史記 / 鄭世家
守節如荀息,身死而不能存奚齊。變所從來,亦多故矣!
新字:守節如荀息,身死而不能存奚斉。変所従来,亦多故矣!
書き下し
節を守ること荀息の如きも、身死して奚斉を存すること能はず。変の従りて来る所、亦故多きかな。
現代語訳
(太史公の評の結び。晋の)荀息(じゅんそく)のように節義を守り抜いても、自分は死に、(守るべき主君の)奚斉(けいせい)を生き残らせることはできなかった。変事がどこから起こるかについては、まことにさまざまな原因があるものだ。
解説
鄭世家の末尾に置かれた太史公の評の、最後の二文です。この前で司馬遷は、利害で結びついた関係は利害が尽きれば疎遠になると述べ、鄭子を殺して厲公を迎えながら結局厲公に殺された甫仮を、晋の里克と並べて論じています。そこへ対照として持ち出すのが晋の荀息です。荀息は献公に幼い奚斉を託され、約束を守って奚斉を立てましたが、里克に奚斉を殺され、自らも死にました。節を守った者も、利で動いた者も、結局は滅びた。変事の原因は一つではない、という司馬遷の嘆きは、忠誠や計算だけでは乱世を生き抜けないという冷めた認識を示しています。「太史公曰く」は司馬遷自身の評です。組織の危機も、誠実さや打算のどちらか一つで防げるものではありません。
関連する章句
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史記 晋世家病甚だしく、乃ち荀息に謂ひて曰く、「吾奚斉を以て後と為す。年少くして、諸大臣服せず、乱の起こらんことを恐る。子能く之を立てんか」と。荀息曰く、「能くせん」と。献公曰く、「何を以て験と為す」と。対へて曰く、「死者をして復た生かしめ、生者慚ぢざる、之が験と為さん」と。是に於て遂に奚斉を荀息に属す。荀息相と為り、国政を主る。秋九月、献公卒す。里克・邳鄭重耳を内れんと欲し、三公子の徒を以て乱を作さんとし、荀息に謂ひて曰く、「三怨将に起こらんとし、秦・晋之を輔く。子将に何如せんとす」と。荀息曰く、「吾先君の言に負くべからず」と。十月、里克奚斉を喪次に殺す。献公未だ葬られざるなり。荀息将に之に死せんとす。或ひと曰く、奚斉の弟悼子を立てて之に傅たるに如かずと。荀息悼子を立てて献公を葬る。十一月、里克悼子を朝に弑す。荀息之に死す。君子曰く、「詩に所謂『白珪の玷(か)けたるは、猶ほ磨くべし。斯の言の玷けたるは、為(をさ)むべからず』とは、其れ荀息の謂ひか。其の言に負かず」と。初め、献公将に驪戎を伐たんとす。卜して曰く「歯牙禍を為す」と。驪戎を破り、驪姫を獲るに及び、之を愛し、竟に以て晋を乱す。里克等已に奚斉・悼子を殺し、人をして公子重耳を翟に迎へしめ、之を立てんと欲す。重耳謝して曰く、「父の命に負きて出奔し、父死して人子の礼を修めて喪に侍するを得ず。重耳何ぞ敢て入らん。大夫其れ更に他子を立てよ」と。還りて里克に報ず。里克をして夷吾を梁に迎へしむ。夷吾往かんと欲す。呂省・郤芮曰く、「内に猶ほ公子の立つべき者有りて外に求むるは、信じ難し。計るに秦に之き、彊国の威を輔として以て入るに非ずんば、恐らくは危ふからん」と。乃ち郤芮をして厚く秦に賂はしめ、約して曰く、「即し入るを得ば、請ふ晋の河西の地を以て秦に与へん」と。及び里克に書を遺りて曰く、「誠に立つを得ば、請ふ遂に子を汾陽の邑に封ぜん」と。秦の繆公乃ち兵を発して夷吾を晋に送る。斉の桓公晋の内乱を聞き、亦た諸侯を率ゐて晋に如く。
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史記 鄭世家太史公曰く、「語に之れ有り、『権利を以て合ふ者は、権利尽きて交疏し』と、甫瑕是なり。甫瑕鄭子を劫殺して厲公を内るると雖も、厲公終に背きて之を殺す」と。
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史記 晋世家太史公曰く、「晉文公は、古の所謂明君なり。亡げて外に居ること十九年、困約に至る。即位して行賞するに及び、尚ほ介子推を忘る、況んや驕主をや。故に君道の其の臣下を御する、固より易からざるかな」と。
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史記 韓信盧綰列伝太史公曰く、「韓信・盧綰は素より徳を積み善を累ぬるの世に非ず、一時の権変を徼め、詐力を以て功を成し、漢の初めて定まるに遭ふ、故に地を列するを得、南面して孤と称す。内に彊大を疑はれ、外に蛮貊に倚りて以て援と為す、是を以て日に疏んぜられて自ら危ふく、事窮まり智困しみ、卒に匈奴に赴く、豈に哀しからずや。陳豨、其の少き時数々魏公子を慕ふと称す。将軍として辺を守るに及び、賓客を招致して士に下り、名声実に過ぐ。周昌之を疑ひ、疵瑕頗る起こり、禍の身に及ばんことを懼れ、邪人説を進め、遂に無道に陥る。於戯悲しいかな。夫れ計の生孰は、人に成敗するや深し」と。
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史記 屈原賈生列伝太史公曰く、「余、離騒・天問・招魂・哀郢を読み、其の志を悲しむ。長沙に適き、屈原の自沈する所の淵を観て、未だ嘗て涕を垂れずんばあらず、其の為人を想見す。賈生の之を弔ふを見るに及びて、又屈原の彼の其の材を以て、諸侯に游ばば、何の国か容れざらん、而も自ら是くの若くならしむるを怪しむ。服烏の賦を読み、死生を同じくし去就を軽んずるに、又爽然として自失す」と。
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史記 汲鄭列伝太史公曰く、汲・鄭の賢を以てすら、勢有れば則ち賓客十倍し、勢無ければ則ち否、況んや衆人をや。下邽の翟公言へる有り、始め翟公廷尉為るや、賓客門に闐つ。廃せらるるに及び、門外雀羅を設く可し。翟公復た廷尉と為るや、賓客往かんと欲す、翟公乃ち其の門に署して曰く、「一死一生、乃ち交情を知る。一貧一富、乃ち交態を知る。一貴一賤、交情乃ち見はる」と。汲・鄭も亦た云ふ、悲しいかな。
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