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史記 / 孟嘗君列伝

馮驩至薛、召取孟嘗君錢者皆會、得息錢十萬。乃多釀酒、買肥牛、召諸取錢者、能與息者皆來、不能與息者亦來、皆持取錢之券書合之。日殺牛置酒。酒酣、乃持券如前合之、能與息者、與為期。貧不能與息者、取其券而燒之。曰、孟嘗君所以貸錢者、為民之無者以為本業也。所以求息者、為無以奉客也。今富給者以要期、貧窮者燔券書以捐之。諸君彊飲食。有君如此、豈可負哉。坐者皆起、再拜。

新字:馮驩至薛、召取孟嘗君銭者皆会、得息銭十万。乃多醸酒、買肥牛、召諸取銭者、能与息者皆来、不能与息者亦来、皆持取銭之券書合之。日殺牛置酒。酒酣、乃持券如前合之、能与息者、与為期。貧不能与息者、取其券而焼之。曰、孟嘗君所以貸銭者、為民之無者以為本業也。所以求息者、為無以奉客也。今富給者以要期、貧窮者燔券書以捐之。諸君彊飲食。有君如此、豈可負哉。坐者皆起、再拝。

書き下し

馮驩薛に至り、孟嘗君の銭を取る者を召して皆会せしめ、息銭十万を得たり。乃ち多く酒を醸し、肥牛を買ひ、諸の銭を取る者を召し、能く息を与ふる者も皆来たり、能く息を与へざる者も亦た来たり、皆銭を取るの券書を持して之を合はす。日々牛を殺し酒を置く。酒酣にして、乃ち券を持して前のごとく之を合はせ、能く息を与ふる者には、与に期を為す。貧しくして息を与ふる能はざる者は、其の券を取りて之を焼く。曰く、「孟嘗君の銭を貸す所以は、民の無き者の為に以て本業を為さしめんとすればなり。息を求むる所以は、以て客を奉ずる無ければなり。今富給の者は期を要し、貧窮の者は券書を燔きて以て之を捐つ。諸君強ひて飲食せよ。君此くの如き有り、豈に負く可けんや」と。坐者皆起ちて、再拝す。

現代語訳

「目先の回収より、人の心(信頼と恩義)を得ることに投資する」——長期的価値を見抜いた参謀・馮驩の名高い「焚券市義(証文を焼いて義を買う)」の一段です。孟嘗君は財政難で、領地・薛で貸した金の利息を回収する必要があり、その任務を食客の馮驩に託します。ところが馮驩は、薛に着くと、酒宴を開いて債務者全員を集め、返せる者からは期限を約束させる一方、貧しくて返せない者たちの借金の証文を、その場で焼き捨ててしまいました。そして宣言します。「孟嘗君がお金を貸したのは、皆が生業を営めるようにするためだ。利息を求めたのは、食客を養う費用が必要だからにすぎない。だから、余裕のある者には返済してもらい、返せない貧しい者は借金を帳消しにする。孟嘗君のような主君に、どうして背けようか」。人々は皆立ち上がって、孟嘗君に感謝の礼をしました。表面的には、回収すべき利息(貧者からの分)を放棄した「損失」です。しかし馮驩がしたのは、回収不能な帳簿上の数字を捨てる代わりに、薛の民の「孟嘗君への恩義と信頼」という、目に見えない、しかし遥かに大きな資産を買ったのです。ここに、経営における深い洞察があります。第一に、数字(短期の利益回収)と、人心(長期の信頼・忠誠)のどちらに投資すべきかの判断。回収困難な貧者から無理に取り立てても、得られる額はわずかで、恨みを買うだけ。むしろ帳消しにして恩を売る方が、はるかに価値ある「信頼」という資産に変わる。第二に、真の資産は、貸借対照表に載る数字だけではないということ。顧客・地域・従業員からの信頼や好意は、いざという時に組織を支える無形の資本です。馮驩のこの一手は、後に孟嘗君が失脚したとき、決定的な意味を持つことになります(次段以降)。目先の回収に囚われず、人の心という長期的資産に投資する——この視点の転換が、参謀・馮驩の非凡さでした。

解説

あなたは、目先の利益回収に囚われて、人の心(信頼・恩義)という長期的な資産を犠牲にしていませんか?回収困難な相手から無理に取り立てて、わずかな額と引き換えに恨みを買っていませんか?貸借対照表に載らない「信頼」という無形の資本の価値を見抜けていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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