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史記 / 蘇秦列伝

蘇秦既約六國從親、歸趙、趙肅侯封為武安君、乃投從約書於秦。秦兵不敢闚函谷關十五年。人有毀蘇秦者曰、左右賣國反覆之臣也、將作亂。蘇秦見燕王曰、臣聞忠信者所以自為也、進取者所以為人也。臣棄老母於東周、固去自為而行進取也。孝如曾參、義不離其親一宿於外、王又安能使之步行千里而事弱燕之危王哉。臣所謂以忠信得罪於上者也。燕王曰、若不忠信耳、豈有以忠信而得罪者乎。蘇秦曰、不然。臣聞客有遠為吏而其妻私於人者、妾舉藥酒進之、詳僵而棄酒、上存主父下存主母、然而不免於笞。惡在乎忠信之無罪也。夫臣之過、不幸而類是乎。燕王曰、先生復就故官。益厚遇之。

新字:蘇秦既約六国従親、帰趙、趙粛侯封為武安君、乃投従約書於秦。秦兵不敢闚函谷関十五年。人有毀蘇秦者曰、左右売国反覆之臣也、将作乱。蘇秦見燕王曰、臣聞忠信者所以自為也、進取者所以為人也。臣棄老母於東周、固去自為而行進取也。孝如曽参、義不離其親一宿於外、王又安能使之歩行千里而事弱燕之危王哉。臣所謂以忠信得罪於上者也。燕王曰、若不忠信耳、豈有以忠信而得罪者乎。蘇秦曰、不然。臣聞客有遠為吏而其妻私於人者、妾舉薬酒進之、詳僵而棄酒、上存主父下存主母、然而不免於笞。悪在乎忠信之無罪也。夫臣之過、不幸而類是乎。燕王曰、先生復就故官。益厚遇之。

書き下し

蘇秦既に六国を約して従親し、趙に帰る。趙の粛侯封じて武安君と為す。乃ち従約書を秦に投ず。秦兵敢て函谷関を闚はざること十五年。人に蘇秦を毀る者有りて曰く、「左右売国反覆の臣なり、将に乱を作さんとす」と。蘇秦、燕王に見えて曰く、「臣聞く、忠信なる者は自ら為にする所以なり、進取なる者は人の為にする所以なり、と。臣老母を東周に棄つるは、固より自ら為にするを去りて進取を行ふなり。孝なること曾参の如きは、義として其の親を離れて一宿も外にせず、王又安ぞ能く之をして千里を歩行して弱燕の危王に事へしめんや。臣所謂忠信を以て上に罪を得る者なり」と。燕王曰く、「若し忠信ならざるのみ、豈に忠信を以て罪を得る者有らんや」と。蘇秦曰く、「然らず。臣聞く、客に遠く吏と為りて其の妻人に私する者有り、妾薬酒を挙げて之を進むるに、詳りて僵れて酒を棄て、上は主父を存し下は主母を存す、然れども笞を免れず。悪くにか忠信の罪無きに在らんや。夫れ臣の過ちも、不幸にして是に類するか」と。燕王曰く、「先生故官に就け」と。益々厚く之を遇す。

現代語訳

蘇秦は六国に盟約を結ばせて合従を成立させ、趙に帰った。趙の粛侯は彼を武安君に封じた。そして合従の盟約書を秦に送りつけた。以後、秦の兵は十五年にわたり、あえて函谷関の外をうかがおうとしなかった。ある者が蘇秦を悪く言って言った。「あの男は右にも左にもつく、国を売る裏切り者だ。今に乱を起こすだろう」。蘇秦は燕王に会って言った。「私はこう聞いております。忠信とは自分のためのものであり、進取とは他人のためのものだ、と。私が老いた母を東周に置いてきたのは、まさに自分のためを捨てて進取を行ったからです。曾参のような孝行者なら、義として親のもとを離れて一晩たりとも外泊しません。王はそんな人物に、どうして千里の道を歩かせて、弱い燕の危うい王に仕えさせることができましょうか。私は、いわば忠信であるがゆえに主君にとがめられている者です」。燕王は言った。「それは忠信でないからだろう。忠信でありながらとがめられる者などいるものか」。蘇秦は言った。「そうではありません。私はこう聞いております。ある男が遠くへ役人として赴任している間に、その妻が他の男と通じていた。夫が帰ってくると、妻は妾に毒を入れた酒を運ばせた。妾はわざと転んで酒をこぼした。こうして上は主人の命を救い、下は女主人の身を守ったのです。それでも妾は鞭打ちを免れなかった。忠信でありながら罪を得ないことなど、どうしてありましょうか。私の過ちも、不幸にしてこれに似ているのではないでしょうか」。燕王は言った。「先生、もとの官に戻ってくれ」。そしていっそう厚く遇した。

解説

合従の絶大な成果(秦を15年間封じ込めた)と、成功者ゆえに讒言に晒される宿命、そしてそれを機知で切り返す弁明を描いた一段です。蘇秦の合従同盟は、秦が15年間も函谷関から東を窺えないほどの効果を上げました。一人の構想が、天下の均衡を実際に変えたのです。しかし、大きな成功を収めた者には必ず妬みと讒言がついて回ります。「蘇秦は国を売る裏切り者、反乱を企てている」との中傷が起こり、燕王は彼を冷遇し始める。蘇秦はここで、興味深い弁明を展開します。「忠信(誠実で律儀)とは自分の身を守るためのもの、進取(積極的に打って出る)とは他人(主君)のためのもの。私は老いた母を故郷に置いてまで、あなたのために奔走した。もし私が曾参のような親孝行者なら、母のそばを離れず、あなたのために千里を駆けることなどしなかっただろう」と。つまり、律儀に自分の道徳を守る人間は、主君のために危険を冒して働きはしない。自分が非難される『進取』の姿勢こそ、主君に尽くす証だ、という逆説の論理です。組織の教訓は二つ。第一に、大きな成果を上げるほど、妬みや讒言のリスクが高まる。成功は称賛だけでなく、攻撃も呼び込むと覚悟すべきです。第二に、不当な疑いをかけられたとき、感情的に反発するのではなく、相手の価値観の枠組みを使って論理的に切り返す機知が、信頼を回復させる。ただし、蘇秦のこの弁は巧みである一方、自らの行動を正当化する詭弁の側面もあり、彼の権謀術数の人物像も浮かび上がります。

この章句が説くこと

蘇秦合従の成果成功と讒言妬み弁明の機知忠信と進取の逆説

この一句を、あなたの毎日に。

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