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史記 / 平準書

以為天用莫如龍,地用莫如馬,人用莫如龜,故白金三品:其一曰重八兩,圜之,其文龍,名曰「白選」,直三千;二曰以重差小,方之,其文馬,直五百;三曰復小,撱之,其文龜,直三百。令縣官銷半兩錢,更鑄三銖錢,文如其重。盜鑄諸金錢罪皆死,而吏民之盜鑄白金者不可勝數。於是以東郭咸陽、孔僅為大農丞,領鹽鐵事;桑弘羊以計算用事,侍中。咸陽,齊之大煮鹽,孔僅,南陽大冶,皆致生累千金,故鄭當時進言之。弘羊,雒陽賈人子,以心計,年十三侍中。故三人言利事析秋豪矣。法既益嚴,吏多廢免。兵革數動,民多買復及五大夫,徵發之士益鮮。於是除千夫五大夫為吏,不欲者出馬;故吏皆適令伐棘上林,作昆明池。其明年,大將軍、驃騎大出擊胡,得首虜八九萬級,賞賜五十萬金,漢軍馬死者十餘萬匹,轉漕車甲之費不與焉。是時財匱,戰士頗不得祿矣。有司言三銖錢輕,易姦詐,乃更請諸郡國鑄五銖錢,周郭其下,令不可磨取鋊焉。大農上鹽鐵丞孔僅、咸陽言:「山海,天地之藏也,皆宜屬少府,陛下不私,以屬大農佐賦。願募民自給費,因官器作煮鹽,官與牢盆。浮食奇民欲擅管山海之貨,以致富羨,役利細民。其沮事之議,不可勝聽。

新字:以為天用莫如竜,地用莫如馬,人用莫如亀,故白金三品:其一曰重八両,圜之,其文竜,名曰「白選」,直三千;二曰以重差小,方之,其文馬,直五百;三曰復小,撱之,其文亀,直三百。令県官銷半両銭,更鋳三銖銭,文如其重。盗鋳諸金銭罪皆死,而吏民之盗鋳白金者不可勝数。於是以東郭咸陽、孔僅為大農丞,領塩鉄事;桑弘羊以計算用事,侍中。咸陽,斉之大煮塩,孔僅,南陽大冶,皆致生累千金,故鄭当時進言之。弘羊,雒陽賈人子,以心計,年十三侍中。故三人言利事析秋豪矣。法既益厳,吏多廃免。兵革数動,民多買復及五大夫,徴発之士益鮮。於是除千夫五大夫為吏,不欲者出馬;故吏皆適令伐棘上林,作昆明池。其明年,大将軍、驃騎大出撃胡,得首虜八九万級,賞賜五十万金,漢軍馬死者十余万匹,転漕車甲之費不与焉。是時財匱,戦士頗不得禄矣。有司言三銖銭軽,易姦詐,乃更請諸郡国鋳五銖銭,周郭其下,令不可磨取鋊焉。大農上塩鉄丞孔僅、咸陽言:「山海,天地之蔵也,皆宜属少府,陛下不私,以属大農佐賦。願募民自給費,因官器作煮塩,官与牢盆。浮食奇民欲擅管山海之貨,以致富羨,役利細民。其沮事之議,不可勝聴。

書き下し

以為へらく天の用は龍に如くは莫く、地の用は馬に如くは莫く、人の用は亀に如くは莫しと。故に白金三品。其の一を重さ八両と曰ひ、之を圜にし、其の文は龍、名づけて「白選」と曰ひ、直三千。二を重さの差小なるを以てと曰ひ、之を方にし、其の文は馬、直五百。三を復た小にすと曰ひ、之を撱にし、其の文は亀、直三百。県官をして半両銭を銷かしめ、更めて三銖銭を鋳る。文は其の重さの如し。諸々の金銭を盗鋳する罪は皆死。而して吏民の白金を盗鋳する者、勝げて数ふ可からず。是に於て東郭咸陽・孔僅を以て大農丞と為し、塩鉄の事を領せしむ。桑弘羊は計算を以て事を用ひ、侍中たり。咸陽は斉の大煮塩、孔僅は南陽の大冶にして、皆生を致すこと千金を累ぬ。故に鄭当時之を進言す。弘羊は雒陽の賈人の子にして、心計を以て、年十三にして侍中たり。故に三人の利事を言ふこと秋豪を析つ。法既に益々厳しく、吏多く廃免せらる。兵革数々動き、民多く復及び五大夫を買ひ、徴発の士益々鮮し。是に於て千夫・五大夫を除して吏と為し、欲せざる者は馬を出さしむ。故吏は皆適せられて上林に棘を伐り、昆明池を作らしめらる。其の明年、大将軍・驃騎大いに出でて胡を撃ち、首虜八九万級を得たり。賞賜は五十万金、漢軍の馬の死する者十余万匹、転漕・車甲の費は与らず。是の時財匱しく、戦士頗る禄を得ず。有司言ふ、三銖銭は軽く、姦詐し易しと。乃ち更めて諸郡国に請ひて五銖銭を鋳しめ、其の下を周郭して、磨きて鋊を取る可からざらしむ。大農、塩鉄丞孔僅・咸陽の言を上る、「山海は天地の蔵なり。皆宜しく少府に属すべし。陛下私せず、以て大農に属して賦を佐けしむ。願はくは民の自ら費を給する者を募り、官器に因りて作りて塩を煮しめ、官は牢盆を与へん。浮食の奇民、山海の貨を擅管して、以て富羨を致し、細民を役利せんと欲す。其の事を沮むの議は、勝げて聴く可からず。

現代語訳

天で用いるものとしては龍に及ぶものはなく、地で用いるものとしては馬に及ぶものはなく、人が用いるものとしては亀に及ぶものはないと考えた。そこで白金を三種類とした。第一は重さ八両で丸い形とし、模様は龍で、「白選」と名づけ、価値は三千銭とした。第二は重さを少し減らして四角い形とし、模様は馬で、価値は五百銭とした。第三はさらに小さくして楕円形とし、模様は亀で、価値は三百銭とした。県の役所に半両銭を溶かさせ、改めて三銖銭を鋳造させた。銭の文字はその重さのとおりとした。金銭を私鋳する罪はすべて死刑としたが、役人や民で白金を私鋳する者は数えきれなかった。そこで東郭咸陽(とうかくかんよう)と孔僅(こうきん)を大農丞に任じ、塩と鉄の事業を管轄させた。桑弘羊(そうこうよう)は計算の才で用いられ、侍中となった。東郭咸陽は斉の大製塩業者、孔僅は南陽の大製鉄業者で、どちらも千金を重ねる財産を築いていたので、鄭当時が二人を推薦したのである。桑弘羊は雒陽の商人の子で、暗算に優れ、十三歳で侍中となった。そのため三人が利益の事業を論じるときは、秋に生え替わった獣の細い毛を裂くほど細かかった。法はますます厳しくなり、役人の多くが罷免された。戦争がたびたび起こり、民の多くは労役免除の権利や五大夫の爵位を買ったので、徴発できる兵士はますます少なくなった。そこで千夫や五大夫の爵位を持つ者を役人に任命し、それを望まない者には馬を差し出させた。もとの役人たちはみな罰として上林苑でいばらを刈らせ、昆明池を掘らせた。その翌年、大将軍(衛青)と驃騎将軍(霍去病)が大挙して出撃して匈奴を攻め、首級と捕虜八、九万を得た。恩賞は五十万金に上り、漢軍の馬で死んだものは十万匹余り、物資の輸送や車・鎧の費用はこれに含まれない。このころ財政は窮乏し、戦士の多くは俸禄を受けられなかった。役人が、三銖銭は軽くて偽造しやすいと言った。そこで改めて郡や国に五銖銭を鋳造させることにし、銭の縁を盛り上げて、削って銅の粉を取ることができないようにした。大農は塩鉄丞の孔僅と東郭咸陽の言葉を上奏した。「山と海は天地の蔵である。本来すべて少府(帝室財政)に属すべきものだが、陛下は私物化せず、大農(国家財政)に属させて税収を助けさせておられる。どうか民の中から自ら費用を負担する者を募り、官の器具を使わせて塩を煮させ、官は塩を煮る鍋を貸し与えることにしたい。ところが定職のない怪しげな民が、山と海の産物を独占して巨富を築き、貧しい民を使役して利益を上げようとしている。この事業を妨げようとする議論は、とても聞き入れるわけにはいかない。

解説

財政の立て直しのために、武帝は二つの大改革に踏み切ります。一つは通貨で、龍・馬・亀の模様の白金三種を発行し、半両銭を三銖銭、さらに削り取りのできない五銖銭へと改めました。五銖銭はその後七百年以上も使われ続ける、中国史上屈指の長命な通貨になります。もう一つが塩と鉄の専売で、その担い手に選ばれたのが、製塩業者の東郭咸陽、製鉄業者の孔僅、商人の子で十三歳から侍中を務めた桑弘羊でした。司馬遷は、彼らが利益を論じるさまを「秋の獣の細い毛を裂くほど細かい」と表現しています。商人を抑える政策を商人出身者に担わせたのは合理的な人選でしたが、民間の利益を国家が吸い上げる仕組みの始まりでもありました。業界を規制するには、その業界を最も知る人材が必要になるものです。

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