史記 / 孟嘗君列伝
聞先生之言,敢不奉教焉。」
書き下し
先生の言を聞く、敢へて教へを奉ぜざらんや」と。
現代語訳
先生のお言葉を聞いた以上、その教えに従わないことがあろうか。」
解説
馮驩の諫めを受け入れた孟嘗君の最後の言葉で、孟嘗君列伝の本文を締めくくる一文です。直前で馮驩は、富めば人が集まり貧しくなれば去るのは世の常であり、朝の市場に群がる人が夕方には見向きもしないのと同じだと説いて、去った食客を恨まずに以前どおりもてなすよう勧めました。孟嘗君は再拝して「謹んで従おう」と述べ、さらにこの一文で「先生の言葉を聞いた以上、教えに従わないことがあろうか」と重ねて受け入れています。怒りに任せて食客を辱めていれば、孟嘗君の門は二度と賑わわなかったでしょう。この後に続く太史公の評では、司馬遷が薛の地を訪ねたとき、そこには乱暴な若者が多く、孟嘗君が任侠の徒を六万家も招き入れたためだと聞いた、と記されています。部下や仲間の諫言を、自分の感情が高ぶっているときにも素直に受け入れられるかどうかが、組織の長の器を決めるということを考えさせる結びです。
関連する章句
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史記 孟嘗君列伝孟嘗君乃ち馮驩を進めてこれに請ひて曰く、「賓客、文の不肖を知らず、幸ひに文に臨む者三千余人、邑の入は以て賓客を奉ずるに足らず、故に息銭を薛に出だす。薛は歳に入らず、民頗るその息を与へず。今、客の食恐らくは給せざらん、願はくは先生これを責めよ」と。馮驩曰く、「諾」と。辞して行き、
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史記 孟嘗君列伝孟嘗君薛に在り、諸侯の賓客及び亡人罪有る者を招致し、皆孟嘗君に帰す。孟嘗君業を舍てて之を厚遇す、故を以て天下の士を傾く。食客数千人、貴賤と無く一に文と等し。孟嘗君客を待して坐語するに、屏風の後ろに常に侍史有り、君の客と語る所を記し、親戚の居る処を問ふを主る。客去れば、孟嘗君已に使をして存問せしめ、其の親戚に献遺す。孟嘗君曾て客を待して夜食するに、一人火光を蔽ふ有り。客怒り、飯の等しからざるを以て、食を輟めて辞去せんとす。孟嘗君起ちて、自ら其の飯を持して之に比す。客慚ぢて自剄す。士此を以て多く孟嘗君に帰す。孟嘗君客に択ぶ所無く、皆善く之を遇す。
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史記 孟嘗君列伝太史公曰く、「吾嘗て薛を過ぐるに、其の俗閭里率ね暴桀の子弟多く、鄒・魯と殊なり。其の故を問ふに、曰く、孟嘗君天下の任俠を招致し、姦人の薛中に入る蓋し六万余家なり、と。世の孟嘗君好客自喜を伝ふる、名虚しからざるなり」と。
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史記 孟嘗君列伝孟嘗君、馮驩の券書を焼くを聞き、怒りて使ひをして驩を召さしむ。驩至る、孟嘗君曰く、「文の食客三千人、故に銭を薛に貸す。文の奉邑少なくして、民尚ほ多く時を以てその息を与へず、客の食恐らくは足らざらん、故に先生に請ひてこれを収め責めしむ。聞く、先生銭を得て、即ち以て多く牛酒を具へて券書を焼くと、何ぞや」と。馮驩曰く、「然り。多く牛酒を具へずんば即ち畢く会する能はず、以てその余り有ると足らざるとを知る無し。余り有る者は、為に要期す。足らざる者は、守りてこれを責むること十年と雖も、息愈々多く、急なれば、即ち逃亡を以て自らこれを捐てん。若し急なれば、終に以て償ふ無く、上は則ち君は利を好みて士民を愛せずと為し、下は則ち上を離れて負に抵るの名有り、士民を厲まし君の声を彰かにする所以に非ざるなり。無用の虚債の券を焚き、得べからざるの虚計を捐て、薛の民をして君に親しましめて君の善声を彰かにするなり、君何の疑ふこと有らん」と。孟嘗君乃ち手を拊ちてこれに謝す。
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史記 孟嘗君列伝今、臣竊かに聞く、秦は使車十乗を遣り、黄金百鎰を載せて以て孟嘗君を迎ふと。孟嘗君西せずんば則ち已む、西して秦に入りて相たらば則ち天下これに帰し、秦は雄と為りて斉は雌と為らん。雌ならば則ち臨淄・即墨危ふし。王何ぞ秦の使ひの未だ到らざるに先だち、孟嘗君を復し、而して益々これに邑を与へて以てこれに謝せざる。孟嘗君必ず喜びてこれを受けん。秦は彊国と雖も、豈に以て人の相を請ひてこれを迎ふべけんや。秦の謀を折きて、その霸彊の略を絶たん」と。斉王曰く、「善し」と。乃ち人をして境に至りて秦の使ひを候はしむ。秦の使車適々斉の境に入る、使ひ還り馳せてこれを告ぐ。王、孟嘗君を召してその相位を復し、而してその故邑の地を与へ、また益すに千戸を以てす。秦の使者、孟嘗君のまた斉に相たるを聞き、車を還して去る。斉王の孟嘗君を毀り廃してより、諸客皆去る。後に召してこれを復するや、馮驩これを迎ふ。未だ到らざるに、孟嘗君太息して嘆じて曰く、「文は常に客を好み、客を遇するに敢へて失ふ所無し、食客三千有余人、先生の知る所なり。客、文の一日廃せらるるを見て、皆文に背きて去り、文を顧みる者莫し。今、先生に頼りてその位に復するを得たり、客もまた何の面目ありてまた文に見えんや。如しまた文に見ゆる者あらば、必ずその面に唾してこれを大いに辱めん」と。馮驩、轡を結びて下拝す。孟嘗君車を下りてこれを接して曰く、「先生は客の為に謝するか」と。馮驩曰く、「客の為に謝するに非ざるなり、君の言の失の為なり。夫れ物には必ず至る有り、事には固より然る有り、君これを知るか」と。孟嘗君曰く、「愚にして謂ふ所を知らざるなり」と。曰く、「生ある者は必ず死有り、物の必ず至るなり。富貴なれば士多く、貧賤なれば友寡し、事の固より然るなり。君独り夫の(朝)市[朝]に趣く者を見ずや。明旦には、肩を側てて門を争ひて入る。日暮るるの後は、市朝を過ぐる者も臂を掉ひて顧みず。朝を好みて暮れを悪むに非ず、期する所の物その中に忘るればなり。今、君位を失ひ、賓客皆去る、以て士を怨みて徒らに賓客の路を絶つに足らず。願はくは君、客を遇すること故の如くせよ」と。孟嘗君再拝して曰く、「敬んで命に従はん。
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史記 孟嘗君列伝馮驩薛に至り、孟嘗君の銭を取る者を召して皆会せしめ、息銭十万を得たり。乃ち多く酒を醸し、肥牛を買ひ、諸の銭を取る者を召し、能く息を与ふる者も皆来たり、能く息を与へざる者も亦た来たり、皆銭を取るの券書を持して之を合はす。日々牛を殺し酒を置く。酒酣にして、乃ち券を持して前のごとく之を合はせ、能く息を与ふる者には、与に期を為す。貧しくして息を与ふる能はざる者は、其の券を取りて之を焼く。曰く、「孟嘗君の銭を貸す所以は、民の無き者の為に以て本業を為さしめんとすればなり。息を求むる所以は、以て客を奉ずる無ければなり。今富給の者は期を要し、貧窮の者は券書を燔きて以て之を捐つ。諸君強ひて飲食せよ。君此くの如き有り、豈に負く可けんや」と。坐者皆起ちて、再拝す。
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