悪を明らかにし、寡人をして進みては功を脩むるを得ず、退きては過ちを改むるを得ざらしめん、と。君の揣る所なり、唯だ君之を図れ。此れ寡人の愚意なり。敬んで書を以て之を謁す」と。楽間・楽乗其の計を用いざるを怨み、二人卒に趙に留まり、報ぜず。
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史記 楽毅列伝臣聞く、古の君子は、交はり絶ゆるとも悪声を出さず、忠臣国を去るとも其の名を絜(きよ)くせず、と。臣不佞と雖も、数々君子に教を奉ず。侍御者の左右の説に親しみ、疏遠の行を察せざるを恐る、故に敢て書を献じて以て聞す、唯だ君王の留意せんことを。是に於いて燕王復た楽毅の子楽閒を以て昌国君と為す。而して楽毅往来して復た燕に通じ、燕趙以て客卿と為す。楽毅趙に卒す。
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戦国策・昌國君樂毅為燕昭王合五國之兵而攻齊昌国君楽毅、燕の昭王の為に五国の兵を合して斉を攻め、七十余城を下し、尽く之を郡県として以て燕に属せしむ。三城未だ下らざるに、燕の昭王死す。恵王位に即き、斉人の反間を用い、楽毅を疑いて騎劫をして之に代わりて将たらしむ。楽毅趙に奔る、趙封じて以て望諸君と為す。斉の田単騎劫を欺詐し、卒に燕軍を敗り、復た七十城を収めて以て斉を復す。燕王悔い、趙の楽毅を用いて燕の弊に乗じて以て燕を伐たんことを懼る。燕王乃ち人をして楽毅を譲めしめ、且つ之に謝して曰く、「先王国を挙げて将軍に委ね、将軍燕の為に斉を破り、先王の讎に報い、天下振動せざる莫し、寡人豈敢えて一日も将軍の功を忘れんや。会たま先王群臣を棄て、寡人新たに位に即き、左右寡人を誤れり。寡人の騎劫をして将軍に代わらしめし所以は、将軍の久しく外に暴露するが為、故に将軍を召して且く事を計るを休めしめんとすればなり。将軍過ちて聴き、以て寡人と郄有りとし、遂に燕を捐てて趙に帰す。将軍自ら計を為すは則ち可なり、而も亦何を以て先王の将軍を遇する所以の意に報いんや」と。 望諸君乃ち人をして書を献じて燕王に報ぜしめて曰く、「臣不佞にして、先王の教えを奉承し、以て左右の心に順う能わず、斧質の罪に抵れて以て先王の明を傷い、而も又足下の義を害せんことを恐れ、故に遁逃して趙に奔る。自ら不肖の罪を負う、故に敢えて辞説を為さず。今王使者をして之を数めしむ、臣侍御者の先王の臣を畜幸せし所以の理を察せずして、而も又臣の先王に事えし所以の心を白かにせざらんことを恐る、故に敢えて書を以て対う。 「臣聞く、賢聖の君は、禄を以て其の親を私せず、功多き者之を授く。官を以て其の愛に随わず、能く当たる者之に処る。故に能を察して官を授くる者は、成功の君なり。行いを論じて交わりを結ぶ者は、名を立つるの士なり。臣学ぶ所を以て之を観るに、先王の挙錯、世に高きの心有り、故に節を魏王に仮り、身を以て燕に察せらるるを得たり。先王過ちて挙げ、之を賓客の中より擢んで、之を群臣の上に立て、父兄に謀らずして、臣をして亜卿為らしめたり。臣自ら以為えらく、令を奉じ教えを承くれば、以て幸いに罪無かるべし、と、故に命を受けて辞せず。 「先王之に命じて曰く、『我斉に積怨深怒有り、軽弱を量らずして、斉を以て事と為さんと欲す』と。臣対えて曰く、『夫れ斉は霸国の余教にして、驟勝の遺事なり、兵甲に閑にして、戦攻に習う。王若し之を攻めんと欲せば、則ち必ず天下を挙げて之を図らん。天下を挙げて之を図るは、趙に結ぶより径なるは莫し。且つ又淮北・宋地は、楚・魏の同じく願う所なり。趙若し許さば、楚・魏を約し、宋力を尽くさば、四国之を攻め、斉大いに破るべし』と。先王曰く、『善し』と。臣乃ち口に令を受け、符節を具え、南のかた臣を趙に使わす。顧みて命に反り、兵を起こして隨いて斉を攻む。天の道、先王の霊を以て、河北の地、先王の挙に隨いて之を済上に有てり。済上の軍、令を奉じて斉を撃ち、大いに之に勝つ。軽卒鋭兵、長駆して国に至る。斉王逃遁して莒に走り、僅かに身を以て免る。珠玉財宝、車甲珍器、尽く収めて燕に入る。大呂は元英に陳ね、故鼎は暦室に反り、斉器は寧台に設く。薊丘の植は、汶皇に植う。五伯自り以来、功未だ先王に及ぶ者有らざるなり。先王以て其の志に愜うと為し、臣を以て命を頓かずと為し、故に地を裂きて之を封じ、小国の諸侯に比するを得しめたり。臣不佞にして、自ら以為えらく、令を奉じ教えを承くれば、以て幸いに罪無かるべし、と、故に命を受けて辞せず。 「臣聞く、賢明の君は、功立ちて廃せず、故に春秋に著る。蚤知の士は、名成りて毀れず、故に後世に称せらる。先王の怨に報い恥を雪ぎ、万乗の強国を夷らげ、八百年の蓄積を収め、群臣を棄つるの日に至りて、余令後嗣に詔ぐの遺義、政を執り事に任ずるの臣、能く法令に循い庶孽に順う所以の者、施して萌隸に及ぶが若きは、皆以て後世に教うべし。 「臣聞く、善く作す者は、必ずしも善く成さず。善く始むる者は、必ずしも善く終えず。昔者伍子胥説かれて闔閭に聴かれ、故に呉王遠く跡して郢に至る。夫差是とせず、之に鴟夷を賜いて江に浮かべたり。故に呉王夫差先論の以て功を立つべきを悟らず、故に子胥を沈めて悔いず。子胥主の量を同じくせざるを蚤く見ざりし、故に江に入りて改めず。夫れ身を免れ功を全うし、以て先王の跡を明らかにするは、臣の上計なり。毀辱の非に離れ、先王の名を堕とすは、臣の大いに恐るる所なり。不測の罪に臨みて、幸いを以て利と為すは、義の敢えて出ださざる所なり。 「臣聞く、古の君子は、交わり絶つとも悪声を出ださず。忠臣の去るや、其の名を潔くせず。臣不佞と雖も、数々君子に教えを奉れり。侍御者の左右の説に親しみて、疏遠の行いを察せざらんことを恐る。故に敢えて書を以て報ず、唯だ君の留意せんことを」と。
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『新序』雜事第三臣聞く、善く作す者は必ずしも善く成さず、善く始むる者は必ずしも善く終えず、と。昔伍子胥説闔閭に聽かれ、吳遠く迹して郢に至る。夫差是とせず、之に鴟夷を賜い、之を江に沉む。故に夫差は先の論の以て功を立つ可きを計らず、子胥を沉めて悔いず。子胥は蚤く王の量を同じくせざるを見ざるなり。故に江に入りて化せず。夫れ身を免れて功を全うし、以て先王の迹を明らかにするは、臣の上計なり。□辱の誹りに離り、先王の明を墮とすは、臣の大いに恐るる所なり。不測の罪に臨み、幸を以て利と爲すは、義の敢えて出でざる所なり。臣聞く、君子は交わりを絶ちて惡言無く、臣を去りて惡聲無し、と。臣不肖なりと雖も、數ミ教えを君子に奉ず。臣恐る、侍御者の親交の説にして、疏遠の行を察せざらんことを。故に敢えて書を以て謝す、と。