史記 / 五帝本紀
乃命羲、和,敬順昊天,數法日月星辰,敬授民時。分命羲仲,居郁夷,曰暘谷。敬道日出,便程東作。日中,星鳥,以殷中春。其民析,鳥獸字微。申命羲叔,居南交。便程南爲,敬致。日永,星火,以正中夏。其民因,鳥獸希革。申命和仲,居西土,曰昧谷。敬道日入,便程西成。夜中,星虛,以正中秋。其民夷易,鳥獸毛毨。申命和叔,居北方,曰幽都。便在伏物。日短,星昴,以正中冬。其民燠,鳥獸氄毛。歲三百六十六日,以閏月正四時。信飭百官,衆功皆興。
新字:乃命羲、和,敬順昊天,数法日月星辰,敬授民時。分命羲仲,居郁夷,曰暘谷。敬道日出,便程東作。日中,星鳥,以殷中春。其民析,鳥獣字微。申命羲叔,居南交。便程南為,敬致。日永,星火,以正中夏。其民因,鳥獣希革。申命和仲,居西土,曰昧谷。敬道日入,便程西成。夜中,星虚,以正中秋。其民夷易,鳥獣毛毨。申命和叔,居北方,曰幽都。便在伏物。日短,星昴,以正中冬。其民燠,鳥獣氄毛。歳三百六十六日,以閏月正四時。信飭百官,衆功皆興。
書き下し
乃ち羲・和に命じ、敬みて昊天に順ひ、日月星辰を数法し、敬みて民に時を授けしむ。分かちて羲仲に命じ、郁夷に居らしむ、暘谷と曰ふ。敬みて日の出づるを道き、東作を便程せしむ。日中にして星は鳥、以て中春を殷す。其の民は析れ、鳥獣は字微す。申ねて羲叔に命じ、南交に居らしむ。南為を便程し、敬みて致さしむ。日永くして星は火、以て中夏を正す。其の民は因り、鳥獣は希革す。申ねて和仲に命じ、西土に居らしむ、昧谷と曰ふ。敬みて日の入るを道き、西成を便程せしむ。夜中にして星は虚、以て中秋を正す。其の民は夷易し、鳥獣は毛毨す。申ねて和叔に命じ、北方に居らしむ、幽都と曰ふ。伏物を便在せしむ。日短くして星は昴、以て中冬を正す。其の民は燠し、鳥獣は氄毛す。歳は三百六十六日、閏月を以て四時を正す。信に百官を飭め、衆功皆興る。
現代語訳
(堯は)そこで羲氏と和氏に命じ、慎んで大いなる天に従い、日月星辰の運行を測って法とし、慎んで民に農事の季節を授けさせた。分けて羲仲に命じて東方の郁夷に住まわせた。そこを暘谷(ようこく、日の出る谷)という。慎んで日の出を迎え導き、春の耕作を順序立てさせた。昼と夜の長さが等しく、星は鳥(南方の星宿)が南中する日をもって仲春(春分)を定めた。この時、民は分かれて野に出て働き、鳥獣は交尾して子を産む。重ねて羲叔に命じて南方の南交に住まわせた。夏の農事を順序立て、慎んで成し遂げさせた。昼が最も長く、星は火(大火、さそり座のアンタレス)が南中する日をもって仲夏(夏至)を正した。この時、民はさらに高い所へ移って働き、鳥獣は毛が薄くなって皮があらわれる。重ねて和仲に命じて西方に住まわせた。そこを昧谷(まいこく、日の沈む谷)という。慎んで日の入りを送り、秋の収穫を順序立てさせた。昼と夜が等しく、星は虚(北方の星宿)が南中する日をもって仲秋(秋分)を正した。この時、民は平地に戻って安らぎ、鳥獣は毛が生えかわってつややかになる。重ねて和叔に命じて北方に住まわせた。そこを幽都という。冬に蓄える物の管理を順序立てさせた。昼が最も短く、星は昴(すばる)が南中する日をもって仲冬(冬至)を正した。この時、民は家の中で暖をとり、鳥獣は柔らかい毛がふさふさと生える。一年は三百六十六日とし、閏月を置いて四季のずれを正した。こうして百官を誠実に戒め整え、さまざまな事業がみな興った。
解説
関連する章句
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尚書・堯典黎民於(ああ)変じ時(こ)れ雍(やはら)ぐ。乃ち羲・和に命じて、欽(つつし)みて昊天(かうてん)に若(したが)ひ、日月星辰を暦象し、敬みて民に時を授けしむ。分かちて羲仲に命じて、嵎夷(ぐうい)に宅(を)らしむ、暘谷(やうこく)と曰ふ。寅(つつし)みて出づる日を賓(みちび)き、東作を平秩す。日は中(なか)ばし星は鳥、以て仲春を殷(ただ)す。厥(そ)の民は析(わか)れ、鳥獣は孳尾(じび)す。申(かさ)ねて羲叔に命じて、南交に宅らしむ、明都と曰ふ。南訛(なんくわ)を平秩し、敬みて致す。日は永く星は火、以て仲夏を正す。厥の民は因り、鳥獣は希革(きかく)す。分かちて和仲に命じて、西土に宅らしむ、昧谷(まいこく)と曰ふ。寅みて納(い)る日を餞(おく)り、西成を平秩す。宵は中ばし星は虚、以て仲秋を殷す。厥の民は夷(やす)らぎ、鳥獣は毛毨(まうせん)す。申ねて和叔に命じて、朔方に宅らしむ、幽都と曰ふ。朔易を平在す。日は短く星は昴、以て仲冬を正す。厥の民は隩(をく)し、鳥獣は氄毛(じようまう)す。帝曰く、「咨(ああ)、汝羲暨(およ)び和。期は三百有六旬有六日、閏月を以て四時を定め歳を成せ」と。允(まこと)に百工を釐(をさ)め、庶績咸(みな)熙(ひろ)まる。帝曰く、「疇(たれ)か咨(はか)りて時(これ)に若(したが)ふものを登庸せん」と。放斉曰く、「胤子朱(しゆ)啓明なり」と。帝曰く、「吁(ああ)、嚚訟(ぎんしよう)なり、可ならんや」と。帝曰く、「疇か咨りて予が采(こと)に若ふものあらん」と。驩兜(くわんとう)曰く、「都(ああ)、共工方(まさ)に鳩(あつ)めて功を僝(あらは)す」と。帝曰く、「吁、
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史記 暦書昔古に在りしより、暦は正を建てて孟春に作る。時に於いて冰泮け蟄発し、百草奮ひ興り、秭鳺先づ滜く。物廼ち歳に具はり、東に生じ、次いで四時に順ひ、冬分に卒はる、時に雞三たび号びて、卒に明く。十二節を撫して、丑に卒はる。日月成る、故に明らかなり。明とは孟なり、幽とは幼なり、幽明とは雌雄なり。雌雄代々興りて、至正の統に順ふなり。日は西に帰し、明を東に起こす。月は東に帰し、明を西に起こす。正、天に率はず、又人に由らざれば、則ち凡そ事壊れ易くして成り難し。王者は姓を易へ命を受くれば、必ず始初を慎み、正朔を改め、服色を易へ、天元に推し本づき、厥の意に順承す。太史公曰く、神農以前は尚し。蓋し黄帝は星暦を考定し、五行を建立し、消息を起こし、閏余を正す、是に於いて天地神祇物類の官有り、是を五官と謂ふ。各々其の序を司り、相乱れざるなり。民是を以て能く信有り、神是を以て能く明徳有り。民神業を異にし、敬して瀆さず、故に神之に嘉生を降し、民物を以て享し、災禍生ぜず、求むる所匱しからず。少暤氏の衰ふるや、九黎徳を乱し、民神雑擾し、物を放ふべからず、禍菑薦りに至り、其の気を尽くす莫し。顓頊之を受け、乃ち南正重に命じて天を司りて以て神を属めしめ、火正黎に命じて地を司りて以て民を属めしめ、旧常に復して、相侵瀆すること無からしむ。其の後三苗九黎の徳に服す、故に二官咸職とする所を廃し、而して閏余次を乖き、孟陬殄滅し、摂提紀無く、暦数序を失ふ。堯復た重・黎の後の、旧を忘れざる者を遂げ、復た之を典らしめ、而して羲和の官を立つ。時を明らかにし度を正せば、則ち陰陽調ひ、風雨節あり、茂気至り、民夭疫無し。年耆いて舜に禅り、文祖に申戒して云ふ「天の暦数爾の躬に在り」と。舜も亦以て禹に命ず。是に由りて之を観れば、王者の重んずる所なり。
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史記 五帝本紀正月上日、舜終を文祖に受く。文祖は、堯の大祖なり。是に於て帝堯老い、舜に命じて天子の政を摂行せしめ、以て天命を観る。舜乃ち璿璣玉衡を在て、以て七政を斉ふ。遂に上帝に類し、六宗に禋し、山川に望し、羣神に辯す。五瑞を揖め、吉月日を択び、四嶽・諸牧に見え、瑞を班つ。歳の二月、東に巡狩し、岱宗に至り、祡し、山川に望秩す。遂に東方の君長に見え、時月を合はせ日を正し、律度量衡を同じくし、五礼・五玉・三帛・二生・一死を脩めて摯と為し、五器の如きは、卒へて乃ち復す。五月、南に巡狩し、八月、西に巡狩し、十一月、北に巡狩す。皆初めの如し。帰りて、祖禰の廟に至り、特牛の礼を用ゐる。五歳に一たび巡狩し、羣后は四たび朝す。徧く告ぐるに言を以てし、明らかに試みるに功を以てし、車服は庸を以てす。肇めて十有二州とし、川を決す。象るに典刑を以てし、流して五刑を宥し、鞭を官刑と作し、扑を教刑と作し、金を贖刑と作す。眚烖の過は赦し、怙終の賊は刑す。欽しめや、欽しめや、惟れ刑を之れ静かにせよ。讙兜共工を進言し、堯曰く不可なりと。而して之を工師に試みるに、共工果たして淫辟なり。四嶽鯀を挙げて鴻水を治めしめんとし、堯以て不可と為すも、嶽彊ひて之を試みんことを請ふ。之を試みて功無く、故に百姓便ならず。三苗江淮・荊州に在りて数乱を為す。是に於て舜帰りて帝に言ひ、共工を幽陵に流して、以て北狄を変ぜしめ、驩兜を崇山に放ちて、以て南蛮を変ぜしめ、三苗を三危に遷して、以て西戎を変ぜしめ、鯀を羽山に殛して、以て東夷を変ぜしめんことを請ふ。四辠して天下咸服す。堯立ちて七十年にして舜を得、二十年にして老い、舜をして天子の政を摂行せしめ、之を天に薦む。堯位を辟くること凡そ二十八年にして崩ず。百姓悲哀し、父母を喪ふが如し。三年、四方楽を挙ぐる莫く、以て堯を思ふ。
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史記 暦書夏正は正月を以てし、殷正は十二月を以てし、周正は十一月を以てす。蓋し三王の正は循環するが若し、窮まれば則ち本に反る。天下道有れば、則ち紀序を失はず。道無ければ、則ち正朔諸侯に行はれず。幽・厲の後、周室微にして、陪臣政を執り、史は時を記さず、君は朔を告げず、故に疇人の子弟分散し、或いは諸夏に在り、或いは夷狄に在り、是を以て其の禨祥廃れて統べず。周の襄王の二十六年、三月に閏す、而して春秋之を非とす。先王の時を正すや、端を始めに履み、正を中に挙げ、邪を終はりに帰す。端を始めに履めば、序は則ち愆らず。正を中に挙ぐれば、民は則ち惑はず。邪を終はりに帰せば、事は則ち悖らず。其の後戦国并び争ひ、彊国禽敵、急を救ひ紛を解くに在るのみ、豈に斯を念ふに遑あらんや。是の時独り鄒衍有り、五徳の伝に明らかにして、消息の分を散じ、以て諸侯に顕る。而して亦秦の六国を滅ぼすに因り、兵戎極めて煩しく、又至尊に升る日浅く、未だ暇遑あらざるなり。而して亦頗る五勝を推し、自ら以為へらく水徳の瑞を獲たりと、河を更名して「徳水」と曰ひ、而して正は十月を以てし、色は黒を上ぶ。然れども暦度閏余、未だ能く其の真を睹ざるなり。漢興り、高祖曰く「北畤我を待ちて起こる」と、亦自ら以為へらく水徳の瑞を獲たりと。暦を明習するもの及び張蒼等と雖も、咸以て然りと為す。是の時天下初めて定まり、方に大基を綱紀し、高后は女主にして、皆未だ遑あらず、故に秦の正朔服色を襲ふ。孝文の時に至り、魯人公孫臣、終始五徳を以て上書し、言ふ「漢は土徳を得たり、宜しく元を更め、正朔を改め、服色を易ふべし。当に瑞有るべし、瑞は黄龍見はれん」と。事、丞相張蒼に下る、張蒼も亦律暦を学ぶ、以て是に非ずと為し、之を罷む。其の後黄龍成紀に見はれ、張蒼自ら黜け、論著せんと欲する所成らず。
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史記 天官書是の日光明なれば、都邑人民の声を聴く。声宮なれば、則ち歳善く、吉なり。商なれば、則ち兵有り。徴なれば、旱。羽なれば、水。角なれば、歳悪し。或いは正月の旦より比べて雨を数ふ。率ね日に食一升、七升に至りて極まる。之に過ぐれば、占はず。数へて十二日に至れば、日は其の月に直る、水旱を占ふ。其の環りて千里の内の為に占へば、則ち天下の候と為す、正月を竟ふ。月の離る所の列宿、日・風・雲にて、其の国を占ふ。然れども必ず太歳の在る所を察す。金に在れば、穣る。水なれば、毀る。木なれば、飢う。火なれば、旱す。此れ其の大経なり。正月の上甲に、風東方よりすれば、蚕に宜し。風西方よりし、若しくは旦に黄雲あれば、悪し。冬至は短きこと極まる、土と炭とを県けて、炭動き、鹿角を解き、蘭根出で、泉水躍れば、略ぼ以て日至を知る、要は晷景に決す。歳星の在る所は、五穀逢昌す。其の対を衝と為す、歳乃ち殃有り。太史公曰く、初めて民を生じてより以来、世主曷ぞ嘗て日月星辰を暦せざらんや。五家・三代に及至びて、紹ぎて之を明らかにし、冠帯を内にし、夷狄を外にし、中国を分かちて十有二州と為し、仰いでは則ち象を天に観、俯しては則ち類を地に法る。天には則ち日月有り、地には則ち陰陽有り。天には五星有り、地には五行有り。天には則ち列宿有り、地には則ち州域有り。三光とは、陰陽の精なり、気の本は地に在り、而して聖人之を統理す。幽・厲より以往は、尚し。見る所の天変は、皆国ごとに窟穴を殊にし、家ごとに物怪を占ひ、以て時応に合はす、其の文・図籍・禨祥は法らず。是を以て孔子六経を論ずるに、異を紀して説は書かず。天道命に至りては、伝へず。其の人に伝ふるは、告ぐるを待たず。其の人に非ざるに告ぐれば、言ふと雖も著れず。昔の天数を伝ふる者は、高辛の前は、重・黎。唐・虞に於いては、羲・和。有夏は、昆吾。殷商は、巫咸。周室は、史佚・萇弘。宋に於いては、子韋。鄭は則ち裨竈。斉に在りては、甘公。楚は、唐眛。趙は、尹皋。魏は、石申。
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説苑・辨物易に曰わく、「仰いで以て天文を観、俯して以て地理を察す」と。是の故に幽明の故を知る。夫れ天文地理、人情の効、心に存すれば、則ち聖智の府なり。是の故に古えの聖王既に天下に臨めば、必ず四時を変じ、律暦を定め、天文を考え、時変を揆り、霊台に登りて気氛を望む。故に堯曰わく、「咨(ああ)爾舜よ、天の暦数爾が躬に在り、允に其の中を執れ、四海困窮せば」と。書に曰わく、「璿璣玉衡に在りて、以て七政を斉う」と。璿璣とは此の辰、勾陳枢星なり。其の魁杓の指す所を以て二十八宿の吉凶禍福と為す。天文列舎の盈縮の占い、各々類を以て験と為す。夫れ変を占うの道は二のみ。二とは陰陽の数なり。故に易に曰わく、「一陰一陽、之を道と謂う。道なる者は、物の動くこと道に由らざるは莫し」と。是の故に一に発し、二に成り、三に備わり、四に周く、五に行わる。是の故に玄象の著明なるは、日月より大なるは莫し。変の動を察するは、五星より著るきは莫し。天の五星は気を五行に運らし、其の初めは猶お陰陽より発し、化は万一千五百二十に極まる。所謂二十八星とは、東方を角亢氐房心尾箕と曰い、北方を斗牛須女虚危営室東壁と曰い、西方を奎婁胃昂畢觜参と曰い、南方を東井輿鬼柳七星張翼軫と曰う。所謂宿とは、日月五星の宿る所なり。其の宿に在りて外内を運る者は、宮を以て名を別つ。其の根荄は皆地に発して華は天に形わる。所謂五星とは、一に歳星と曰い、二に熒惑と曰い、三に鎮星と曰い、四に太白と曰い、五に辰星と曰う。欃槍・彗孛・旬始・枉矢・蚩尤の旗は、皆五星盈縮の生ずる所なり。五星の犯す所、各々金木水火土を以て占と為す。春秋冬夏の伏見時有り、其の常を失い、其の時を離るれば則ち変異と為し、其の時を得て其の常に居れば、是を吉祥と謂う。古えに四時を主る者有り。春を主る者は張、昏にして中す、以て穀を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。夏を主る者は大火、昏にして中す、以て黍菽を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。秋を主る者は虚、昏にして中す、以て麦を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。冬を主る者は昴、昏にして中す、以て斬伐・田猟・蓋蔵すべし、上は之を天子に告げ、下は之を民に布く。故に天子南面して四星の中するを視、民の緩急を知り、急なれば賦籍せず、力役を挙げず。書に曰わく、「敬んで民に時を授く」と。詩に曰わく、「物其れ有り、維れ其れ時なり」と。物の有りて絶えざる所以は、其の動くに時を以てすればなり。
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