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史記 / 暦書

大餘六,小餘二百四十六;大餘二十,小餘八;端蒙單閼永光元年。閏十三無大餘,小餘五百九十四;大餘二十五,小餘十六;游兆執徐二年。大餘二十四,小餘五百一;大餘三十,小餘二十四;彊梧大荒落三年。大餘十八,小餘八百四十九;大餘三十六,無小餘;徒維敦牂四年。閏十三大餘十三,小餘二百五十七;大餘四十一,小餘八;祝犁協洽五年。大餘三十七,小餘一百六十四;大餘四十六,小餘十六;商橫涒灘建昭元年。閏十三大餘三十一,小餘五百一十二;大餘五十一,小餘二十四;昭陽作噩二年。大餘五十五,小餘四百一十九;大餘五十七,無小餘;橫艾閹茂三年。大餘四十九,小餘七百六十七;大餘二,小餘八;尚章大淵獻四年。閏十三大餘四十四,小餘一百七十五;大餘七,小餘十六;焉逢困敦五年。大餘八,小餘八十二;大餘十二,小餘二十四;端蒙赤奮若竟寧元年。大餘二,小餘四百三十;大餘十八,無小餘;游兆攝提格建始元年。閏十三大餘五十六,小餘七百七十八;大餘二十三,小餘八;彊梧單閼二年。大餘二十,小餘六百八十五;大餘二十八,小餘十六;徒維執徐三年。

新字:大余六,小余二百四十六;大余二十,小余八;端蒙単閼永光元年。閏十三無大余,小余五百九十四;大余二十五,小余十六;游兆執徐二年。大余二十四,小余五百一;大余三十,小余二十四;彊梧大荒落三年。大余十八,小余八百四十九;大余三十六,無小余;徒維敦牂四年。閏十三大余十三,小余二百五十七;大余四十一,小余八;祝犁協洽五年。大余三十七,小余一百六十四;大余四十六,小余十六;商横涒灘建昭元年。閏十三大余三十一,小余五百一十二;大余五十一,小余二十四;昭陽作噩二年。大余五十五,小余四百一十九;大余五十七,無小余;横艾閹茂三年。大余四十九,小余七百六十七;大余二,小余八;尚章大淵献四年。閏十三大余四十四,小余一百七十五;大余七,小余十六;焉逢困敦五年。大余八,小余八十二;大余十二,小余二十四;端蒙赤奮若竟寧元年。大余二,小余四百三十;大余十八,無小余;游兆摂提格建始元年。閏十三大余五十六,小余七百七十八;大余二十三,小余八;彊梧単閼二年。大余二十,小余六百八十五;大余二十八,小余十六;徒維執徐三年。

書き下し

大余は六、小余は二百四十六。大余は二十、小余は八。端蒙単閼、永光元年。閏十三。大余無し、小余は五百九十四。大余は二十五、小余は十六。游兆執徐、二年。大余は二十四、小余は五百一。大余は三十、小余は二十四。彊梧大荒落、三年。大余は十八、小余は八百四十九。大余は三十六、小余無し。徒維敦牂、四年。閏十三。大余は十三、小余は二百五十七。大余は四十一、小余は八。祝犁協洽、五年。大余は三十七、小余は一百六十四。大余は四十六、小余は十六。商横涒灘、建昭元年。閏十三。大余は三十一、小余は五百一十二。大余は五十一、小余は二十四。昭陽作噩、二年。大余は五十五、小余は四百一十九。大余は五十七、小余無し。横艾閹茂、三年。大余は四十九、小余は七百六十七。大余は二、小余は八。尚章大淵献、四年。閏十三。大余は四十四、小余は一百七十五。大余は七、小余は十六。焉逢困敦、五年。大余は八、小余は八十二。大余は十二、小余は二十四。端蒙赤奮若、竟寧元年。大余は二、小余は四百三十。大余は十八、小余無し。游兆摂提格、建始元年。閏十三。大余は五十六、小余は七百七十八。大余は二十三、小余は八。彊梧単閼、二年。大余は二十、小余は六百八十五。大余は二十八、小余は十六。徒維執徐、三年。

現代語訳

十一月朔日(天正)の大余は六、小余は二百四十六。冬至の大余は二十、小余は八。端蒙単閼の年、永光元年である。この年は閏月があり十三か月。十一月朔日(天正)の大余はなし、小余は五百九十四。冬至の大余は二十五、小余は十六。游兆執徐の年、永光二年である。十一月朔日(天正)の大余は二十四、小余は五百一。冬至の大余は三十、小余は二十四。彊梧大荒落の年、永光三年である。十一月朔日(天正)の大余は十八、小余は八百四十九。冬至の大余は三十六、小余はなし。徒維敦牂の年、永光四年である。この年は閏月があり十三か月。十一月朔日(天正)の大余は十三、小余は二百五十七。冬至の大余は四十一、小余は八。祝犁協洽の年、永光五年である。十一月朔日(天正)の大余は三十七、小余は一百六十四。冬至の大余は四十六、小余は十六。商横涒灘の年、建昭元年である。この年は閏月があり十三か月。十一月朔日(天正)の大余は三十一、小余は五百一十二。冬至の大余は五十一、小余は二十四。昭陽作噩の年、建昭二年である。十一月朔日(天正)の大余は五十五、小余は四百一十九。冬至の大余は五十七、小余はなし。横艾閹茂の年、建昭三年である。十一月朔日(天正)の大余は四十九、小余は七百六十七。冬至の大余は二、小余は八。尚章大淵献の年、建昭四年である。この年は閏月があり十三か月。十一月朔日(天正)の大余は四十四、小余は一百七十五。冬至の大余は七、小余は十六。焉逢困敦の年、建昭五年である。十一月朔日(天正)の大余は八、小余は八十二。冬至の大余は十二、小余は二十四。端蒙赤奮若の年、竟寧元年である。十一月朔日(天正)の大余は二、小余は四百三十。冬至の大余は十八、小余はなし。游兆摂提格の年、建始元年である。この年は閏月があり十三か月。十一月朔日(天正)の大余は五十六、小余は七百七十八。冬至の大余は二十三、小余は八。彊梧単閼の年、建始二年である。十一月朔日(天正)の大余は二十、小余は六百八十五。冬至の大余は二十八、小余は十六。徒維執徐の年、建始三年である。

解説

暦術甲子篇の続きで、元帝の永光元年から成帝の建始三年までの数値です。永光・建昭・竟寧と元帝の元号が続き、建始元年から成帝の代に入ります。各年について十一月朔日の大余・小余と冬至の大余・小余を記す形は変わりません。永光二年の朔日の大余が「なし」とあるのは、大余が六十に達して一巡し、ちょうど甲子の日に戻ったことを表しています。閏月のある年は永光二年、永光五年、建昭二年などに見えます。太初元年から数えて七十年以上にわたり、同じ計算がずれることなく続けられていることになります。こうした長期の表を眺めると、暦が王朝の権威を示すだけでなく、農業や祭祀を支える実務の道具であったことがよく分かります。長く続く仕組みは、地味でも毎年正確に回り続けるものです。

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