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史記 / 梁孝王世家

袁盎等以宋宣公不立正,生禍,禍亂後五世不絕,小不忍害大義狀報太后。太后乃解說,即使梁王歸就國。而梁王聞其義出於袁盎諸大臣所,怨望,使人來殺袁盎。袁盎顧之曰:「我所謂袁將軍者也,公得毋誤乎?」刺者曰:「是矣!」刺之,置其劍,劍著身。視其劍,新治。問長安中削厲工,工曰:「梁郎某子來治此劍。」以此知而發覺之,發使者捕逐之。獨梁王所欲殺大臣十餘人,文吏窮本之,謀反端頗見。太后不食,日夜泣不止。景帝甚憂之,問公卿大臣,大臣以為遣經術吏往治之,乃可解。於是遣田叔、呂季主往治之。此二人皆通經術,知大禮。來還,至霸昌廄,取火悉燒梁之反辭,但空手來對景帝。景帝曰:「何如?」對曰:「言梁王不知也。造為之者,獨其幸臣羊勝、公孫詭之屬為之耳。謹以伏誅死,梁王無恙也。」景帝喜說,曰:「急趨謁太后。」太后聞之,立起坐湌,氣平復。故曰,不通經術知古今之大禮,不可以為三公及左右近臣。少見之人,如從管中闚天也。

新字:袁盎等以宋宣公不立正,生禍,禍乱後五世不絶,小不忍害大義状報太后。太后乃解説,即使梁王帰就国。而梁王聞其義出於袁盎諸大臣所,怨望,使人来殺袁盎。袁盎顧之曰:「我所謂袁将軍者也,公得毋誤乎?」刺者曰:「是矣!」刺之,置其剣,剣著身。視其剣,新治。問長安中削厲工,工曰:「梁郎某子来治此剣。」以此知而発覚之,発使者捕逐之。独梁王所欲殺大臣十余人,文吏窮本之,謀反端頗見。太后不食,日夜泣不止。景帝甚憂之,問公卿大臣,大臣以為遣経術吏往治之,乃可解。於是遣田叔、呂季主往治之。此二人皆通経術,知大礼。来還,至覇昌廄,取火悉焼梁之反辞,但空手来対景帝。景帝曰:「何如?」対曰:「言梁王不知也。造為之者,独其幸臣羊勝、公孫詭之属為之耳。謹以伏誅死,梁王無恙也。」景帝喜説,曰:「急趨謁太后。」太后聞之,立起坐湌,気平復。故曰,不通経術知古今之大礼,不可以為三公及左右近臣。少見之人,如従管中闚天也。

書き下し

袁盎等宋の宣公正を立てず、禍を生じ、禍乱後五世絶えず、小を忍ばざれば大義を害する状を以て太后に報ず。太后乃ち解説し、即ち梁王をして帰りて国に就かしむ。而して梁王其の義の袁盎諸大臣の所より出づるを聞き、怨望し、人をして来たりて袁盎を殺さしむ。袁盎之を顧みて曰く、「我は所謂袁将軍なる者なり、公誤ること毋きを得んや」と。刺す者曰く、「是なり」と。之を刺し、其の剣を置く、剣身に著く。其の剣を視るに、新たに治む。長安中の削厲工に問ふに、工曰く、「梁の郎某子来たりて此の剣を治む」と。此を以て知りて之を発覚し、使者を発して捕へ逐はしむ。独り梁王の殺さんと欲する所の大臣十余人、文吏之を窮本し、謀反の端頗る見はる。太后食はず、日夜泣きて止まず。景帝甚だ之を憂へ、公卿大臣に問ふ、大臣以為へらく経術の吏を遣はして往きて之を治めしめば、乃ち解くべしと。是に於いて田叔・呂季主を遣はして往きて之を治めしむ。此の二人皆経術に通じ、大礼を知る。来たり還りて、霸昌廏に至り、火を取りて悉く梁の反辞を焼き、但だ空手にて来たりて景帝に対ふ。景帝曰く、「何如」と。対へて曰く、「言ふこころは梁王知らざるなり。之を造為する者は、独り其の幸臣羊勝・公孫詭の属之を為すのみ。謹んで以て誅に伏して死し、梁王恙無きなり」と。景帝喜説して、曰く、「急ぎ趨りて太后に謁せよ」と。太后之を聞き、立ちどころに起ちて坐して湌し、気平復す。故に曰く、経術に通じ古今の大礼を知らざれば、以て三公及び左右の近臣と為すべからず。少見の人は、管中より天を闚ふが如きなり。

現代語訳

(褚先生は続ける。)袁盎らは、宋の宣公が正しい筋の継承をしなかったために災いを生み、その混乱が五代にわたって絶えなかったこと、小さな情を抑えなければ大義を損なうことを、太后に申し上げた。太后はようやく納得し、すぐに梁王を封国に帰らせた。ところが梁王は、その議論が袁盎ら大臣から出たと聞いて恨み、人を送って袁盎を殺させた。袁盎は刺客を振り返って言った。「わたしがいわゆる袁将軍だ。人違いではないのか。」刺客は「そうだ」と言って刺し、その剣を残していった。剣は袁盎の体に刺さったままであった。剣を調べると、研いだばかりであった。長安の研ぎ師に尋ねると、研ぎ師は「梁の郎官の某が来てこの剣を研いだ」と言った。これで事が明らかになり、使者を出して追捕させた。梁王が殺そうとした大臣は十数人に及び、法官がその根元を突き止めると、謀反の兆しがかなり見えてきた。太后は食事もとらず、日夜泣き続けた。景帝はこれを大いに憂え、公卿大臣に意見を求めた。大臣たちは、経学に通じた役人を遣わして処理させれば解決できると考えた。そこで田叔と呂季主を遣わして処理させた。この二人はどちらも経学に通じ、大いなる礼をわきまえていた。二人は調べを終えて帰る途中、霸昌の厩舎まで来ると、火を取って梁の謀反の供述書をすべて焼き、手ぶらで景帝の前に出た。景帝が「どうであったか」と問うと、二人は答えた。「梁王はご存じなかったということでございましょう。これを企てたのは、寵臣の羊勝や公孫詭らだけだ。彼らはすでに罪に伏して死んだので、梁王はご無事である。」景帝は喜び、「急いで太后にお伝えせよ」と言った。太后はこれを聞くと、すぐに起き上がって座り食事をとり、気持ちも落ち着いた。だから、経学に通じて古今の大礼を知る者でなければ、三公や側近の臣とすべきではない、と言うのである。見聞の狭い人は、管の中から天をのぞくようなものである。

解説

褚少孫の補筆の結びです。袁盎の説得で太后は納得しますが、梁王は袁盎を刺客に殺させます。刺客が現場に残した研ぎたての剣から、長安の研ぎ師をたどって梁の郎官に行き着くという、捜査の具体的な描写が印象的です。事件を処理したのは経学に通じた田叔と呂季主で、彼らは帰途で謀反の証拠をすべて焼き、罪を死んだ寵臣に負わせて「梁王はご存じなかった」と報告しました。真相を暴くことよりも、太后と景帝の母子関係と国の安定を守ることを優先した判断です。褚少孫は、こうした大局の判断ができるのは古今の礼に通じた人だけであり、見識の狭い人は管から天をのぞくようなものだと結びます。正しさと収め方のどちらを取るかを考えさせる話です。

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