史記 / 孟嘗君列伝
齊王惑於秦、楚之毀,以爲孟嘗君名髙其主而擅齊國之權,遂廢孟嘗君。諸客見孟嘗君廢,皆去。馮驩曰:「借臣車一乘,可以入秦者,必令君重於國而奉邑益廣,可乎?」孟嘗君乃約車幣而遣之。馮驩乃西説秦王曰:「天下之游士馮軾結靷西入秦者,無不欲彊秦而弱齊;馮軾結靷東入齊者,無不欲彊齊而弱秦。此雄雌之國也,勢不兩立爲雄,雄者得天下矣。」秦王跽而問之曰:「何以使秦無爲雌而可?」馮驩曰:「王亦知齊之廢孟嘗君乎?」秦王曰:「聞之。」馮驩曰:「使齊重於天下者,孟嘗君也。今齊王以毀廢之,其心怨,必背齊;背齊入秦,則齊國之情,人事之誠,盡委之秦,齊地可得也,豈直爲雄也!君急使使載幣陰迎孟嘗君,不可失時也。如有齊覺悟,復用孟嘗君,則雌雄之所在未可知也。」秦王大悅,乃遣車十乘黃金百鎰以迎孟嘗君。馮驩辭以先行,至齊,説齊王曰:「天下之游士馮軾結靷東入齊者,無不欲彊齊而弱秦者;馮軾結靷西入秦者,無不欲彊秦而弱齊者。夫秦齊雄雌之國,秦彊則齊弱矣,此勢不兩雄。
新字:斉王惑於秦、楚之毀,以為孟嘗君名高其主而擅斉国之権,遂廃孟嘗君。諸客見孟嘗君廃,皆去。馮驩曰:「借臣車一乗,可以入秦者,必令君重於国而奉邑益広,可乎?」孟嘗君乃約車幣而遣之。馮驩乃西説秦王曰:「天下之游士馮軾結靷西入秦者,無不欲彊秦而弱斉;馮軾結靷東入斉者,無不欲彊斉而弱秦。此雄雌之国也,勢不両立為雄,雄者得天下矣。」秦王跽而問之曰:「何以使秦無為雌而可?」馮驩曰:「王亦知斉之廃孟嘗君乎?」秦王曰:「聞之。」馮驩曰:「使斉重於天下者,孟嘗君也。今斉王以毀廃之,其心怨,必背斉;背斉入秦,則斉国之情,人事之誠,尽委之秦,斉地可得也,豈直為雄也!君急使使載幣陰迎孟嘗君,不可失時也。如有斉覚悟,復用孟嘗君,則雌雄之所在未可知也。」秦王大悦,乃遣車十乗黄金百鎰以迎孟嘗君。馮驩辞以先行,至斉,説斉王曰:「天下之游士馮軾結靷東入斉者,無不欲彊斉而弱秦者;馮軾結靷西入秦者,無不欲彊秦而弱斉者。夫秦斉雄雌之国,秦彊則斉弱矣,此勢不両雄。
書き下し
斉王、秦・楚の毀りに惑ひ、以為へらく孟嘗君は名その主より高くして斉国の権を擅にすと。遂に孟嘗君を廃す。諸客孟嘗君の廃せらるるを見て、皆去る。馮驩曰く、「臣に車一乗を借せ、以て秦に入るべき者、必ず君をして国に重くして奉邑益々広からしめん、可なるか」と。孟嘗君乃ち車幣を約してこれを遣る。馮驩乃ち西して秦王に説きて曰く、「天下の游士の軾に馮り靷を結びて西して秦に入る者は、秦を彊くして斉を弱めんと欲せざるは無し。軾に馮り靷を結びて東して斉に入る者は、斉を彊くして秦を弱めんと欲せざるは無し。此れ雄雌の国なり、勢ひ両立して雄たらず、雄たる者は天下を得ん」と。秦王跽きてこれに問ひて曰く、「何を以てせば秦をして雌と為ること無からしめて可ならん」と。馮驩曰く、「王もまた斉の孟嘗君を廃せるを知るか」と。秦王曰く、「これを聞く」と。馮驩曰く、「斉をして天下に重からしむる者は、孟嘗君なり。今、斉王毀りを以てこれを廃す、その心怨み、必ず斉に背かん。斉に背きて秦に入らば、則ち斉国の情、人事の誠、尽くこれを秦に委ね、斉の地得べきなり、豈に直だに雄たるのみならんや。君、急ぎ使ひをして幣を載せて陰かに孟嘗君を迎へしめよ、時を失ふべからざるなり。如し斉覚悟する有りて、また孟嘗君を用ひば、則ち雌雄の在る所未だ知るべからざるなり」と。秦王大いに悦び、乃ち車十乗・黄金百鎰を遣りて以て孟嘗君を迎へしむ。馮驩辞して以て先に行き、斉に至り、斉王に説きて曰く、「天下の游士の軾に馮り靷を結びて東して斉に入る者は、斉を彊くして秦を弱めんと欲せざる者は無し。軾に馮り靷を結びて西して秦に入る者は、秦を彊くして斉を弱めんと欲せざる者は無し。夫れ秦・斉は雄雌の国なり、秦彊ければ則ち斉弱し、此れ勢ひ両雄ならず。
現代語訳
斉王は秦や楚からの中傷に惑わされ、孟嘗君は名声が主君より高く、斉の国の権力をほしいままにしていると考えて、とうとう孟嘗君を罷免した。食客たちは孟嘗君が罷免されたのを見て、みな去っていった。馮驩は言った。「私に車を一台貸してほしい。秦に入ることができれば、必ずあなたを国で重んじられるようにし、領地もさらに広げてみせる。よろしいか。」孟嘗君はそこで車と贈り物を用意して彼を送り出した。馮驩は西へ行って秦王に説いた。「天下の遊説の士で、車の横木にもたれ、手綱を結んで西の秦に入る者は、誰もが秦を強くして斉を弱めたいと思っている。車の横木にもたれ、手綱を結んで東の斉に入る者は、誰もが斉を強くして秦を弱めたいと思っている。秦と斉は雄と雌を争う国で、勢いとして両方が雄になることはできない。雄となった方が天下を得るのだ。」秦王は身を乗り出して尋ねた。「どうすれば秦が雌にならずにすむのか。」馮驩は言った。「王は斉が孟嘗君を罷免したことをご存じか。」秦王は言った。「聞いている。」馮驩は言った。「斉を天下に重んじられる国にしているのは孟嘗君だ。いま斉王は中傷を信じて彼を罷免した。孟嘗君は心に恨みを抱き、必ず斉に背くだろう。斉に背いて秦に入れば、斉の国の内情も人の実情もすべて秦に委ねることになり、斉の土地を手に入れることができる。雄になるどころの話ではない。王は急いで使者に贈り物を積ませて、ひそかに孟嘗君を迎えさせるべきだ。この時を逃してはならない。もし斉が気づいて再び孟嘗君を用いれば、雄と雌がどちらになるかはわからなくなる。」秦王は大いに喜び、車十台と黄金百鎰を遣わして孟嘗君を迎えに行かせた。馮驩は秦王に別れを告げて先に出発し、斉に着くと斉王に説いた。「天下の遊説の士で、車の横木にもたれ、手綱を結んで東の斉に入る者は、誰もが斉を強くして秦を弱めたいと思っている。車の横木にもたれ、手綱を結んで西の秦に入る者は、誰もが秦を強くして斉を弱めたいと思っている。そもそも秦と斉は雄と雌を争う国で、秦が強ければ斉は弱くなる。これは勢いとして両方が雄になれないということだ。
解説
関連する章句
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史記 孟嘗君列伝今、臣竊かに聞く、秦は使車十乗を遣り、黄金百鎰を載せて以て孟嘗君を迎ふと。孟嘗君西せずんば則ち已む、西して秦に入りて相たらば則ち天下これに帰し、秦は雄と為りて斉は雌と為らん。雌ならば則ち臨淄・即墨危ふし。王何ぞ秦の使ひの未だ到らざるに先だち、孟嘗君を復し、而して益々これに邑を与へて以てこれに謝せざる。孟嘗君必ず喜びてこれを受けん。秦は彊国と雖も、豈に以て人の相を請ひてこれを迎ふべけんや。秦の謀を折きて、その霸彊の略を絶たん」と。斉王曰く、「善し」と。乃ち人をして境に至りて秦の使ひを候はしむ。秦の使車適々斉の境に入る、使ひ還り馳せてこれを告ぐ。王、孟嘗君を召してその相位を復し、而してその故邑の地を与へ、また益すに千戸を以てす。秦の使者、孟嘗君のまた斉に相たるを聞き、車を還して去る。斉王の孟嘗君を毀り廃してより、諸客皆去る。後に召してこれを復するや、馮驩これを迎ふ。未だ到らざるに、孟嘗君太息して嘆じて曰く、「文は常に客を好み、客を遇するに敢へて失ふ所無し、食客三千有余人、先生の知る所なり。客、文の一日廃せらるるを見て、皆文に背きて去り、文を顧みる者莫し。今、先生に頼りてその位に復するを得たり、客もまた何の面目ありてまた文に見えんや。如しまた文に見ゆる者あらば、必ずその面に唾してこれを大いに辱めん」と。馮驩、轡を結びて下拝す。孟嘗君車を下りてこれを接して曰く、「先生は客の為に謝するか」と。馮驩曰く、「客の為に謝するに非ざるなり、君の言の失の為なり。夫れ物には必ず至る有り、事には固より然る有り、君これを知るか」と。孟嘗君曰く、「愚にして謂ふ所を知らざるなり」と。曰く、「生ある者は必ず死有り、物の必ず至るなり。富貴なれば士多く、貧賤なれば友寡し、事の固より然るなり。君独り夫の(朝)市[朝]に趣く者を見ずや。明旦には、肩を側てて門を争ひて入る。日暮るるの後は、市朝を過ぐる者も臂を掉ひて顧みず。朝を好みて暮れを悪むに非ず、期する所の物その中に忘るればなり。今、君位を失ひ、賓客皆去る、以て士を怨みて徒らに賓客の路を絶つに足らず。願はくは君、客を遇すること故の如くせよ」と。孟嘗君再拝して曰く、「敬んで命に従はん。
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史記 孟嘗君列伝居ること数年、人或ひと孟嘗君を斉の湣王に毀りて曰く、「孟嘗君将に乱を為さんとす」と。田甲の湣王を劫かすに及び、湣王意に孟嘗君を疑ふ、孟嘗君乃ち奔る。魏子の粟を与へし所の賢者これを聞き、乃ち上書して孟嘗君の乱を作さざるを言ひ、身を以て盟と為さんことを請ひ、遂に宮門に自剄して以て孟嘗君を明らかにす。湣王乃ち驚き、而して蹤跡験問す、孟嘗君果たして反謀無し、乃ちまた孟嘗君を召す。孟嘗君因りて病を謝し、帰りて薛に老せんとす。湣王これを許す。その後、秦の亡将呂礼斉に相たり、蘇代を困しめんと欲す。代乃ち孟嘗君に謂ひて曰く、「周最の斉に於けるや、至って厚し、而るに斉王これを逐ひ、而して親弗の呂礼を相とするを聴くは、秦を取らんと欲すればなり。斉・秦合せば、則ち親弗と呂礼と重からん。用ひらるる有らば、斉・秦必ず君を軽んぜん。君は急ぎ兵を北し、趙に趨きて以て秦・魏と和し、周最を収めて以て行ひを厚くし、且つ斉王の信を反し、また天下の変を禁ずるに如かず。斉に秦無くんば、則ち天下斉に集まり、親弗必ず走らん、則ち斉王孰と与にその国を為めん」と。是に於いて孟嘗君その計に従ふ、而して呂礼孟嘗君を嫉み害せんとす。孟嘗君懼れ、乃ち秦の相穣侯魏冉に書を遺りて曰く、「吾聞く、秦は呂礼を以て斉を収めんと欲すと。斉は天下の彊国なり、子必ず軽んぜられん。斉・秦相取りて以て三晋に臨まば、呂礼必ず并せて相たらん、是れ子は斉に通じて以て呂礼を重くするなり。若し斉天下の兵を免れば、その子を讎とすること必ず深からん。子は秦王に勧めて斉を伐たしむるに如かず。斉破れなば、吾請ふ得る所を以て子を封ぜん。斉破れなば、秦は晋の彊きを畏れ、秦必ず子を重んじて以て晋を取らん。晋国は斉に敝れて秦を畏れ、晋必ず子を重んじて以て秦を取らん。是れ子は斉を破りて以て功と為し、晋を挟みて以て重きを為すなり。是れ子は斉を破りて封を定め、秦・晋交々子を重んずるなり。若し斉破れずして、呂礼また用ひらるれば、子必ず大いに窮せん」と。
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史記 孟嘗君列伝是に於いて穣侯、秦の昭王に斉を伐たんことを言ひ、而して呂礼亡ぐ。後に斉の湣王宋を滅ぼし、益々驕り、孟嘗君を去らんと欲す。孟嘗君恐れ、乃ち魏に如く。魏の昭王以て相と為し、西のかた秦・趙に合し、燕と共に斉を伐ち破る。斉の湣王亡げて莒に在り、遂に焉に死す。斉の襄王立ち、而して孟嘗君は諸侯に中立して、属する所無し。斉の襄王新たに立ち、孟嘗君を畏れ、与に連和し、また薛公に親しむ。文卒し、謚して孟嘗君と為す。諸子立たんことを争ひ、而して斉・魏共に薛を滅ぼす。孟嘗は嗣を絶ちて後無きなり。初め、馮驩、孟嘗君の客を好むを聞き、蹻を躡みてこれに見ゆ。孟嘗君曰く、「先生遠く辱くす、何を以て文に教へんとするや」と。馮驩曰く、「君の士を好むを聞き、貧しき身を以て君に帰す」と。孟嘗君、伝舎に置くこと十日、孟嘗君、伝舎の長に問ひて曰く、「客は何をか為す」と。答へて曰く、「馮先生甚だ貧しく、猶ほ一剣有るのみ、また蒯緱なり。その剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、食に魚無し』と」と。孟嘗君これを幸舎に遷す、食に魚有り。五日にして、また伝舎の長に問ふ。答へて曰く、「客また剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、出づるに輿無し』と」と。孟嘗君これを代舎に遷す、出入に輿車に乗る。五日にして、孟嘗君また伝舎の長に問ふ。舎長答へて曰く、「先生また嘗て剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、以て家を為むる無し』と」と。孟嘗君悦ばず。居ること朞年、馮驩言ふ所無し。孟嘗君時に斉に相たり、万戸を薛に封ぜらる。その食客三千人。邑の入は以て客を奉ずるに足らず、人をして銭を薛に出ださしむ。歳余にして入らず、銭を貸る者多くはその息を与ふること能はず、客の奉将に給せざらんとす。孟嘗君これを憂へ、左右に問ふ、「何人か薛に債を収めしむべき者ぞ」と。伝舎の長曰く、「代舎の客馮公は形容状貌甚だ弁(べん)ず、長者にして、他の伎能無し、宜しく債を収めしむべし」と。
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史記 孟嘗君列伝復た卒に孟嘗君をして秦に入らしむ、昭王即ち孟嘗君を以て秦の相と為す。人或ひと秦の昭王に説きて曰く、「孟嘗君は賢にして、また斉の族なり。今秦に相たらば、必ず斉を先にして秦を後にせん、秦それ危ふからん」と。是に於いて秦の昭王乃ち止む。孟嘗君を囚へ、謀りてこれを殺さんと欲す。孟嘗君、人をして昭王の幸姫に抵りて解かんことを求めしむ。幸姫曰く、「妾願はくは君の狐白裘を得ん」と。此の時孟嘗君に一狐白裘有り、直千金、天下に双び無し、秦に入りてこれを昭王に献じ、更に他の裘無し。孟嘗君これを患へ、遍く客に問ふも、能く対ふる莫し。最も下坐に能く狗盗を為す者有り、曰く、「臣能く狐白裘を得ん」と。乃ち夜狗と為り、以て秦宮の臧中に入り、献ずる所の狐白裘を取りて至り、以て秦王の幸姫に献ず。幸姫為に昭王に言ひ、昭王孟嘗君を釈く。孟嘗君出づるを得、即ち馳せ去り、封伝を更め、名姓を変へて以て関を出でんとす。夜半函谷関に至る。秦の昭王、後に孟嘗君を出だせしを悔い、これを求むるに已に去る、即ち人をして伝に馳せてこれを逐はしむ。孟嘗君関に至る、関の法は鶏鳴きて客を出だす。孟嘗君追ひの至らんことを恐る。客の下坐に居る者に能く鶏鳴を為す者有り、而して鶏斉しく鳴く、遂に伝を発して出づ。出でて食頃の如くして、秦の追ひ果たして関に至る、已に孟嘗君の出づるに後れ、乃ち還る。始め孟嘗君この二人を賓客に列するや、賓客尽くこれを羞づ。孟嘗君に秦の難有るに及び、卒にこの二人これを抜く。是より後、客皆服す。
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史記 孟嘗君列伝孟嘗君趙を過ぐ、趙の平原君これを客とす。趙人孟嘗君の賢を聞き、出でてこれを観、皆笑ひて曰く、「始め薛公を以て魁然たりと為す、今これを視れば、乃ち眇小の丈夫のみ」と。孟嘗君これを聞きて怒る。客の与に倶にする者下り、斫撃して数百人を殺し、遂に一県を滅ぼして以て去る。斉の湣王自ら得ず、その孟嘗君を遣りしを以てなり。孟嘗君至る、則ち以て斉の相と為し、政を任ず。孟嘗君秦を怨み、将に斉を以て韓・魏の為に楚を攻めんとし、因りて韓・魏と秦を攻めんとして、兵食を西周に借らんとす。蘇代、西周の為に謂ひて曰く、「君、斉を以て韓・魏の為に楚を攻むること九年、宛・葉以北を取りて以て韓・魏を彊くし、今また秦を攻めて以てこれを益さんとす。韓・魏、南に楚の憂ひ無く、西に秦の患ひ無くんば、則ち斉危ふし。韓・魏必ず斉を軽んじて秦を畏れん、臣君の為にこれを危ぶむ。君は敝邑をして深く秦に合せしめ、而して君は攻むること無く、また兵食を借ること無きに如かず。君、函谷に臨みて攻むること無く、敝邑をして君の情を以て秦の昭王に謂はしめて曰はしめよ、『薛公は必ず秦を破りて以て韓・魏を彊くせず。その秦を攻むるや、王の楚王をして東国を割きて以て斉に与へしめ、而して秦の楚の懐王を出だして以て和を為さんことを欲するなり』と。君、敝邑をして此を以て秦に恵ましめば、秦は破らるること無くして東国を以て自ら免るるを得、秦必ずこれを欲せん。楚王出づるを得ば、必ず斉を徳とせん。斉、東国を得て益々彊く、而して薛は世世患ひ無からん。秦大いに弱らずして、三晋の西に処らば、三晋必ず斉を重んぜん」と。薛公曰く、「善し」と。因りて韓・魏をして秦を賀せしめ、三国をして攻むること無からしめ、而して兵食を西周に借らず。是の時、楚の懐王秦に入り、秦これを留む、故に必ずこれを出ださんと欲す。秦果たして楚の懐王を出ださず。孟嘗君斉に相たり、その舎人魏子、孟嘗君の為に邑の入を収むるに、三たび反りて一入をも致さず。孟嘗君これを問ふ、対へて曰く、「賢者有り、竊かに仮してこれに与ふ、故を以て入を致さず」と。孟嘗君怒りて魏子を退く。
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戦国策・齊人有馮諼者齊人に馮諼なる者有り、貧乏にして自ら存する能はず、人をして孟嘗君に屬せしめ、願はくは門下に寄食せんとす。孟嘗君曰く、「客何をか好む。」曰く、「客好む無し。」曰く、「客何をか能くする。」曰く、「客能くする無し。」孟嘗君笑ひて之を受けて曰く、「諾。」左右君の之を賤しむを以てなり、食するに草具を以てす。居ること頃有り、柱に倚りて其の劍を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、食に魚無し。」左右以て告ぐ。孟嘗君曰く、「之に食せしめよ、門下の客に比せしめよ。」居ること頃有り、復た其の鋏を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、出づるに車無し。」左右皆之を笑ひ、以て告ぐ。孟嘗君曰く、「之が爲に駕せしめよ、門下の車客に比せしめよ。」是に於て其の車に乘り、其の劍を揭げ、其の友を過ぎりて曰く、「孟嘗君我を客とす。」後頃有りて、復た其の劍鋏を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、以て家を爲す無し。」左右皆之を惡み、以爲へらく貪りて足るを知らざるなりと。孟嘗君問ふ、「馮公親有りや。」對へて曰く、「老母有り。」孟嘗君人をして其の食用を給せしめ、乏しからしむること無からしむ。是に於て馮諼復た歌はず。後孟嘗君記を出だし、門下の諸客に問ふ、「誰か計會に習ひ、能く文の爲に薛に責を收むる者ぞ。」馮諼署して曰く、「能くす。」孟嘗君之を怪しみて曰く、「此れ誰ぞや。」左右曰く、「乃ち夫の長鋏歸り來たれと歌ふ者なり。」孟嘗君笑ひて曰く、「客果たして能有るなり、吾之に負けり、未だ嘗て見えず。」請ひて之に見え、謝して曰く、「文事に倦み、憂ひに憒(みだ)れ、性懧愚(だぐ)にして、國家の事に沉み、先生に開罪す。先生羞ぢずして、乃ち意有りて薛に收責を爲さんと欲するか。」馮諼曰く、「之を願ふ。」是に於て車を約し裝を治め、券契を載せて行き、辭して曰く、「責畢く收まらば、何を以て市りて反らんか。」孟嘗君曰く、「吾が家の寡有る所を視よ。」驅りて薛に之き、吏をして諸民の當に償ふべき者を召さしめ、悉く來りて券を合はせしむ。券遍く合ひ、起ちて命を矯めて以て責を諸民に賜ひ、因りて其の券を燒く、民萬歳を稱す。長驅して齊に到り、晨に見えんことを求む。孟嘗君其の疾きを怪しみ、衣冠して之に見えて曰く、「責畢く收まりしか、來ること何ぞ疾きや。」曰く、「收まり畢はれり。」「何を以て市りて反りしか。」馮諼曰く、「君云ふ『吾が家の寡有る所を視よ』と。臣竊かに計るに、君の宮中には珍寶を積み、狗馬は外廄に實ち、美人は下陳に充つ。君の家の寡有る所の者は義のみ。竊かに以爲へらく君の爲に義を市へりと。」孟嘗君曰く、「義を市ふとは柰何(いかん)。」曰く、「今君區區の薛を有つも、其の民を拊愛子とせずして、因りて之に賈利す。臣竊かに君の命を矯めて、以て責を諸民に賜ひ、因りて其の券を燒く、民萬歳を稱す。乃ち臣の君の爲に義を市ふ所以なり。」孟嘗君説(よろこ)ばずして曰く、「諾、先生休せよ。」後期年、齊王孟嘗君に謂ひて曰く、「寡人敢へて先王の臣を以て臣と爲さず。」孟嘗君薛に就國し、未だ百里に至らざるに、民老を扶け幼を攜へ、君を道中に迎ふ。孟嘗君顧みて馮諼に謂ふ、「先生の文の爲に義を市ひし所以の者、乃ち今日之を見る。」馮諼曰く、「狡兔に三窟有り、僅かに其の死を免るるを得るのみ。今君に一窟有るも、未だ枕を高くして臥するを得ず。請ふ君の爲に復た二窟を鑿(うが)たん。」孟嘗君に車五十乘、金五百斤を予へ、西のかた梁に遊び、惠王に謂ひて曰く、「齊其の大臣孟嘗君を諸侯に放つ、諸侯先づ之を迎ふる者は、富みて兵強し。」是に於て、梁王上位を虛しくし、故相を以て上將軍と爲し、使者を遣り、黄金千斤、車百乘、往きて孟嘗君を聘す。馮諼先に驅せて孟嘗君を誡めて曰く、「千金は重幣なり。百乘は顯使なり。齊其れ之を聞かん。」梁の使ひ三たび反るも、孟嘗君固く辭して往かず。齊王之を聞き、君臣恐懼し、太傅を遣りて黄金千斤、文車二駟、服劍一を賫(もた)らせ、書を封じて孟嘗君に謝して曰く、「寡人不祥にして、宗廟の祟に被(こうむ)り、諂諛の臣に沉み、君に開罪す、寡人爲すに足らず。願はくは君先王の宗廟を顧み、姑く國に反りて萬人を統べんか。」馮諼孟嘗君を誡めて曰く、「願はくは先王の祭器を請ひ、宗廟を薛に立てよ。」廟成り、還りて孟嘗君に報じて曰く、「三窟已に就れり、君姑く枕を高くして樂を爲せ。」孟嘗君相爲ること數十年、纖介の禍無き者は、馮諼の計なり。
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