史記 / 孟嘗君列伝
孟嘗君聞馮驩燒券書,怒而使使召驩。驩至,孟嘗君曰:「文食客三千人,故貸錢於薛。文奉邑少,而民尚多不以時與其息,客食恐不足,故請先生收責之。聞先生得錢,即以多具牛酒而燒券書,何?」馮驩曰:「然。不多具牛酒即不能畢會,無以知其有餘不足。有餘者,爲要期。不足者,雖守而責之十年,息愈多,急,即以逃亡自捐之。若急,終無以償,上則爲君好利不愛士民,下則有離上抵負之名,非所以厲士民彰君聲也。焚無用虚債之券,捐不可得之虚計,令薛民親君而彰君之善聲也,君有何疑焉!」孟嘗君乃拊手而謝之。
新字:孟嘗君聞馮驩焼券書,怒而使使召驩。驩至,孟嘗君曰:「文食客三千人,故貸銭於薛。文奉邑少,而民尚多不以時与其息,客食恐不足,故請先生収責之。聞先生得銭,即以多具牛酒而焼券書,何?」馮驩曰:「然。不多具牛酒即不能畢会,無以知其有余不足。有余者,為要期。不足者,雖守而責之十年,息愈多,急,即以逃亡自捐之。若急,終無以償,上則為君好利不愛士民,下則有離上抵負之名,非所以厲士民彰君声也。焚無用虚債之券,捐不可得之虚計,令薛民親君而彰君之善声也,君有何疑焉!」孟嘗君乃拊手而謝之。
書き下し
孟嘗君、馮驩の券書を焼くを聞き、怒りて使ひをして驩を召さしむ。驩至る、孟嘗君曰く、「文の食客三千人、故に銭を薛に貸す。文の奉邑少なくして、民尚ほ多く時を以てその息を与へず、客の食恐らくは足らざらん、故に先生に請ひてこれを収め責めしむ。聞く、先生銭を得て、即ち以て多く牛酒を具へて券書を焼くと、何ぞや」と。馮驩曰く、「然り。多く牛酒を具へずんば即ち畢く会する能はず、以てその余り有ると足らざるとを知る無し。余り有る者は、為に要期す。足らざる者は、守りてこれを責むること十年と雖も、息愈々多く、急なれば、即ち逃亡を以て自らこれを捐てん。若し急なれば、終に以て償ふ無く、上は則ち君は利を好みて士民を愛せずと為し、下は則ち上を離れて負に抵るの名有り、士民を厲まし君の声を彰かにする所以に非ざるなり。無用の虚債の券を焚き、得べからざるの虚計を捐て、薛の民をして君に親しましめて君の善声を彰かにするなり、君何の疑ふこと有らん」と。孟嘗君乃ち手を拊ちてこれに謝す。
現代語訳
孟嘗君は馮驩が借用証文を焼いたと聞いて、怒って使いを出して馮驩を呼び戻した。馮驩が着くと、孟嘗君は言った。「私には食客が三千人いるので、薛で金を貸した。私の領地の収入は少ないのに、民の多くはなお期日どおりに利息を払わず、食客の食べ物が足りなくなりそうだったから、先生に頼んで取り立ててもらったのだ。ところが聞けば、先生は金を得るとすぐに牛や酒をたくさん用意して、証文を焼いたというではないか。どういうことか。」馮驩は言った。「そのとおりだ。牛や酒をたくさん用意しなければ、皆を残らず集めることができず、誰に余裕があり、誰が足りないのかを知ることができない。余裕のある者とは返済の期日を約束した。足りない者は、十年張りついて取り立てても、利息がかさむばかりで、厳しく迫れば、逃げ出して借金を踏み倒すだろう。厳しく迫っても結局返せないとなれば、上はあなたが利をむさぼって士や民を大切にしないと言われ、下は民が主君に背いて借金を踏み倒したという汚名を負う。これでは士や民を励まし、あなたの名声を高めることにはならない。役に立たない空の借金の証文を焼き、取り立てられない帳簿上の数字を捨てて、薛の民をあなたに親しませ、あなたのよい評判を広めたのだ。あなたは何を疑うことがあろうか。」孟嘗君はそこで手を打って、馮驩に礼を述べた。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』喻老第二十一故に曰く、「善く建つれば拔けず、善く抱けば脱せず、子孫其の祭祀を以て世世輟まず」と。
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史記 孟嘗君列伝馮驩薛に至り、孟嘗君の銭を取る者を召して皆会せしめ、息銭十万を得たり。乃ち多く酒を醸し、肥牛を買ひ、諸の銭を取る者を召し、能く息を与ふる者も皆来たり、能く息を与へざる者も亦た来たり、皆銭を取るの券書を持して之を合はす。日々牛を殺し酒を置く。酒酣にして、乃ち券を持して前のごとく之を合はせ、能く息を与ふる者には、与に期を為す。貧しくして息を与ふる能はざる者は、其の券を取りて之を焼く。曰く、「孟嘗君の銭を貸す所以は、民の無き者の為に以て本業を為さしめんとすればなり。息を求むる所以は、以て客を奉ずる無ければなり。今富給の者は期を要し、貧窮の者は券書を燔きて以て之を捐つ。諸君強ひて飲食せよ。君此くの如き有り、豈に負く可けんや」と。坐者皆起ちて、再拝す。
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『智囊』見大・李愬・馮諼孟嘗君、門下の諸客に問う、「誰か計会に習い、能く薛に責を収むる者ぞ」と。馮諼、署して曰く、「能くす」と。是に於て車を約し装を治め、券契を載せて行く。辞して曰く、「責畢わらば、何を以て市いて反らんや」と。孟嘗君曰く、「吾が家の寡有する所を視よ」と。諼、薛に至り、諸民の当に償うべき者を召して悉く来たらしめ、既に券を合わせ、令を矯めて責を以て諸民に賜い、悉く其の券を焚く。民は「万歳」と称す。長駆して斉に至る。孟嘗君、その疾きを怪しむ。衣冠して之を見て、曰く、「責は畢わりしか」と。曰く、「収め畢わりぬ」と。「何を以て市いて反れるか」と。諼曰く、「君は『吾が家の寡有する所を視よ』と云えり。臣窃かに計るに、君の宮中は珍宝を積み、狗馬は外廏に実ち、美人は下陳に充つ。君の家の寡有する所は、義のみ。竊かに君の為に義を市えり」と。孟嘗君曰く、「義を市うとは奈何」と。曰く、「今、君に区区の薛有り。その民を拊愛せず、因りて之に賈利す。臣竊かに君命を矯めて責を以て諸民に賜い、因りて其の券を焚く。民、万歳と称す。乃ち臣の君の為に義を市う所以なり」と。孟嘗君は悦ばず、曰く、「先生、休めよ」と。後期年にして、斉王孟嘗を疑い、国に就かしむ。未だ薛に至ること百里ならざるに、民は老を扶け幼を携え、争いて道に趨き迎う。孟嘗君、諼に謂いて曰く、「先生の為に文の義を市う所の者、乃ち今日見る」と。〔馮述評〕諼の斉をして田文を復た相たらしめ、及び宗廟を薛に立てしむるは、皆な縦横家の熟套なり。唯だ「義を市う」の一節のみは高く千古に出で、戦国の策士の及ぶ所に非ず。国を保ち家を保つ者は、皆な当に取り法るべし。
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史記 孟嘗君列伝孟嘗君乃ち馮驩を進めてこれに請ひて曰く、「賓客、文の不肖を知らず、幸ひに文に臨む者三千余人、邑の入は以て賓客を奉ずるに足らず、故に息銭を薛に出だす。薛は歳に入らず、民頗るその息を与へず。今、客の食恐らくは給せざらん、願はくは先生これを責めよ」と。馮驩曰く、「諾」と。辞して行き、
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戦国策・齊人有馮諼者齊人に馮諼なる者有り、貧乏にして自ら存する能はず、人をして孟嘗君に屬せしめ、願はくは門下に寄食せんとす。孟嘗君曰く、「客何をか好む。」曰く、「客好む無し。」曰く、「客何をか能くする。」曰く、「客能くする無し。」孟嘗君笑ひて之を受けて曰く、「諾。」左右君の之を賤しむを以てなり、食するに草具を以てす。居ること頃有り、柱に倚りて其の劍を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、食に魚無し。」左右以て告ぐ。孟嘗君曰く、「之に食せしめよ、門下の客に比せしめよ。」居ること頃有り、復た其の鋏を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、出づるに車無し。」左右皆之を笑ひ、以て告ぐ。孟嘗君曰く、「之が爲に駕せしめよ、門下の車客に比せしめよ。」是に於て其の車に乘り、其の劍を揭げ、其の友を過ぎりて曰く、「孟嘗君我を客とす。」後頃有りて、復た其の劍鋏を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、以て家を爲す無し。」左右皆之を惡み、以爲へらく貪りて足るを知らざるなりと。孟嘗君問ふ、「馮公親有りや。」對へて曰く、「老母有り。」孟嘗君人をして其の食用を給せしめ、乏しからしむること無からしむ。是に於て馮諼復た歌はず。後孟嘗君記を出だし、門下の諸客に問ふ、「誰か計會に習ひ、能く文の爲に薛に責を收むる者ぞ。」馮諼署して曰く、「能くす。」孟嘗君之を怪しみて曰く、「此れ誰ぞや。」左右曰く、「乃ち夫の長鋏歸り來たれと歌ふ者なり。」孟嘗君笑ひて曰く、「客果たして能有るなり、吾之に負けり、未だ嘗て見えず。」請ひて之に見え、謝して曰く、「文事に倦み、憂ひに憒(みだ)れ、性懧愚(だぐ)にして、國家の事に沉み、先生に開罪す。先生羞ぢずして、乃ち意有りて薛に收責を爲さんと欲するか。」馮諼曰く、「之を願ふ。」是に於て車を約し裝を治め、券契を載せて行き、辭して曰く、「責畢く收まらば、何を以て市りて反らんか。」孟嘗君曰く、「吾が家の寡有る所を視よ。」驅りて薛に之き、吏をして諸民の當に償ふべき者を召さしめ、悉く來りて券を合はせしむ。券遍く合ひ、起ちて命を矯めて以て責を諸民に賜ひ、因りて其の券を燒く、民萬歳を稱す。長驅して齊に到り、晨に見えんことを求む。孟嘗君其の疾きを怪しみ、衣冠して之に見えて曰く、「責畢く收まりしか、來ること何ぞ疾きや。」曰く、「收まり畢はれり。」「何を以て市りて反りしか。」馮諼曰く、「君云ふ『吾が家の寡有る所を視よ』と。臣竊かに計るに、君の宮中には珍寶を積み、狗馬は外廄に實ち、美人は下陳に充つ。君の家の寡有る所の者は義のみ。竊かに以爲へらく君の爲に義を市へりと。」孟嘗君曰く、「義を市ふとは柰何(いかん)。」曰く、「今君區區の薛を有つも、其の民を拊愛子とせずして、因りて之に賈利す。臣竊かに君の命を矯めて、以て責を諸民に賜ひ、因りて其の券を燒く、民萬歳を稱す。乃ち臣の君の爲に義を市ふ所以なり。」孟嘗君説(よろこ)ばずして曰く、「諾、先生休せよ。」後期年、齊王孟嘗君に謂ひて曰く、「寡人敢へて先王の臣を以て臣と爲さず。」孟嘗君薛に就國し、未だ百里に至らざるに、民老を扶け幼を攜へ、君を道中に迎ふ。孟嘗君顧みて馮諼に謂ふ、「先生の文の爲に義を市ひし所以の者、乃ち今日之を見る。」馮諼曰く、「狡兔に三窟有り、僅かに其の死を免るるを得るのみ。今君に一窟有るも、未だ枕を高くして臥するを得ず。請ふ君の爲に復た二窟を鑿(うが)たん。」孟嘗君に車五十乘、金五百斤を予へ、西のかた梁に遊び、惠王に謂ひて曰く、「齊其の大臣孟嘗君を諸侯に放つ、諸侯先づ之を迎ふる者は、富みて兵強し。」是に於て、梁王上位を虛しくし、故相を以て上將軍と爲し、使者を遣り、黄金千斤、車百乘、往きて孟嘗君を聘す。馮諼先に驅せて孟嘗君を誡めて曰く、「千金は重幣なり。百乘は顯使なり。齊其れ之を聞かん。」梁の使ひ三たび反るも、孟嘗君固く辭して往かず。齊王之を聞き、君臣恐懼し、太傅を遣りて黄金千斤、文車二駟、服劍一を賫(もた)らせ、書を封じて孟嘗君に謝して曰く、「寡人不祥にして、宗廟の祟に被(こうむ)り、諂諛の臣に沉み、君に開罪す、寡人爲すに足らず。願はくは君先王の宗廟を顧み、姑く國に反りて萬人を統べんか。」馮諼孟嘗君を誡めて曰く、「願はくは先王の祭器を請ひ、宗廟を薛に立てよ。」廟成り、還りて孟嘗君に報じて曰く、「三窟已に就れり、君姑く枕を高くして樂を爲せ。」孟嘗君相爲ること數十年、纖介の禍無き者は、馮諼の計なり。
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史記 孟嘗君列伝今、臣竊かに聞く、秦は使車十乗を遣り、黄金百鎰を載せて以て孟嘗君を迎ふと。孟嘗君西せずんば則ち已む、西して秦に入りて相たらば則ち天下これに帰し、秦は雄と為りて斉は雌と為らん。雌ならば則ち臨淄・即墨危ふし。王何ぞ秦の使ひの未だ到らざるに先だち、孟嘗君を復し、而して益々これに邑を与へて以てこれに謝せざる。孟嘗君必ず喜びてこれを受けん。秦は彊国と雖も、豈に以て人の相を請ひてこれを迎ふべけんや。秦の謀を折きて、その霸彊の略を絶たん」と。斉王曰く、「善し」と。乃ち人をして境に至りて秦の使ひを候はしむ。秦の使車適々斉の境に入る、使ひ還り馳せてこれを告ぐ。王、孟嘗君を召してその相位を復し、而してその故邑の地を与へ、また益すに千戸を以てす。秦の使者、孟嘗君のまた斉に相たるを聞き、車を還して去る。斉王の孟嘗君を毀り廃してより、諸客皆去る。後に召してこれを復するや、馮驩これを迎ふ。未だ到らざるに、孟嘗君太息して嘆じて曰く、「文は常に客を好み、客を遇するに敢へて失ふ所無し、食客三千有余人、先生の知る所なり。客、文の一日廃せらるるを見て、皆文に背きて去り、文を顧みる者莫し。今、先生に頼りてその位に復するを得たり、客もまた何の面目ありてまた文に見えんや。如しまた文に見ゆる者あらば、必ずその面に唾してこれを大いに辱めん」と。馮驩、轡を結びて下拝す。孟嘗君車を下りてこれを接して曰く、「先生は客の為に謝するか」と。馮驩曰く、「客の為に謝するに非ざるなり、君の言の失の為なり。夫れ物には必ず至る有り、事には固より然る有り、君これを知るか」と。孟嘗君曰く、「愚にして謂ふ所を知らざるなり」と。曰く、「生ある者は必ず死有り、物の必ず至るなり。富貴なれば士多く、貧賤なれば友寡し、事の固より然るなり。君独り夫の(朝)市[朝]に趣く者を見ずや。明旦には、肩を側てて門を争ひて入る。日暮るるの後は、市朝を過ぐる者も臂を掉ひて顧みず。朝を好みて暮れを悪むに非ず、期する所の物その中に忘るればなり。今、君位を失ひ、賓客皆去る、以て士を怨みて徒らに賓客の路を絶つに足らず。願はくは君、客を遇すること故の如くせよ」と。孟嘗君再拝して曰く、「敬んで命に従はん。
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