史記 / 蘇秦列伝
主父大怒,笞之五十。故妾一僵而覆酒,上存主父,下存主母,然而不免於笞,惡在乎忠信之無罪也?夫臣之過,不幸而類是乎!」燕王曰:「先生復就故官。」益厚遇之。
新字:主父大怒,笞之五十。故妾一僵而覆酒,上存主父,下存主母,然而不免於笞,悪在乎忠信之無罪也?夫臣之過,不幸而類是乎!」燕王曰:「先生復就故官。」益厚遇之。
書き下し
主父大いに怒り、之を笞うつこと五十。故に妾一たび僵れて酒を覆し、上は主父を存し、下は主母を存す、然れども笞うたるるを免れず、悪くんぞ忠信の罪無きに在らんや。夫れ臣の過ちは、不幸にして是に類するか」と。燕王曰く、「先生復た故の官に就け」と。益々厚く之を遇す。
現代語訳
(蘇秦は続けた。)「主人はひどく怒って、下女を五十回鞭打った。つまり下女は一度倒れて酒をこぼしたことで、上は主人の命を救い、下は奥様の身を守ったのに、それでも鞭打たれることを免れなかった。忠信であれば罪を得ないなどということが、どこにあろうか。わたしの過ちも、不幸にしてこれに似ているのではないか。」燕王は言った。「先生、元の官職に戻られよ。」そしてますます手厚く蘇秦を遇した。
解説
蘇秦の弁明の結末です。毒酒の真相を知らせれば奥様が追い出され、黙っていれば主人が死ぬ。下女はわざと転んで酒をこぼし、両方を救いましたが、事情を知らない主人に五十回も鞭打たれました。蘇秦は、自分もまた燕のために斉と交渉し成果を挙げたのに、事情を知らない者から「国を売る臣」と中傷され罰を受けている、とこの話に重ねたのです。燕王は納得して蘇秦を元の官職に戻し、いっそう厚遇しました。表に出せない事情を抱えながら両方を守ろうとした者が、かえって誤解されて罰を受けるという構図は、組織の中の調整役や板挟みになった中間管理職の苦しさにも通じます。評価する側が、結果の見た目だけでなく、その裏の事情を知ろうとする姿勢が問われる話です。
関連する章句
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『長短経』詭信対えて曰く「足下知らざるなり。臣の隣家に遠く吏と為る者有り。其の妻、人に私す。其の夫且に帰らんとす。其の妻の私する者之を憂う。其の妻曰く『公憂うること勿かれ。吾已に薬酒を為りて之を待つ』と。後二日、夫至る。妻、妾をして巵酒を奉じて之を進めしむ。妾其の薬酒なるを知り、之を進めば則ち主父を殺し、之を言えば則ち主母を逐う。乃ち佯りて僵れて酒を棄つ。主父大いに怒りて之を笞うつ。妾の酒を棄つるは、上は以て主父を活かし、下は以て主母を存す。忠至ること此くの如し。然れども笞を免れず。此れ忠信を以て罪を得るなり。臣の事は、適に不幸にして妾の酒を棄つるに類す。且つ臣の足下に事うるや、義を亢くし国を益すも、今乃ち罪を得たり。臣恐らくは天下の後に足下に事うる者、敢えて自ら必する莫からん。且つ臣の斉に説くや、曽て之を欺かざるなり。後の斉に説く者は、臣の言に如くは莫し。堯・舜の智と雖も、敢えて取らざらん」と。燕王曰く「善し」と。復た厚く之を遇す。此に由りて之を観れば、故に知る、譎は即ち信なり、詭は即ち忠なり。夫れ譎詭の行いは、乃ち忠信の本なり。
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史記 蘇秦列伝蘇秦燕王に見えて曰く、「臣は、東周の鄙人なり、分寸の功有る無くして、王親ら之を廟に拝して之を廷に礼す。今臣王の為に斉の兵を卻けて十城を攻め得たり、宜しく以て益々親しむべし。今来たりて王臣を官せざる者は、人必ず不信を以て臣を王に傷つくる者有らん。臣の不信は、王の福なり。臣聞く、忠信なる者は、自ら為にする所以なり。進取する者は、人の為にする所以なりと。且つ臣の斉王に説くは、曾て之を欺くに非ざるなり。臣老母を東周に棄つ、固より自ら為にするを去りて進取を行ふなり。今孝は曾参の如く、廉は伯夷の如く、信は尾生の如き有り。此の三人の者を得て以て大王に事へしめば、何若」と。王曰く、「足れり」と。蘇秦曰く、「孝曾参の如くならば、義として其の親を離れて一宿も外にせず、王又安くんぞ能く之をして千里を歩行して弱燕の危王に事へしめんや。廉伯夷の如くならば、義として孤竹君の嗣と為らず、武王の臣と為るを肯んぜず、封侯を受けずして首陽山の下に餓死す。廉此くの如き有らば、王又安くんぞ能く之をして千里を歩行して進取を斉に行はしめんや。信尾生の如くならば、女子と梁の下に期し、女子来たらず、水至れども去らず、柱を抱きて死す。信此くの如き有らば、王又安くんぞ能く之をして千里を歩行して斉の彊兵を卻けしめんや。臣の所謂忠信を以て罪を上に得る者なり」と。燕王曰く、「若し忠信ならざるのみ、豈に忠信を以て罪を得る者有らんや」と。蘇秦曰く、「然らず。臣聞く、客に遠く吏と為りて其の妻人に私する者有り、其の夫将に来たらんとす、其の私する者之を憂ふ、妻曰く『憂ふること勿かれ、吾已に薬酒を作りて之を待つ』と。居ること三日、其の夫果たして至る、妻妾をして薬酒を挙げて之に進めしむ。妾酒の薬有るを言はんと欲すれば、則ち其の主母を逐はんことを恐れ、言ふこと勿からんと欲すれば、則ち其の主父を殺さんことを恐る。是に於いてか詳り僵れて酒を棄つ。
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戦国策・人有惡蘇秦於燕王者人に蘇秦を燕王に惡む者有りて曰く、「武安君は天下の信ぜざる人なり。王萬乘を以て之に下り、之を廷に尊べば、天下に小人と群るるを示すなり」と。武安君齊より來るも、燕王館せず。燕王に謂いて曰く、「臣は東周の鄙人なり、足下の身咫尺の功無きを見て、足下臣を郊に迎え、臣を廷に顯す。今臣足下の為に使いし、利十城を得て、功危燕を存す、足下臣を聽かざる者は、人必ず臣の不信なりと言いて、臣を王に傷つくる者有ればなり。臣の不信なるは、是れ足下の福なり。臣をして信は尾生の如く、廉は伯夷の如く、孝は曾參の如く、三者天下の高行にして、以て足下に事えしめば、不可ならんや」と。燕王曰く、「可なり」と。曰く、「此れ有らば、臣も亦足下に事えざらん」と。蘇秦曰く、「且つ夫れ孝は曾參の如くんば、義親を離れて一夕も外に宿せず、足下安くんぞ之をして齊に之かしめんや。廉は伯夷の如くんば、素飡を取らず、武王の義を汙して臣とせず、孤竹の君を辭し、餓えて首陽の山に死せり。廉此くの如き者、何ぞ肯えて數千里を步行して、弱燕の危主に事えんや。信は尾生の如くんば、期して來たらず、梁柱を抱きて死せり。信此くの至れる、何ぞ肯えて燕・秦の威を齊に楊げて大功を取らんや。且つ夫れ信行なる者は、自ら為にする所以にして、人の為にする所以に非ず。皆自ら覆うの術にして、進取の道に非ざるなり。且つ夫れ三王代りて興り、五霸迭いに盛んなるは、皆自ら覆わざればなり。君自ら覆うを以て可と為すか。則ち齊は營丘を益さず、足下は楚境を踰えず、邊城の外を窺わず。且つ臣老母周に有り、老母を離れて足下に事え、自ら覆うの術を去りて、進取の道を謀る、臣の趣、固より足下と合わざる者なり。足下は皆自ら覆うの君なり、僕は進取の臣なり、所謂忠信を以て君に罪を得る者なり」と。燕王曰く、「夫れ忠信、又何の罪か之れ有らんや」と。對えて曰く、「足下知らざるなり。臣が鄰家に遠く吏と爲る者有り、其の妻人に私す。其の夫且に歸らんとし、其の之に私する者之を憂う。其の妻曰く、『公憂うる勿かれ、吾已に藥酒を為りて以て之を待つ』と。後二日、夫至る。妻妾をして卮酒を奉じて之に進めしむ。妾其の藥酒なるを知り、之を進めば則ち主父を殺し、之を言わば則ち主母を逐わる、乃ち陽り僵れて酒を棄つ。主父大いに怒りて之を笞つ。故に妾一たび僵れて酒を棄つるは、上は以て主父を活かし、下は以て主母を存するなり。忠此くの如くに至るも然も笞たるるを免れず、此れ忠信を以て罪を得る者なり。臣の事、適々不幸にして妾の酒を棄つるに類する有るなり。且つ臣の足下に事うるや、義を亢げ國を益す、今乃ち罪を得れば、臣恐らくは天下の後に足下に事うる者、敢えて自ら必せざらんことを。且つ臣の齊に說きしは、曾て之を欺かざるなり。之をして齊に說かしめば、臣の言に如くは莫く、堯・舜の智と雖も、敢えて取らざるなり」と。
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戦国策・蘇秦自齊獻書於燕王蘇秦、斉自り書を燕王に献じて曰く、「臣の行くや、固より将に口事有らんとするを知る、故に御書を献じて行けり、曰く、『臣斉に貴くば、燕の大夫将に臣を信ぜざらんとす。臣賤しくば、将に臣を軽んぜんとす。臣用いられば、将に多く臣に望まんとす。斉不善有らば、将に罪を臣に帰せんとす。天下斉を攻めずんば、将に善く斉の為に謀ると曰わんとす。天下斉を攻めば、将に斉と兼ねて臣を鄮せんとす。臣の重んずる所は重卯に処る』と。王臣に謂いて曰く、『吾必ず衆口と讒言とを聴かず、吾女を信ずること、猶お𠛄を剗るがごとし。上は以て斉に用いらるるを得べく、次は以て下に信ぜらるるを得べし、苟くも死無くんば、女為さざる無かれ、女を以て自ら信とすべし』と。之と言いて曰く、『燕を去りて斉に之くは可なり、事を成すに期するのみ』と。臣令を受けて以て斉に任ぜられ、五年に及べり。斉数々兵を出だすも、未だ嘗て燕を謀らず。斉・趙の交わり、一たびは合し一たびは離る。燕王斉と与に趙を謀らずんば、則ち趙と与に斉を謀る。斉の燕を信ずるや、北地を虚しくして其の兵を行るに至れり。今王田伐と参・去疾との言を信じ、且に斉を攻めんとし、斉をして犬馬𩤊がしめて燕を言わざらしむ。今王又慶をして臣に令せしめて曰く、『吾善しとする所を用いんと欲す』と。王苟くも之を用いんと欲せば、則ち臣請う王が為に之に事えん。王臣を醳きて剸ら善しとする所に任ぜんと欲せば、則ち臣請う事を帰し醳かん。臣苟くも見ゆるを得ば、則ち願いに盈てり」と。
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『長短経』詭信斉、燕を伐ちて十城を得。燕王、蘇秦をして斉に説かしめ、斉は燕に十城を帰す。蘇秦燕に還る。人或いは之を毀りて曰く「蘇秦は左右に国を売る、反覆の臣なり。将に乱を作さんとす」と。燕王意に之を疎んじ、捨てて用いず。蘇秦罪を被らんことを恐れ、入りて王に見えて曰く「臣は東周の鄙人なり。尺寸の功無くして、王親ら之を廟に拝し、之を庭に礼す。今、臣は王の為に斉の兵を却け、而して功は十城を得たり。宜しく以て益々親しむべし。今来たりて王臣を官せざる者は、人必ず不信を以て臣を王に傷つくる者有らん。且つ臣の不信は、王の福なり〔燕王も亦た嘗て蘇代に謂いて曰く「寡人甚だ訑者の言を喜ばず」と。代対えて曰く「周の地は媒を賤しむ。其の両誉するが為なり。男家に之きては女美しと曰い、女家に之きては男富めりと曰う。然れども周の俗は、自ら妻を娶らず。且つ夫れ処女媒無くんば、老いて且つ嫁がず。媒を舎てて自ら衒えば、弊れて售れず。順にして毀無く、則ち售れて弊れざる者は、惟だ媒のみ。且つ事は権に非ずんば立たず、勢いに非ずんば成らず。夫れ人をして坐して成事を受けしむる者は、惟だ訑のみ」と。訑は、音土和の反〕。
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戦国策・蘇秦謂燕昭王蘇秦燕の昭王に謂いて曰く、「今此に人有り、孝は曾參・孝己の如く、信は尾生高の如く、廉は鮑焦・史鰌の如く、此の三行を兼ねて以て王に事えば、奚如」と。王曰く、「是くの如くんば足れり」と。對えて曰く、「足下以て足れりと為さば、則ち臣足下に事えざらん。臣且に無為の事に處り、歸りて周の上埊に耕さんとす、耕して之を食い、織りて之を衣ん」と。王曰く、「何の故ぞや」と。對えて曰く、「孝は曾參・孝己の如くんば、則ち其の親を養うに過ぎず。信は尾生高の如くんば、則ち人を欺かざるに過ぎず。廉は鮑焦・史鰌の如くんば、則ち人の財を竊まざるに過ぎず。今臣は進取を為す者なり。臣以為えらく廉は身と俱に達せず、義は生と俱に立たず。仁義なる者は、自ら完うするの道にして、進取の術に非ざるなり」と。王曰く、「自ら憂うるを以て足らざるか」と。對えて曰く、「自ら憂うるを以て足れりと為さば、則ち秦は殽塞を出でず、齊は營丘を出でず、楚は疏章を出でず。三王代りて位し、五伯政を改むるは、皆自ら憂えざるを以ての故なり。若し自ら憂いて足れりとせば、則ち臣も亦周に負籠せんのみ、何為れぞ大王の廷を煩わさんや。昔者楚は章武を取り、諸侯北面して朝す。秦は西山を取り、諸侯西面して朝す。曩者燕をして周室の上を去らしめざりせば、則ち諸侯馬を別にして朝せざらんとす。臣之を聞く、善く事を為す者は、先ず其の國の大小を量り、其の兵の強弱を揆る、故に功成るべく、名立つべし。事を為す能わざる者は、先ず其の國の大小を量らず、其の兵の強弱を揆らず、故に功成るべからず、名立つべからず。今王東嚮して齊を伐つの心有り、而して愚臣之を知る」と。王曰く、「子何を以て之を知るや」と。對えて曰く、「戟を矜り劍を砥ぎ、丘に登り東嚮して歎ずるは、是を以て愚臣之を知る。今夫れ烏獲千鈞の重きを舉ぐるも、行年八十にして、扶持を求む。故に齊強國なりと雖も、西のかた宋に勞し、南のかた楚に罷れば、則ち齊軍敗るべく、河間取るべし」と。燕王曰く、「善し。吾請う子を拜して上卿と為し、子に車百乘を奉ぜん、子此を以て寡人の為に東のかた齊に游ばば、何如」と。對えて曰く、「足下之を愛するを以ての故に與うるならば、則ち何ぞ愛子と諸舅・叔父・負床の孫に與えずして、得ずして乃ち無能の臣に與うるや、何ぞや。王の臣を論ずること、何如なる人ぞや。今臣の足下に事うる所以は、忠信なり。忠信の故を以て、左右に罪を見んことを恐る」と。王曰く、「安んぞ人臣為りて其の力を盡くし、其の能を竭くして、罪を得る者有らんや」と。對えて曰く、「臣請う王の為に譬えん。昔周の上埊嘗て之有り。其の丈夫官して三年歸らず、其の妻人を愛す。其の愛する所の者曰く、『子の丈夫來たらば、則ち且に柰何せんとするか』と。其の妻曰く、『憂うる勿かれ、吾已に藥酒を為りて以て其の來たるを待つ』と。已にして其の丈夫果たして來たる、是に於て其の妾をして藥酒を酌みて之を進めしむ。其の妾之を知り、半道にして立つ。慮りて曰く、『吾此を以て吾が主父に飲ましめば、則ち吾が主父を殺し、此を以て吾が主父に告げば、則ち吾が主母を逐わる。吾が父を殺し、吾が主母を逐う者と、寧ろ佯りて躓きて之を覆さん』と。是に於て佯り僵れて之を仆す。其の妻曰く、『子の遠行の為に來たるを、故に美酒を為り、今妾奉じて之を仆す』と。其の丈夫知らず、其の妾を縛りて之を笞つ。故に妾の笞たるる所以は、忠信なればなり。今臣足下の為に齊に使いするに、恐らくは忠信左右に諭らざらんことを。臣之を聞く、萬乘の主は、人臣に制せられず。十乘の家は、眾人に制せられず。疋夫徒步の士は、妻妾に制せられず。而るを又況んや當世の賢主をや。臣請う行かん、願わくは足下の群臣に制せられざらんことを」と。
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