五行大義 / 第十四論雑配・第六論五事
犯上者不誅。則草犯霜而不死。貪取百姓之財。則蝗螟亦食人之食矣。此皆視之所象也。聽者在耳。耳者。於易坎也。古者聖王有進善之旌。敢諫之鼓。謀於蒭蕘。所以博延而廣聽也。人君不好謀。則下莫敢言。下莫敢言。則上無所聞。上無所聞。則不聽。不聽者。由不謀政事。故曰。不聽。無所聞知庶事。擁屈怨在心口。喜怒不節。故曰急也。夫寒者急物。冬物皆枯急。枯急。故曰厥罰常寒。常寒。則不生百穀。不生百穀。則民貧窮矣。故妖生於耳。以類相動。則有鼓妖。聲音之類。坎爲彘。耳氣傷。有彘禍。水色黑。有黑交。此皆聽也。思者。心爲五事之主。猶土體爲五行主也。於易爲坤。八正之氣。亦起於八風。風者。四時之主。思心得。謂之容。容者。能容畜臣子。故謂之聖也。思心不得。四者皆失。則不能容畜臣子。故曰。思心不容。是謂不聖。過在霿亂失紀。故風者。於易巽也。在三月。四月。純陽。而治於陽。則爲陰。於陰。則爲陽。大臣之象。君既霿亂。則大臣專恣。大臣專恣。而陰氣盛。陰氣盛。則應。故厥罰常風。陰氣多者。陰而不雨。其甚也。常陰。暗者。苞承於心。心氣傷。則爲暗妖。易曰。坤爲牛。坤土也。土氣傷。則牛多死。又曰。土爲內事。內事亂。則有華孽。此皆思之事也。五事所感。其例甚多。略舉如此。
新字:犯上者不誅。則草犯霜而不死。貪取百姓之財。則蝗螟亦食人之食矣。此皆視之所象也。聴者在耳。耳者。於易坎也。古者聖王有進善之旌。敢諫之鼓。謀於蒭蕘。所以博延而広聴也。人君不好謀。則下莫敢言。下莫敢言。則上無所聞。上無所聞。則不聴。不聴者。由不謀政事。故曰。不聴。無所聞知庶事。擁屈怨在心口。喜怒不節。故曰急也。夫寒者急物。冬物皆枯急。枯急。故曰厥罰常寒。常寒。則不生百穀。不生百穀。則民貧窮矣。故妖生於耳。以類相動。則有鼓妖。声音之類。坎為彘。耳気傷。有彘禍。水色黒。有黒交。此皆聴也。思者。心為五事之主。猶土体為五行主也。於易為坤。八正之気。亦起於八風。風者。四時之主。思心得。謂之容。容者。能容畜臣子。故謂之聖也。思心不得。四者皆失。則不能容畜臣子。故曰。思心不容。是謂不聖。過在霿乱失紀。故風者。於易巽也。在三月。四月。純陽。而治於陽。則為陰。於陰。則為陽。大臣之象。君既霿乱。則大臣専恣。大臣専恣。而陰気盛。陰気盛。則応。故厥罰常風。陰気多者。陰而不雨。其甚也。常陰。暗者。苞承於心。心気傷。則為暗妖。易曰。坤為牛。坤土也。土気傷。則牛多死。又曰。土為内事。内事乱。則有華孽。此皆思之事也。五事所感。其例甚多。略舉如此。
書き下し
上を犯す者誅せられざれば、則ち草霜を犯して死せず。百姓の財を貪り取れば、則ち蝗螟(こうめい)も亦人の食を食う。此れ皆視の象る所なり。聴は耳に在り。耳は、易に於いて坎なり。古者(いにしえ)聖王には進善の旌(はた)、敢諫の鼓有り、蒭蕘(すうじょう)に謀る。博く延き広く聴く所以なり。人君謀を好まざれば、則ち下敢えて言う莫し。下敢えて言う莫ければ、則ち上聞く所無し。上聞く所無ければ、則ち聴かず。聴かざる者は、政事を謀らざるに由る。故に曰く、聴かず、と。庶事を聞知する所無く、擁屈して怨み心口に在り、喜怒節ならず。故に曰く、急なり、と。夫れ寒は物を急にす。冬の物は皆枯急す。枯急す、故に曰く、厥の罰は常寒、と。常寒なれば、則ち百穀を生ぜず。百穀を生ぜざれば、則ち民貧窮す。故に妖は耳に生ず。類を以て相動けば、則ち鼓妖有り。声音の類なり。坎は彘(てい)たり。耳の気傷るれば、彘禍有り。水の色は黒、黒交有り。此れ皆聴なり。思は、心は五事の主たり、猶お土の体の五行の主たるがごときなり。易に於いては坤たり。八正の気も、亦八風に起こる。風は四時の主なり。思心得る、これを容と謂う。容は能く臣子を容畜す、故にこれを聖と謂うなり。思心得ざれば、四者皆失い、則ち臣子を容畜すること能わず。故に曰く、思心容れざる、是れを不聖と謂う、と。過ちは霿乱(ぼうらん)して紀を失うに在り。故に風は、易に於いて巽なり。三月・四月に在り、純陽なり。而して陽に治まれば、則ち陰たり、陰に於いては、則ち陽たり。大臣の象なり。君既に霿乱すれば、則ち大臣専恣す。大臣専恣して陰気盛んなり。陰気盛んなれば、則ち応ず。故に厥の罰は常風なり。陰気多き者は、陰りて雨ふらず。その甚だしきや、常陰なり。暗とは、心に苞承す。心気傷るれば、則ち暗妖と為る。易に曰く、坤は牛たり、と。坤は土なり。土気傷るれば、則ち牛多く死す。又曰く、土は内事たり、内事乱るれば、則ち華孽(かげつ)有り、と。此れ皆思の事なり。五事の感ずる所、その例甚だ多し。略して挙ぐること此の如し。
現代語訳
上に逆らう者が罰せられなければ、草は霜に当たっても枯れない。民の財を貪り取れば、いなごや害虫もまた人の食べ物を食う。これらはみな視がかたどるものである。聴は耳にある。耳は『易』では坎(かん)の卦である。昔の聖王には、善言を勧める旗と、あえていさめる者が打つ太鼓があり、草刈りや木こりのような身分の低い者にも相談した。これは広く人を招き、広く意見を聞くためである。人君がはかりごとを好まなければ、下の者はあえて物を言わない。下の者があえて物を言わなければ、上は聞くところがない。上が聞くところがなければ、聴かないことになる。聴かないというのは、政事について人と謀らないことによる。だから「聴かず」という。多くの事を聞き知ることがなく、ふさがれ押し込められて、恨みが心と口にこもり、喜怒に節度がなくなる。だから「急なり」(性急である)という。そもそも寒さは物を引き締める。冬の物はみな枯れて縮む。枯れて縮むから、「その罰は長い寒さである」という。寒さが続けば、あらゆる穀物が育たない。あらゆる穀物が育たなければ、民は貧しく苦しむ。だから怪異は耳に生じる。同じ類のものどうしが感じ合って動けば、鼓妖(太鼓の音のような怪しい音)がある。これは声と音の類である。坎は豚である。耳の気が傷つけば、豚の災いがある。水の色は黒であり、黒い交わり(黒色の怪異)がある。これらはみな聴に関わることである。思については、心は五事の主であり、ちょうど土が五行の主であるのと同じである。『易』では坤(こん)の卦である。八節の気もまた八方の風から起こる。風は四季の主である。思う心が正しく働くこと、これを容という。容とは、臣下や子を包み容れて養うことができることであり、だからこれを聖というのである。思う心が正しく働かなければ、ほかの四つもすべて失われ、臣下や子を包み容れて養うことができない。だから「思う心が容れないこと、これを聖でないという」のである。その過ちは、暗く乱れて筋道を失うことにある。だから風は『易』では巽(そん)の卦である。三月・四月にあり、純粋な陽の時期である。しかし陽の中で治まれば陰となり、陰にあっては陽となる。これは大臣のかたちである。君主が暗く乱れれば、大臣がほしいままにふるまう。大臣がほしいままにふるまえば、陰の気が盛んになる。陰の気が盛んになれば、天がそれに応じる。だから「その罰は長い風である」という。陰の気が多いと、曇っても雨が降らない。それがひどくなると、いつも曇ったままになる。暗というのは、心の内に包み込まれたものである。心の気が傷つくと、暗さの怪異となる。『易』に「坤は牛である」とある。坤は土である。土の気が傷つくと、牛が多く死ぬ。また、土は内の事であり、内の事が乱れると、花の怪異がある、ともいう。これらはみな思に関わる事である。五事が感応するものは、その例がはなはだ多い。ここではあらましをこのように挙げておく。
解説
この章句が説くこと
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