史記 / 平準書
敢私鑄鐵器煮鹽者,釱左趾,沒入其器物。郡不出鐵者,置小鐵官,便屬在所縣。」使孔僅、東郭咸陽乘傳舉行天下鹽鐵,作官府,除故鹽鐵家富者為吏。吏道益雜,不選,而多賈人矣。商賈以幣之變,多積貨逐利。於是公卿言:「郡國頗被菑害,貧民無產業者,募徙廣饒之地。陛下損膳省用,出禁錢以振元元,寬貸賦,而民不齊出於南畝,商賈滋眾。貧者畜積無有,皆仰縣官。異時算軺車賈人緡錢皆有差,請算如故。諸賈人末作貰貸賣買,居邑稽諸物,及商以取利者,雖無市籍,各以其物自占,率緡錢二千而一算。諸作有租及鑄,率緡錢四千一算。非吏比者三老、北邊騎士,軺車以一算;商賈人軺車二算;船五丈以上一算。匿不自占,占不悉,戍邊一歲,沒入緡錢。有能告者,以其半畀之。賈人有市籍者,及其家屬,皆無得籍名田,以便農。敢犯令,沒入田僮。」天子乃思卜式之言,召拜式為中郎,爵左庶長,賜田十頃,布告天下,使明知之。初,卜式者,河南人也,以田畜為事。親死,式有少弟,弟壯,式脫身出分,獨取畜羊百餘,田宅財物盡予弟。式入山牧十餘歲,羊致千餘頭,買田宅。而其弟盡破其業,式輒復分予弟者數矣。
新字:敢私鋳鉄器煮塩者,釱左趾,没入其器物。郡不出鉄者,置小鉄官,便属在所県。」使孔僅、東郭咸陽乗伝舉行天下塩鉄,作官府,除故塩鉄家富者為吏。吏道益雑,不選,而多賈人矣。商賈以幣之変,多積貨逐利。於是公卿言:「郡国頗被菑害,貧民無産業者,募徙広饒之地。陛下損膳省用,出禁銭以振元元,寛貸賦,而民不斉出於南畝,商賈滋衆。貧者畜積無有,皆仰県官。異時算軺車賈人緡銭皆有差,請算如故。諸賈人末作貰貸売買,居邑稽諸物,及商以取利者,雖無市籍,各以其物自占,率緡銭二千而一算。諸作有租及鋳,率緡銭四千一算。非吏比者三老、北辺騎士,軺車以一算;商賈人軺車二算;船五丈以上一算。匿不自占,占不悉,戍辺一歳,没入緡銭。有能告者,以其半畀之。賈人有市籍者,及其家属,皆無得籍名田,以便農。敢犯令,没入田僮。」天子乃思卜式之言,召拝式為中郎,爵左庶長,賜田十頃,布告天下,使明知之。初,卜式者,河南人也,以田畜為事。親死,式有少弟,弟壮,式脱身出分,独取畜羊百余,田宅財物尽予弟。式入山牧十余歳,羊致千余頭,買田宅。而其弟尽破其業,式輒復分予弟者数矣。
書き下し
敢て私に鉄器を鋳て塩を煮る者は、左趾に釱し、其の器物を没入せん。郡の鉄を出さざる者は、小鉄官を置き、便ち在る所の県に属せしめん」と。孔僅・東郭咸陽をして伝に乗りて天下の塩鉄を挙げ行はしめ、官府を作り、故の塩鉄家の富める者を除して吏と為す。吏道益々雑にして、選ばれず、而して賈人多し。商賈、幣の変を以て、多く貨を積みて利を逐ふ。是に於て公卿言ふ、「郡国頗る菑害を被り、貧民の産業無き者は、募りて広饒の地に徙す。陛下膳を損じ用を省き、禁銭を出して以て元元を振ひ、賦を寛貸す。而るに民は斉しく南畝に出でず、商賈滋々衆し。貧しき者は畜積有る無く、皆県官に仰ぐ。異時、軺車・賈人の緡銭に算すること皆差有り。請ふ、算すること故の如くせん。諸々の賈人・末作の貰貸・売買し、邑に居りて諸物を稽め、及び商ひて以て利を取る者は、市籍無しと雖も、各々其の物を以て自ら占し、率ね緡銭二千にして一算とせん。諸々の作に租有る及び鋳するものは、率ね緡銭四千にして一算とせん。吏に比する者に非ざる三老・北辺の騎士は、軺車は一算を以てし、商賈人の軺車は二算、船の五丈以上は一算とせん。匿して自ら占せず、占して悉さざるものは、辺を戍ること一歳、緡銭を没入せん。能く告ぐる者有らば、其の半ばを以て之に畀へん。賈人の市籍有る者及び其の家属は、皆田を籍名するを得ること無からしめ、以て農を便にせん。敢て令を犯すものは、田僮を没入せん」と。天子乃ち卜式の言を思ひ、召して式を拝して中郎と為し、爵は左庶長、田十頃を賜ひ、天下に布告して、明らかに之を知らしむ。初め、卜式なる者は河南の人なり。田畜を以て事と為す。親死し、式に少弟有り。弟壮なるや、式は身を脱して出でて分れ、独り畜羊百余を取り、田宅・財物は尽く弟に予ふ。式は山に入りて牧すること十余歳、羊は千余頭に致り、田宅を買ふ。而るに其の弟は尽く其の業を破り、式は輒ち復た弟に分ち予ふること数々なり。
現代語訳
あえて私的に鉄器を鋳造したり塩を煮たりする者は、左足に鉄の足かせをはめ、その器物を没収する。鉄を産出しない郡には小さな鉄官を置き、所在地の県に属させる」。孔僅と東郭咸陽に駅伝の車に乗って全国を巡らせ、塩と鉄の専売を実施させ、役所を設け、もとの製塩・製鉄業者で富裕な者を役人に任命した。役人になる道はますます雑多になり、選抜も行われず、商人が多く役人になった。商人たちは貨幣制度の変更に乗じて、多くの物資を買い込んで利益を追った。そこで公卿たちは言った。「郡や国の多くが災害に遭い、生業のない貧民は募って広く豊かな土地に移住させた。陛下は食膳を減らし出費を切り詰め、帝室の銭を出して民を救い、税の取り立てを緩めておられる。それなのに民はそろって田畑に出て耕そうとせず、商人はますます増えている。貧しい者には蓄えがなく、みな県の役所を頼っている。以前は小型の馬車や商人の緡銭(びんせん、ひもに通した銭、転じて財産)に課税するのに、みな等級があった。どうか以前のように課税したい。あらゆる商人や商工業者で、掛け売り・貸し付け・売買をしたり、町に住んで物資を買いだめしたり、商売をして利益を得たりする者は、市籍(商人の登録)がなくても、それぞれ自分の財産を自己申告させ、おおよそ緡銭二千銭ごとに一算(百二十銭)を課税する。租税を納める手工業者や鋳造業者は、緡銭四千銭ごとに一算とする。役人に準じる身分ではない三老や北の辺境の騎士は、小型の馬車一台につき一算、商人の小型の馬車は二算、長さ五丈以上の船は一算とする。財産を隠して申告しない者や、申告に漏れがある者は、一年間辺境の守備につかせ、その緡銭を没収する。これを告発した者には、没収した財産の半分を与える。市籍を持つ商人とその家族は、みな自分の名義で田地を所有できないようにし、それによって農民の利益を守る。あえて命令に背く者は、田地と奴僕を没収する」。天子はそこで卜式(ぼくしょく)の言葉を思い出し、卜式を召し出して中郎に任じ、左庶長の爵位と田十頃を賜り、天下に布告して、このことをはっきりと知らせた。もともと卜式は河南の人で、農業と牧畜を生業としていた。両親が亡くなったとき、卜式には幼い弟がいた。弟が成人すると、卜式は身を引いて家を出て財産を分け、自分は羊百頭余りだけを取り、田地や家屋、財物はすべて弟に与えた。卜式は山に入って十年余り羊を飼い、羊は千頭余りに増え、田地と家屋を買った。ところがその弟は財産をすべて使い果たしてしまい、卜式はそのたびにまた弟に財産を分け与えることが何度もあった。
解説
関連する章句
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『塩鉄論』復古篇大夫曰く、故の扇水都尉彭祖寧に歸り、言えらく、『鹽・鐵の令品、令品甚だ明らかなり。卒徒は縣官に衣食し、鐵器を作鑄して、給用甚だ眾く、民に妨げ無し。而るに吏或いは良ならず、禁令行われず、故に民之を煩苦す』と。令の意は鹽・鐵を總一するは、獨り利入の為のみに非ず、將に以て本を建て末を抑え、朋黨を離し、淫侈を禁じ、幷兼の路を絕たんとするなり。古者、名山大澤は以て封ぜず、下の利を專らにするが為なり。山海の利、廣澤の畜えは、天地の藏なり、皆宜しく少府に屬すべきも、陛下は私せず、以て大司農に屬せしめ、以て百姓を佐助す。浮食奇民は、山海の貨を擅にせんと好欲し、以て富業を致し、細民を役利す、故に事を沮み議する者眾し。鐵器兵刃は、天下の大用なり、眾庶の宜しく事とすべき所に非ざるなり。往者、豪強大家は、山海の利を管するを得、鐵石を采り鼓鑄し、海を煮て鹽と為す。一家に眾を聚むること、或いは千餘人に至る、大抵は盡く放流の人民を收むるなり。遠く鄉里を去り、墳墓を棄て、大家に依倚し、深山窮澤の中に聚まり、奸偽の業を成し、朋黨の權を遂ぐ、其の輕がるしく非を為すこと亦た大なり。今者、賢を進むるの途を廣め、守尉を練り擇ぶ、鹽・鐵を去るを待たずして民を安んずるなり。
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史記 平準書是の時、漢方に数々将をして匈奴を撃たしむ。卜式上書し、家の半ばを県官に輸して辺を助けんことを願ふ。天子、使をして式に問はしむ、「官を欲するか」と。式曰く、「臣少くして牧し、仕宦に習はず、願はざるなり」と。使問ひて曰く、「家に豈に冤有りて、事を言はんと欲するか」と。式曰く、「臣生まれて人と分争無し。式の邑人の貧しき者は之に貸し、善からざる者は之を教へて順ならしむ。居る所の人皆式に従ふ。式何の故に人に冤せられん。言はんと欲する所無きなり」と。使者曰く、「苟くも此の如くんば、子は何を欲して然るや」と。式曰く、「天子匈奴を誅す。愚以為へらく、賢者は宜しく節に辺に死すべく、財有る者は宜しく輸委すべし。此の如くして匈奴滅す可きなり」と。使者、具さに其の言を入りて以聞す。天子以て丞相弘に語る。弘曰く、「此れ人情に非ず。不軌の臣は、以て化を為して法を乱す可からず。願はくは陛下許す勿かれ」と。是に於て上久しく式に報ぜず。数歳にして、乃ち式を罷む。式帰りて、復た田牧す。歳余にして、会々軍数々出で、渾邪王等降り、県官の費衆く、倉府空し。其の明年、貧民大いに徙り、皆県官に仰ぎ給するも、以て尽く贍す無し。卜式、銭二十万を持ちて河南の守に予へ、以て徙民に給す。河南、富人の貧人を助くる者の籍を上る。天子、卜式の名を見て之を識り、曰く「是れ固より前に其の家の半ばを輸して辺を助けんと欲せしものなり」と。乃ち式に外繇四百人を賜ふ。式又尽く復た県官に予ふ。是の時、富豪皆争ひて財を匿し、唯式のみ尤も之を輸して費を助けんと欲す。天子是に於て式を以て終に長者なりとし、故に尊顕して以て百姓を風す。初め、式は郎と為るを願はず。上曰く、「吾、羊を上林の中に有す。子をして之を牧せしめんと欲す」と。式乃ち拝して郎と為り、布衣屩にして羊を牧す。歳余にして、羊肥え息す。上過ぎて其の羊を見て、之を善しとす。式曰く、「独り羊のみに非ざるなり、民を治むるも亦猶ほ是のごとし。時を以て起居せしめ、悪しき者は輒ち斥け去りて、群を敗らしむる毋し」と。
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史記 平準書天子既に緡銭の令を下して卜式を尊ぶも、百姓終に財を分ちて県官を佐くる莫し。是に於て告緡銭縦まる。郡国多く姦もて銭を鋳、銭多く軽し。而して公卿請ひて京師をして鍾官の赤側を鋳しめ、一を五に当て、賦・官用は赤側に非ざれば行ふを得ざらしむ。白金稍く賤しく、民宝として用ひず。県官、令を以て之を禁ずるも、益無し。歳余にして、白金終に廃れて行はれず。是の歳や、張湯死して民思はず。其の後二歳、赤側銭賤しく、民巧みに法もて之を用ひ、便ならず、又廃る。是に於て悉く郡国に禁じて銭を鋳る無からしめ、専ら上林の三官をして鋳しむ。銭既に多く、而して天下をして三官の銭に非ざれば行ふを得ざらしめ、諸々の郡国の前に鋳る所の銭は皆廃して銷し、其の銅を三官に輸す。而して民の銭を鋳る者益々少なし。其の費を計るに相当る能はず、唯真工・大姦のみ乃ち盗みて之を為す。卜式斉に相たり、而して楊可の告緡天下に遍く、中家以上大抵皆告に遇ふ。杜周之を治め、獄の反る者少なし。乃ち御史・廷尉の正監を分ち遣はして曹を分ちて往かしめ、即ち郡国の緡銭を治め、民の財物を得ること億を以て計へ、奴婢は千万を以て数ふ。田は大県に数百頃、小県に百余頃、宅も亦之の如し。是に於て商賈の中家以上大率破れ、民は甘食好衣を偷み、畜蔵の産業を事とせず。而して県官は塩鉄・緡銭の故有りて、用益々饒かなり。益々関を広め、左右の輔を置く。初め、大農の塩鉄を筦して官布多し。水衡を置き、以て塩鉄を主らしめんと欲す。楊可の緡銭を告ぐるに及び、上林の財物衆く、乃ち水衡をして上林を主らしむ。上林既に充満し、益々広む。是の時、越、漢と船を用ひて戦逐せんと欲す。乃ち大いに昆明池を修め、列観之を環る。楼船を治め、高さ十余丈、旗幟其の上に加へ、甚だ壮なり。是に於て天子之に感じ、乃ち柏梁台を作る、高さ数十丈。
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史記 平準書而して初郡時時に小しく反し、吏を殺す。漢、南方の吏卒を発して往きて之を誅すること、間歳に万余人、費皆大農に仰ぎ給す。大農は均輸を以て塩鉄を調へ賦を助く、故に能く之を贍す。然れども兵の過ぐる所の県は、為に訾を以て給して乏しき毋きのみにして、敢て擅賦の法を言はず。其の明年、元封元年、卜式、秩を貶されて太子太傅と為る。而して桑弘羊、治粟都尉と為り、大農を領し、尽く僅に代りて天下の塩鉄を筦す。弘羊、諸官の各々自ら市ひ、相与に争ひ、物故に騰躍し、而して天下の賦輸或いは其の僦費を償はざるを以て、乃ち請ひて大農部丞数十人を置き、部を分ちて郡国を主らしめ、各々往往にして県に均輸塩鉄官を置き、遠方をして各々其の物の貴き時に商賈の転販する所の者を以て賦と為さしめ、而して相灌輸せしむ。平準を京師に置き、都て天下の委輸を受く。工官を召して車の諸器を治めしめ、皆大農に仰ぎ給す。大農の諸官は尽く天下の貨物を籠め、貴ければ即ち之を売り、賤しければ則ち之を買ふ。此の如くせば、富商大賈は大利を牟る所無く、則ち本に反り、而して万物騰踴するを得ず。故に天下の物を抑へ、名づけて「平準」と曰ふ。天子以て然りと為し、之を許す。是に於て天子北のかた朔方に至り、東のかた太山に到り、海上を巡り、北辺に并ひて以て帰る。過ぐる所の賞賜、帛百余万匹を用ひ、銭金は巨万を以て計へ、皆足を大農に取る。弘羊又請ひて、吏をして粟を入れて官に補し、及び罪人の罪を贖ふを得しむ。民の能く粟を甘泉に入るる者は各々差有り、以て終身を復し、告緡せざらしむ。他の郡は各々急なる処に輸し、而して諸農は各々粟を致す。山東の漕、歳ごとに六百万石を益す。一歳の中に、太倉・甘泉倉満つ。辺の余穀、諸物の均輸の帛は五百万匹。民は賦を益さずして天下の用饒かなり。是に於て弘羊に爵左庶長、黄金再び百斤を賜ふ。
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『塩鉄論』水旱篇賢良曰く、卒徒工匠とや。故に民の租を占めて鼓鑄し、鹽を煮るを得し時、鹽は五穀と賈を同じくし、器は和利にして用に中れり。今、縣官の鐵器を作るや、多く苦惡にして、用費省かれず、卒徒煩わしくして力作盡くさず。家人相い一にし、父子力を戮せ、各々善器を為るを務め、器の善からざる者は集まらず。農事急なれば、挽運して之を阡陌の間に衍く。民相い與に市買し、財貨・五穀・新幣を以て貨に易うるを得、或いは時に民に貰し、作業を棄てず。田器を置くに、各々欲する所を得たり。更繇は省約にして、縣官は徒を以て復た作りて道橋諸發を繕治す、民之を便とせり。今、其の原を總べ、其の賈を壹にすれば、器多く堅くして、善惡擇ぶ所無し。吏數しば在らず、器得難し。家人多く儲うる能わず、多く儲うれば則ち鎮生ず。膏腴の日を棄てて、遠く田器を市れば、則ち良時に後る。鹽・鐵の賈貴くして、百姓便ならず。貧民は或いは木もて耕し手もて耨り、土耰して淡食す。鐵官は器を賣るも售れず、或いは頗る民に賦與す。卒徒作りて呈に中らず、時に命じて之を助けしむ。發征限り無く、更繇以て劇を均しくす、故に百姓之に疾苦す。古者、千室の邑、百乘の家、陶冶工商、四民の求め、以て相い更うるに足れり。故に農民は畦畝を離れずして田器に足り、工人は斬伐せずして材木に足り、陶冶は田を耕さずして粟米に足る、百姓各々其の便を得て、上は事無し。是を以て王者は本を務めて末を作さず、炫耀を去り、雕琢を除き、民を湛うるに禮を以てし、民に示すに樸を以てす、是を以て百姓は本を務めて末に營まず。
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史記 平準書是に於て天子、山東の贍らざるが為に、天下の囚を赦し、南方の楼船の卒二十余万人に因りて南越を撃ち、数万人は三河以西の騎を発して西羌を撃ち、又数万人は河を度りて令居を築く。初めて張掖・酒泉郡を置き、而して上郡・朔方・西河・河西に田官を開き、斥塞の卒六十万人をして戍りて之に田せしむ。中国は道を繕ひ糧を餽ること、遠き者は三千、近き者は千余里、皆大農に仰ぎ給す。辺兵足らず、乃ち武庫・工官の兵器を発して以て之を贍す。車騎の馬乏絶し、県官銭少なく、馬を買ふも得難し。乃ち令を著し、封君以下三百石以上の吏に至るまで、差を以て牝馬を天下の亭に出さしむ。亭に畜牸馬有り、歳ごとに息を課す。斉の相卜式上書して曰く、「臣聞く、主憂ふれば臣辱めらると。南越反す。臣願はくは父子、斉の船に習ふ者と往きて之に死せん」と。天子詔を下して曰く、「卜式は躬ら耕牧すと雖も、以て利と為さず、余り有れば輒ち県官の用を助く。今天下不幸にして急有り、而して式奮ひて父子之に死せんことを願ふ。未だ戦はずと雖も、義内に形はると謂ふ可し。爵関内侯、金六十斤、田十頃を賜へ」と。天下に布告するも、天下応ずる莫し。列侯百を以て数ふるも、皆軍に従ひて羌・越を撃たんことを求むる莫し。酎に至りて、少府金を省し、而して列侯の酎金に坐して侯を失ふ者百余人。乃ち式を拝して御史大夫と為す。式既に位に在り、郡国の多く県官の塩鉄を作るを便とせず、鉄器苦悪にして、賈貴く、或いは彊ひて民をして之を売買せしむるを見る。而して船に算有り、商ふ者少なく、物貴し。乃ち孔僅に因りて船算の事を言ふ。上是に由りて卜式を悦ばず。漢、兵を連ぬること三歳、羌を誅し、南越を滅す。番禺以西、蜀の南に至るまで、初郡十七を置き、且つ其の故俗を以て治め、賦税する毋し。南陽・漢中以往の郡は、各々地の比するを以て初郡の吏卒の奉食・幣物、伝車馬の被具を給す。
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