呻吟語 / 内篇・修身・本然底の分量を滿たす
平日讀書,惟有做官是展布時。將窮居所見聞及生平所欲為者一一試嘗之,須是所理之政事各得其宜,所治之人物各得其所,才是滿了本然底分量。
新字:平日読書,惟有做官是展布時。将窮居所見聞及生平所欲為者一一試嘗之,須是所理之政事各得其宜,所治之人物各得其所,才是満了本然底分量。
書き下し
平日書を讀むは、惟だ官を做すのみ是れ展布の時なり。窮居の見聞する所及び生平為さんと欲する所を將て一一之を試嘗す。須らく是れ理むる所の政事は各おの其の宜しきを得、治むる所の人物は各おの其の所を得べし。才かに是れ本然底の分量を滿たすなり。
現代語訳
日ごろ本を読むのは、役に就いて初めて広げる時が来ます。貧しく暮らしていた時に見聞きしたことや、かねてやりたいと思っていたことを、一つ一つ試してみる。扱う政務はそれぞれ適切さを得、治める人々はそれぞれの居場所を得る。そこでようやく、もともとの分量を満たしたことになります。
解説
読書と実務を、貯める段と使う段として結びます。窮していた時に見聞きしたことこそが元手だという点が肝で、順境だけを歩いた人にはこの元手がありません。そして満たしたと言える基準が示されていて、政務が適切さを得て、人がそれぞれの居場所を得ること。自分の達成ではなく、周りの収まり方で測られています。前に出てきた、受け取るものが働きを上回るなという段とも通じます。
この章句が説くこと
読書実務元手職責達成
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