史記 / 孟嘗君列伝
孟嘗君乃進馮驩而請之曰:「賓客不知文不肖,幸臨文者三千餘人,邑入不足以奉賓客,故出息錢於薛。薛歳不入,民頗不與其息。今客食恐不給,願先生責之。」馮驩曰;「諾。」辭行,
新字:孟嘗君乃進馮驩而請之曰:「賓客不知文不肖,幸臨文者三千余人,邑入不足以奉賓客,故出息銭於薛。薛歳不入,民頗不与其息。今客食恐不給,願先生責之。」馮驩曰;「諾。」辞行,
書き下し
孟嘗君乃ち馮驩を進めてこれに請ひて曰く、「賓客、文の不肖を知らず、幸ひに文に臨む者三千余人、邑の入は以て賓客を奉ずるに足らず、故に息銭を薛に出だす。薛は歳に入らず、民頗るその息を与へず。今、客の食恐らくは給せざらん、願はくは先生これを責めよ」と。馮驩曰く、「諾」と。辞して行き、
現代語訳
孟嘗君はそこで馮驩を呼び寄せて頼んだ。「食客たちは私が愚かなことも知らずに、ありがたくも三千人余りが私のもとに来てくれている。領地の収入では食客を養うのに足りないので、薛で利子つきの金を貸し付けた。ところが薛では年ごとの収入が入らず、民の多くが利息を払わない。いまのままでは食客の食べ物も足りなくなりそうだ。どうか先生、取り立ててきてくれ。」馮驩は「承知した」と言った。そして別れを告げて出発し、
解説
孟嘗君が馮驩に借金の取り立てを頼む短い段です。孟嘗君は三千人の食客を養うために、領地の薛で民に利子つきの金を貸していましたが、利息が払われず、食客の食費にも困るようになっていました。一年間何の献策もしなかった馮驩は、ここで初めて仕事を任されます。この後、馮驩は薛に行って取り立てた利息で牛と酒を用意し、民を集めて、返せる者とは返済の期日を約束し、返せない者の証文はその場で焼き捨ててしまいます(その場面の後、孟嘗君が怒って馮驩を呼び戻す次の段へ続きます)。孟嘗君の丁寧な頼み方にも注目したいところで、自分を「不肖」とへりくだり、事情を包み隠さず説明しています。仕事を任せるときに、目的と事情をきちんと伝えることで、任された側が自分の判断で最善の手を打てるようになるという点は、今の上司と部下の関係にも通じます。
関連する章句
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史記 孟嘗君列伝馮驩薛に至り、孟嘗君の銭を取る者を召して皆会せしめ、息銭十万を得たり。乃ち多く酒を醸し、肥牛を買ひ、諸の銭を取る者を召し、能く息を与ふる者も皆来たり、能く息を与へざる者も亦た来たり、皆銭を取るの券書を持して之を合はす。日々牛を殺し酒を置く。酒酣にして、乃ち券を持して前のごとく之を合はせ、能く息を与ふる者には、与に期を為す。貧しくして息を与ふる能はざる者は、其の券を取りて之を焼く。曰く、「孟嘗君の銭を貸す所以は、民の無き者の為に以て本業を為さしめんとすればなり。息を求むる所以は、以て客を奉ずる無ければなり。今富給の者は期を要し、貧窮の者は券書を燔きて以て之を捐つ。諸君強ひて飲食せよ。君此くの如き有り、豈に負く可けんや」と。坐者皆起ちて、再拝す。
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史記 孟嘗君列伝孟嘗君、馮驩の券書を焼くを聞き、怒りて使ひをして驩を召さしむ。驩至る、孟嘗君曰く、「文の食客三千人、故に銭を薛に貸す。文の奉邑少なくして、民尚ほ多く時を以てその息を与へず、客の食恐らくは足らざらん、故に先生に請ひてこれを収め責めしむ。聞く、先生銭を得て、即ち以て多く牛酒を具へて券書を焼くと、何ぞや」と。馮驩曰く、「然り。多く牛酒を具へずんば即ち畢く会する能はず、以てその余り有ると足らざるとを知る無し。余り有る者は、為に要期す。足らざる者は、守りてこれを責むること十年と雖も、息愈々多く、急なれば、即ち逃亡を以て自らこれを捐てん。若し急なれば、終に以て償ふ無く、上は則ち君は利を好みて士民を愛せずと為し、下は則ち上を離れて負に抵るの名有り、士民を厲まし君の声を彰かにする所以に非ざるなり。無用の虚債の券を焚き、得べからざるの虚計を捐て、薛の民をして君に親しましめて君の善声を彰かにするなり、君何の疑ふこと有らん」と。孟嘗君乃ち手を拊ちてこれに謝す。
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史記 孟嘗君列伝先生の言を聞く、敢へて教へを奉ぜざらんや」と。
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戦国策・齊人有馮諼者齊人に馮諼なる者有り、貧乏にして自ら存する能はず、人をして孟嘗君に屬せしめ、願はくは門下に寄食せんとす。孟嘗君曰く、「客何をか好む。」曰く、「客好む無し。」曰く、「客何をか能くする。」曰く、「客能くする無し。」孟嘗君笑ひて之を受けて曰く、「諾。」左右君の之を賤しむを以てなり、食するに草具を以てす。居ること頃有り、柱に倚りて其の劍を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、食に魚無し。」左右以て告ぐ。孟嘗君曰く、「之に食せしめよ、門下の客に比せしめよ。」居ること頃有り、復た其の鋏を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、出づるに車無し。」左右皆之を笑ひ、以て告ぐ。孟嘗君曰く、「之が爲に駕せしめよ、門下の車客に比せしめよ。」是に於て其の車に乘り、其の劍を揭げ、其の友を過ぎりて曰く、「孟嘗君我を客とす。」後頃有りて、復た其の劍鋏を彈じ、歌ひて曰く、「長鋏歸り來たれ、以て家を爲す無し。」左右皆之を惡み、以爲へらく貪りて足るを知らざるなりと。孟嘗君問ふ、「馮公親有りや。」對へて曰く、「老母有り。」孟嘗君人をして其の食用を給せしめ、乏しからしむること無からしむ。是に於て馮諼復た歌はず。後孟嘗君記を出だし、門下の諸客に問ふ、「誰か計會に習ひ、能く文の爲に薛に責を收むる者ぞ。」馮諼署して曰く、「能くす。」孟嘗君之を怪しみて曰く、「此れ誰ぞや。」左右曰く、「乃ち夫の長鋏歸り來たれと歌ふ者なり。」孟嘗君笑ひて曰く、「客果たして能有るなり、吾之に負けり、未だ嘗て見えず。」請ひて之に見え、謝して曰く、「文事に倦み、憂ひに憒(みだ)れ、性懧愚(だぐ)にして、國家の事に沉み、先生に開罪す。先生羞ぢずして、乃ち意有りて薛に收責を爲さんと欲するか。」馮諼曰く、「之を願ふ。」是に於て車を約し裝を治め、券契を載せて行き、辭して曰く、「責畢く收まらば、何を以て市りて反らんか。」孟嘗君曰く、「吾が家の寡有る所を視よ。」驅りて薛に之き、吏をして諸民の當に償ふべき者を召さしめ、悉く來りて券を合はせしむ。券遍く合ひ、起ちて命を矯めて以て責を諸民に賜ひ、因りて其の券を燒く、民萬歳を稱す。長驅して齊に到り、晨に見えんことを求む。孟嘗君其の疾きを怪しみ、衣冠して之に見えて曰く、「責畢く收まりしか、來ること何ぞ疾きや。」曰く、「收まり畢はれり。」「何を以て市りて反りしか。」馮諼曰く、「君云ふ『吾が家の寡有る所を視よ』と。臣竊かに計るに、君の宮中には珍寶を積み、狗馬は外廄に實ち、美人は下陳に充つ。君の家の寡有る所の者は義のみ。竊かに以爲へらく君の爲に義を市へりと。」孟嘗君曰く、「義を市ふとは柰何(いかん)。」曰く、「今君區區の薛を有つも、其の民を拊愛子とせずして、因りて之に賈利す。臣竊かに君の命を矯めて、以て責を諸民に賜ひ、因りて其の券を燒く、民萬歳を稱す。乃ち臣の君の爲に義を市ふ所以なり。」孟嘗君説(よろこ)ばずして曰く、「諾、先生休せよ。」後期年、齊王孟嘗君に謂ひて曰く、「寡人敢へて先王の臣を以て臣と爲さず。」孟嘗君薛に就國し、未だ百里に至らざるに、民老を扶け幼を攜へ、君を道中に迎ふ。孟嘗君顧みて馮諼に謂ふ、「先生の文の爲に義を市ひし所以の者、乃ち今日之を見る。」馮諼曰く、「狡兔に三窟有り、僅かに其の死を免るるを得るのみ。今君に一窟有るも、未だ枕を高くして臥するを得ず。請ふ君の爲に復た二窟を鑿(うが)たん。」孟嘗君に車五十乘、金五百斤を予へ、西のかた梁に遊び、惠王に謂ひて曰く、「齊其の大臣孟嘗君を諸侯に放つ、諸侯先づ之を迎ふる者は、富みて兵強し。」是に於て、梁王上位を虛しくし、故相を以て上將軍と爲し、使者を遣り、黄金千斤、車百乘、往きて孟嘗君を聘す。馮諼先に驅せて孟嘗君を誡めて曰く、「千金は重幣なり。百乘は顯使なり。齊其れ之を聞かん。」梁の使ひ三たび反るも、孟嘗君固く辭して往かず。齊王之を聞き、君臣恐懼し、太傅を遣りて黄金千斤、文車二駟、服劍一を賫(もた)らせ、書を封じて孟嘗君に謝して曰く、「寡人不祥にして、宗廟の祟に被(こうむ)り、諂諛の臣に沉み、君に開罪す、寡人爲すに足らず。願はくは君先王の宗廟を顧み、姑く國に反りて萬人を統べんか。」馮諼孟嘗君を誡めて曰く、「願はくは先王の祭器を請ひ、宗廟を薛に立てよ。」廟成り、還りて孟嘗君に報じて曰く、「三窟已に就れり、君姑く枕を高くして樂を爲せ。」孟嘗君相爲ること數十年、纖介の禍無き者は、馮諼の計なり。
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史記 孟嘗君列伝今、臣竊かに聞く、秦は使車十乗を遣り、黄金百鎰を載せて以て孟嘗君を迎ふと。孟嘗君西せずんば則ち已む、西して秦に入りて相たらば則ち天下これに帰し、秦は雄と為りて斉は雌と為らん。雌ならば則ち臨淄・即墨危ふし。王何ぞ秦の使ひの未だ到らざるに先だち、孟嘗君を復し、而して益々これに邑を与へて以てこれに謝せざる。孟嘗君必ず喜びてこれを受けん。秦は彊国と雖も、豈に以て人の相を請ひてこれを迎ふべけんや。秦の謀を折きて、その霸彊の略を絶たん」と。斉王曰く、「善し」と。乃ち人をして境に至りて秦の使ひを候はしむ。秦の使車適々斉の境に入る、使ひ還り馳せてこれを告ぐ。王、孟嘗君を召してその相位を復し、而してその故邑の地を与へ、また益すに千戸を以てす。秦の使者、孟嘗君のまた斉に相たるを聞き、車を還して去る。斉王の孟嘗君を毀り廃してより、諸客皆去る。後に召してこれを復するや、馮驩これを迎ふ。未だ到らざるに、孟嘗君太息して嘆じて曰く、「文は常に客を好み、客を遇するに敢へて失ふ所無し、食客三千有余人、先生の知る所なり。客、文の一日廃せらるるを見て、皆文に背きて去り、文を顧みる者莫し。今、先生に頼りてその位に復するを得たり、客もまた何の面目ありてまた文に見えんや。如しまた文に見ゆる者あらば、必ずその面に唾してこれを大いに辱めん」と。馮驩、轡を結びて下拝す。孟嘗君車を下りてこれを接して曰く、「先生は客の為に謝するか」と。馮驩曰く、「客の為に謝するに非ざるなり、君の言の失の為なり。夫れ物には必ず至る有り、事には固より然る有り、君これを知るか」と。孟嘗君曰く、「愚にして謂ふ所を知らざるなり」と。曰く、「生ある者は必ず死有り、物の必ず至るなり。富貴なれば士多く、貧賤なれば友寡し、事の固より然るなり。君独り夫の(朝)市[朝]に趣く者を見ずや。明旦には、肩を側てて門を争ひて入る。日暮るるの後は、市朝を過ぐる者も臂を掉ひて顧みず。朝を好みて暮れを悪むに非ず、期する所の物その中に忘るればなり。今、君位を失ひ、賓客皆去る、以て士を怨みて徒らに賓客の路を絶つに足らず。願はくは君、客を遇すること故の如くせよ」と。孟嘗君再拝して曰く、「敬んで命に従はん。
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史記 孟嘗君列伝孟嘗君薛に在り、諸侯の賓客及び亡人罪有る者を招致し、皆孟嘗君に帰す。孟嘗君業を舍てて之を厚遇す、故を以て天下の士を傾く。食客数千人、貴賤と無く一に文と等し。孟嘗君客を待して坐語するに、屏風の後ろに常に侍史有り、君の客と語る所を記し、親戚の居る処を問ふを主る。客去れば、孟嘗君已に使をして存問せしめ、其の親戚に献遺す。孟嘗君曾て客を待して夜食するに、一人火光を蔽ふ有り。客怒り、飯の等しからざるを以て、食を輟めて辞去せんとす。孟嘗君起ちて、自ら其の飯を持して之に比す。客慚ぢて自剄す。士此を以て多く孟嘗君に帰す。孟嘗君客に択ぶ所無く、皆善く之を遇す。
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