史記 / 周本紀
崇侯虎譖西伯於殷紂曰:「西伯積善累德,諸侯皆向之,將不利於帝。」帝紂乃囚西伯於羑里。閎夭之徒患之。乃求有莘氏美女,驪戎之文馬,有熊九駟,他奇怪物,因殷嬖臣費仲而獻之紂。紂大說,曰:「此一物足以釋西伯,況其多乎!」乃赦西伯,賜之弓矢斧鉞,使西伯得征伐。曰:「譖西伯者,崇侯虎也。」西伯乃獻洛西之地,以請紂去炮格之刑。紂許之。
新字:崇侯虎譖西伯於殷紂曰:「西伯積善累徳,諸侯皆向之,将不利於帝。」帝紂乃囚西伯於羑里。閎夭之徒患之。乃求有莘氏美女,驪戎之文馬,有熊九駟,他奇怪物,因殷嬖臣費仲而献之紂。紂大説,曰:「此一物足以釈西伯,況其多乎!」乃赦西伯,賜之弓矢斧鉞,使西伯得征伐。曰:「譖西伯者,崇侯虎也。」西伯乃献洛西之地,以請紂去炮格之刑。紂許之。
書き下し
崇侯虎西伯を殷の紂に譖して曰く、「西伯善を積み徳を累ね、諸侯皆之に向かふ。将に帝に不利ならんとす」と。帝紂乃ち西伯を羑里に囚ふ。閎夭の徒之を患ふ。乃ち有莘氏の美女、驪戎の文馬、有熊の九駟、他の奇怪の物を求め、殷の嬖臣費仲に因りて之を紂に献ず。紂大いに説びて、曰く、「此の一物以て西伯を釈すに足る、況んや其の多きをや」と。乃ち西伯を赦し、之に弓矢斧鉞を賜ひ、西伯をして征伐するを得しむ。曰く、「西伯を譖する者は、崇侯虎なり」と。西伯乃ち洛西の地を献じ、以て紂に炮格の刑を去らんことを請ふ。紂之を許す。
現代語訳
崇侯虎は殷の紂に西伯を讒言して言った。「西伯は善行を積み、徳を重ねて、諸侯はみな彼になびいている。いずれ帝にとって不利になろう。」帝紂はそこで西伯を羑里に閉じ込めた。閎夭らはこれを憂えた。そこで有莘氏の美女、驪戎の模様のある馬、有熊の四頭立ての馬車九組、その他の珍しい品々を探し求め、殷の寵臣の費仲を通じて紂に献上した。紂は大いに喜んで言った。「このうち一つだけでも西伯を釈放するのに十分だ。ましてこれほど多いのだから。」そこで西伯を赦し、弓矢と斧鉞を与えて、征伐する権限を与えた。そして言った。「西伯を讒言したのは崇侯虎だ。」西伯はそこで洛水の西の地を献上し、紂に炮格の刑を廃止するよう願い出た。紂はこれを許した。
解説
関連する章句
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史記 殷本紀帝紂資辨捷疾にして、聞見甚だ敏なり。材力人に過ぎ、手づから猛獣を格つ。知は以て諫を距ぐに足り、言は以て非を飾るに足る。人臣に矜るに能を以てし、天下に高ぶるに声を以てし、以為へらく皆己の下に出づと。酒を好み楽に淫し、婦人に嬖す。妲己を愛し、妲己の言是れ従ふ。是に於て師涓をして新淫の声、北里の舞、靡靡の楽を作らしむ。賦税を厚くして以て鹿台の銭を実たし、而して鉅橋の粟を盈たす。益狗馬奇物を収め、宮室に充仞す。益沙丘の苑台を広め、多く野獣蜚鳥を取りて其の中に置く。鬼神に慢る。大いに楽戯を沙丘に㝡め、酒を以て池と為し、肉を県けて林と為し、男女をして倮にして其の間に相逐はしめ、長夜の飲を為す。百姓怨望して諸侯畔く者有り。是に於て紂乃ち刑辟を重くし、炮格の法有り。西伯昌・九侯・鄂侯を以て三公と為す。九侯に好女有り、之を紂に入る。九侯の女淫を憙まず、紂怒りて之を殺し、而して九侯を醢にす。鄂侯之を争ふこと彊く、之を辨ずること疾し。并せて鄂侯を脯にす。西伯昌之を聞き、竊かに嘆ず。崇侯虎之を知り、以て紂に告ぐ。紂西伯を羑里に囚ふ。西伯の臣閎夭の徒、美女奇物善馬を求めて以て紂に献ず。紂乃ち西伯を赦す。西伯出でて洛西の地を献じ、以て炮格の刑を除かんことを請ふ。紂乃ち之を許し、弓矢斧鉞を賜ひ、征伐するを得しめ、西伯と為す。而して費中を用ゐて政を為さしむ。費中は諛を善くし、利を好む。殷人親しまず。紂又悪来を用ゐる。悪来は毀讒を善くし、諸侯此を以て益疏んず。西伯帰り、乃ち陰かに徳を修め善を行ふ。諸侯多く紂に叛きて往きて西伯に帰す。西伯滋大にして、紂是に由りて稍権重を失ふ。王子比干諫むるも、聴かず。商容は賢者にして、百姓之を愛す。紂之を廃す。
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『淮南子』道應訓文王 德を砥ぎ政を修め、三年にして天下の二垂 之に歸す。紂 聞きて之を患えて曰く、「余 夙に興き夜に寐ね、之と行いを競わば、則ち心を苦しめ形を勞す。縱にして之を置かば、余 一人を伐たんことを恐る」と。崇侯虎曰く、「周伯昌は仁義を行いて善く謀り、太子發は勇敢にして疑わず、中子旦は恭儉にして時を知る。若し之と從わば、則ち其の殃に堪えず。縱にして之を赦さば、身 必ず危亡せん。冠 弊ると雖も、必ず頭に加う。未だ成らざるに及びて、請う之を圖らん」と。屈商 乃ち文王を羑里に拘う。是に於いて散宜生 乃ち千金を以て天下の珍怪を求め、騶虞・鷄斯の乘、玄玉百工、大貝百朋、玄豹・黃羆・靑豻・白虎の文皮千合を得て、以て紂に獻ず。費仲に因りて通ず。紂 見て之を説び、乃ち其の身を免じ、牛を殺して之に賜う。文王 歸り、乃ち玉門を爲り、靈臺を築き、女童を相し、鐘鼓を撃ちて、以て紂の失を待つ。紂 之を聞きて曰く、「周伯昌 道を改め行いを易う。吾 憂い無し」と。乃ち炮烙を爲り、比干を剖き、孕婦を剔き、諫むる者を殺す。文王 乃ち其の謀を遂ぐ。故に老子曰く、「其の榮を知り、其の辱を守り、天下の穀と爲る」と。
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呂氏春秋・順民③文王、岐に處り紂に事う。冤侮せらるれども雅遜にして、朝夕必ず時にし、上貢必ず適し、祭祀必ず敬む。紂喜び、文王に命じて西伯と稱せしめ、之に千里の地を賜う。文王載拜稽首して辭して曰く、「願わくは民の為に炮烙の刑を去らんことを請う。」文王、千里の地を惡むに非ず。以て民の為に炮烙の刑を去らんことを請うは、必ず民心を得んと欲すればなり。民心を得れば則ち千里の地より賢る。故に曰く、文王は智なり、と。
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史記 周本紀明年、犬戎を伐つ。明年、密須を伐つ。明年、耆国を敗る。殷の祖伊之を聞き、懼れて、以て帝紂に告ぐ。紂曰く、「天命有らずや。是れ何をか能く為さん」と。明年、邘を伐つ。明年、崇侯虎を伐つ。而して豊邑を作り、岐下より徙りて豊に都す。明年、西伯崩じ、太子発立つ。是を武王と為す。西伯蓋し即位五十年。其の羑里に囚はるるや、蓋し易の八卦を益して六十四卦と為す。詩人西伯を道ふに、蓋し命を受けし年に王を称して虞・芮の訟を断ずと。後十年にして崩じ、謚して文王と為す。法度を改め、正朔を制す。古公を追尊して太王と為し、公季を王季と為す。蓋し王の瑞は太王より興る。武王即位し、太公望を師と為し、周公旦を輔と為し、召公・畢公の徒王を左右し、師として文王の緒業を修む。九年、武王上りて畢に祭る。東のかた兵を観し、盟津に至る。文王の木主を為り、載するに車を以てし、中軍とす。武王自ら太子発と称し、文王を奉じて以て伐つと言ひ、敢へて自ら専らにせず。乃ち司馬・司徒・司空・諸節に告ぐ、「斉栗せよ、信なるかな。予無知なれども、先祖に徳臣有るを以て、小子先功を受け、畢く賞罰を立て、以て其の功を定めん」と。遂に師を興す。師尚父号して曰く、「爾の衆庶を総べ、爾の舟楫を与にせよ。後れて至る者は斬らん」と。武王河を渡り、中流にして、白魚躍りて王の舟中に入る。武王俯して取りて以て祭る。既に渡るに、火有りて上より下に復り、王屋に至りて、流れて烏と為る。其の色赤く、其の声魄なりと云ふ。是の時、諸侯期せずして盟津に会する者八百諸侯。諸侯皆曰く、「紂伐つ可し」と。武王曰く、「女未だ天命を知らず、未だ可ならず」と。乃ち師を還して帰る。居ること二年、紂の昏乱暴虐滋甚だしく、王子比干を殺し、箕子を囚ふと聞く。太師疵・少師彊其の楽器を抱きて周に奔る。
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史記 殷本紀周の武王遂に紂の頭を斬り、之を大白旗に県く。妲己を殺す。箕子の囚を釈き、比干の墓を封じ、商容の閭を表す。紂の子武庚禄父を封じて、以て殷の祀を続がしめ、盤庚の政を修行せしむ。殷の民大いに説ぶ。是に於て周の武王天子と為る。其の後世帝号を貶して、号して王と為す。而して殷の後を封じて諸侯と為し、周に属せしむ。周の武王崩じ、武庚管叔・蔡叔と乱を作す。成王周公に命じて之を誅せしめ、而して微子を宋に立て、以て殷の後を続がしむ。太史公曰く、余頌を以て契の事を次で、成湯より以来は、書・詩に采る。契は子姓為り、其の後分封せられ、国を以て姓と為す。殷氏・来氏・宋氏・空桐氏・稚氏・北殷氏・目夷氏有り。孔子曰く、殷の路車を善しと為し、而して色は白を尚ぶと。
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