史記 / 礼書
步驟馳騁廣騖不外,是以君子之性守宮庭也。人域是域,士君子也。外是,民也。於是中焉,房皇周浹,曲直得其次序,聖人也。故厚者,禮之積也;大者,禮之廣也;高者,禮之隆也;明者,禮之盡也。
新字:歩驟馳騁広騖不外,是以君子之性守宮庭也。人域是域,士君子也。外是,民也。於是中焉,房皇周浹,曲直得其次序,聖人也。故厚者,礼之積也;大者,礼之広也;高者,礼之隆也;明者,礼之尽也。
書き下し
歩驟馳騁広騖するも外れず、是を以て君子の性は宮庭を守るなり。人域是れ域とするは、士君子なり。是に外るるは、民なり。是に於いて中し、房皇周浹し、曲直其の次序を得るは、聖人なり。故に厚きとは、礼の積なり。大なるとは、礼の広なり。高きとは、礼の隆なり。明らかなるとは、礼の尽なり。
現代語訳
歩いても速足でも、馬を走らせても広く駆けめぐっても(礼の枠の)外へ出ない。だから君子の本性は、宮殿の庭(礼の囲い)を守るのである。人がこの領域を自分の領域とするのが士君子であり、その外に出るのが一般の民である。この中にあって、あちこち歩きまわってもすみずみまで行き届き、曲がったものもまっすぐなものもそれぞれ順序を得ているのが聖人である。だから厚さとは礼の積み重ねであり、大きさとは礼の広がりであり、高さとは礼の盛んさであり、明らかさとは礼を尽くすことである。
解説
「礼書」の結びの一節で、これも『荀子』礼論篇の末尾にあたります。どれほど速く、どれほど広く駆けまわっても礼の枠から外れないのが君子の本性であり、その枠を自分の居場所とするのが士君子、外に出てしまうのが一般の民、枠の中で自在に動いてすべてを順序立てるのが聖人だと、人を三つの段階に分けています。最後に、人の厚み・大きさ・高さ・明るさは、すべて礼を積み重ね、広げ、高め、尽くすことから生まれると締めくくります。規範は窮屈な柵のように思われがちですが、それを身につけた人はむしろ自由に動けるという逆説がここにあります。基本の型を体にしみこませた職人が、その型の中で最も自在に仕事をするのと同じ理屈でしょう。
関連する章句
-
史記 礼書天地以て合し、日月以て明らかに、四時以て序し、星辰以て行き、江河以て流れ、万物以て昌え、好悪以て節あり、喜怒以て当たる。以て下と為れば則ち順に、以て上と為れば則ち明らかなり。太史公曰く、至れるかな。隆を立てて以て極と為し、而して天下之を能く益損する莫し。本末相順ひ、終始相応じ、至文以て辨ずる有り、至察以て説く有り。天下之に従ふ者は治まり、従はざる者は乱る。之に従ふ者は安く、従はざる者は危ふし。小人は則る能はざるなり。礼の貌は誠に深し、堅白同異の察も、焉に入りて弱し。其の貌は誠に大なり、擅に典制を作る褊陋の説も、焉に入りて望む。其の貌は誠に高し、暴慢恣睢、俗を軽んじて以て高しと為すの属も、焉に入りて隊つ。故に縄誠に陳ぬれば、則ち欺くに曲直を以てすべからず。衡誠に県くれば、則ち欺くに軽重を以てすべからず。規矩誠に錯けば、則ち欺くに方員を以てすべからず。君子礼を審らかにすれば、則ち欺くに詐偽を以てすべからず。故に縄とは直の至りなり。衡とは平の至りなり。規矩とは方員の至りなり。礼とは人道の極なり。然り而して礼に法らざる者は礼に足らず、之を無方の民と謂ふ。礼に法り礼に足る、之を有方の士と謂ふ。礼の中に、能く思索する、之を能く慮ると謂ふ。能く慮りて易はらざる、之を能く固しと謂ふ。能く慮り能く固く、加ふるに之を好む、聖なり。天とは高の極なり。地とは下の極なり。日月とは明の極なり。無窮とは広大の極なり。聖人とは道の極なり。財物を以て用と為し、貴賤を以て文と為し、多少を以て異と為し、隆殺を以て要と為す。文貌繁く、情欲省くは、礼の隆なり。文貌省き、情欲繁きは、礼の殺なり。文貌情欲相内外表裏を為し、并び行はれて雑はるは、礼の中流なり。君子は上は其の隆を致し、下は其の殺を尽くし、而して中は其の中に処る。
-
荀子・礼論篇礼の理は誠に深し。「堅白」「同異」の察も焉に入りて溺る。其の理は誠に大なり、擅に典制を作る辟陋の説も焉に入りて喪ふ。其の理は誠に高し、暴慢恣睢、俗を軽んじて以て高しと為すの属も焉に入りて隊つ。故に縄墨誠に陳ぬれば、則ち曲直を以て欺くべからず。衡誠に県くれば、則ち軽重を以て欺くべからず。規矩誠に設くれば、則ち方円を以て欺くべからず。君子礼に審らかなれば、則ち詐偽を以て欺くべからず。故に縄なる者は直の至りなり、衡なる者は平の至りなり、規矩なる者は方円の至りなり、礼なる者は人道の極なり。然り而して礼に法らず、礼に足らざる、之を無方の民と謂ふ。礼に法り、礼に足る、之を有方の士と謂ふ。礼の中に於て能く思索する、之を能く慮ると謂ふ。礼の中に於て能く易へざる、之を能く固しと謂ふ。能く慮り、能く固く、加ふるに之を好む者あらば、斯れ聖人なり。故に天なる者は高きの極なり、地なる者は下きの極なり、無窮なる者は広きの極なり、聖人なる者は道の極なり。故に学ぶ者は、固より聖人たるを学ぶなり、特だ無方の民たるを学ぶに非ざるなり。
-
荀子・修身篇法を好みて行なうは、士なり。志を篤くして体するは、君子なり。斉明にして竭きざるは、聖人なり。人は法無ければ、則ち倀倀然たり。法有りて其の義を志らざれば、則ち渠渠然たり。法に依り、而して又た其の類を深くすれば、然る後に温温然たり。
-
荀子・儒効篇俗に従うを以て善と為し、貨財を以て宝と為し、生を養うを以て己が至道と為す、是れ民の徳なり。法を行うこと至って堅く、私欲を以て聞く所を乱さず。是くの如くんば、則ち勁士と謂うべし。法を行うこと至って堅く、其の聞く所を脩め正すを好み、以て其の情性を橋飾す。其の言は当たること多きも、未だ諭らかならず。其の行いは当たること多きも、未だ安からず。其の知慮は当たること多きも、未だ周密ならず。上は則ち能く其の隆ぶ所を大にし、下は則ち能く己に若かざる者を開き道く。是くの如くんば、則ち篤厚の君子と謂うべし。百王の法を脩むること、白黒を弁ずるがごとく、当時の変に応ずること、一二を数うるがごとく、礼を行い節に要りて之に安んずること、四枝を生ずるがごとく、時に要りて功を立つるの巧みなること、四時に詔ぐるがごとく、平正にして民を和するの善、億万の衆にして搏すること一人のごとし。是くの如くんば、則ち聖人と謂うべし。
-
荀子・礼論篇礼なる者は、財物を以て用と為し、貴賎を以て文と為し、多少を以て異と為し、隆殺を以て要と為す。文理繁くして、情用省くは、是れ礼の隆なり。文理省きて、情用繁きは、是れ礼の殺なり。文理と情用と相ひ内外表裏を為し、並び行はれて雑はるは、是れ礼の中流なり。故に君子は上は其の隆を致し、下は其の殺を尽くし、而して中は其の中に処る。歩驟馳騁厲鶩も、是を外れず。是れ君子の壇宇宮廷なり。人是れ有らば、士君子なり。是を外るれば、民なり。是の中に於て、方皇周挾し、曲さに其の次序を得るは、是れ聖人なり。故に厚き者は礼の積なり、大なる者は礼の広なり、高き者は礼の隆なり、明なる者は礼の尽なり。詩に曰く、礼儀卒く度あり、笑語卒く獲る、と。此れの謂ひなり。
-
荀子・君道篇請う問う、人の君たるは。曰く、礼を以て分施し、均遍にして偏せず。請う問う、人の臣たるは。曰く、礼を以て君に侍え、忠順にして懈らず。請う問う、人の父たるは。曰く、寛恵にして礼有り。請う問う、人の子たるは。曰く、敬愛にして文を致す。請う問う、人の兄たるは。曰く、慈愛にして友を見す。請う問う、人の弟たるは。曰く、敬詘にして苟くもせず。請う問う、人の夫たるは。曰く、功を致して流れず、臨を致して辨有り。請う問う、人の妻たるは。曰く、夫礼有れば則ち柔従して聴き侍え、夫礼無ければ則ち恐懼して自ら竦む。此の道や、偏り立てば乱れ、俱に立てば治まる、其れ以て稽うるに足る。請う問う、兼ね能くするは之を奈何せん。曰く、之を礼に審らかにするなり。古者先王は礼を審らかにして以て天下に方皇周浹し、動きて当たらざるは無し。故に君子は恭にして難からず、敬にして鞏ならず、貧窮にして約せず、富貴にして驕らず、並びに変態に遇いて窮せざるは、之を礼に審らかにすればなり。故に君子の礼に於けるや、敬して之に安んず。其の事に於けるや、径にして失わず。其の人に於けるや、怨み寡なく寛裕にして阿ること無し。其の身を為むるや、謹み修飾して危うからず。其の変故に応ずるや、斉給便捷にして惑わず。其の天地万物に於けるや、其の然る所以を説くを務めずして、善く其の材を用うるを致す。其の百官の事、伎芸の人に於けるや、之と能を争わずして、善く其の功を用うるを致す。其の上に待するや、忠順にして懈らず。其の下を使うや、均遍にして偏せず。其の交遊するや、類に縁りて義有り。其の郷里に居るや、容れて乱れず。是の故に窮すれば則ち必ず名有り、達すれば則ち必ず功有り、仁厚は兼ねて天下を覆いて閔えず、明達は天地を用い万変を理めて疑わず、血気和平、志意広大、行義は天地の間に塞つ、仁智の極みなり。夫れ是れを之れ聖人と謂う。之を礼に審らかにすればなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る