史記 / 五帝本紀
帝堯は、放勛なり。其の仁は天のごとく、其の知は神のごとし。之に就くこと日のごとく、之を望むこと雲のごとし。富みて驕らず、貴くして舒ならず。能く徳を明馴し、以て九族を親しむ。九族既に睦じく、百姓を便章す。百姓昭明にして、萬国を合和す。
新字:帝堯は、放勛なり。其の仁は天のごとく、其の知は神のごとし。之に就くこと日のごとく、之を望むこと雲のごとし。富みて驕らず、貴くして舒ならず。能く徳を明馴し、以て九族を親しむ。九族既に睦じく、百姓を便章す。百姓昭明にして、万国を合和す。
書き下し
帝堯は、放勛なり。其の仁は天のごとく、其の知は神のごとし。之に就くこと日のごとく、之を望むこと雲のごとし。富みて驕らず、貴くして舒ならず。能く徳を明馴し、以て九族を親しむ。九族既に睦じく、百姓を便章す。百姓昭明にして、萬国を合和す。
現代語訳
「豊かでも驕らず、高い地位にあっても放縦にならない——そして、徳はまず身近から広げる」——理想の帝王とされる堯の人柄を描いた一段です。伝説の聖王・帝堯は、その仁愛は天のように広く、その知恵は神のように優れていた、と讃えられます。人々は、太陽を仰ぐように彼を慕い、(恵みの)雲を望むように彼を待ち望んだ、といいます。しかし、この一段で特に注目すべきは、その人柄の慎み深さです。「富みて驕らず、貴くして舒ならず(富而不驕、貴而不舒)」——莫大な富を持ちながら、けっして驕り高ぶらず、この上ない高い地位にありながら、けっして放縦にゆるまなかった。最高の権力と富の頂点にありながら、自らを厳しく律していたのです。そして、その徳の広げ方にも、明確な順序がありました。「彼はまず、自らの徳をよく修め明らかにし、それによって、まず一族(九族)を親しみ睦ませた。一族が睦まじくなると、次に、領民(百姓)の秩序を整えた。領民が明るく治まると、そこで初めて、諸国(萬国)を協調させ、和合させた」。まず自分自身を正し、次に身近な一族を、それから領民を、そして天下へと——徳を、自分から、近いところから、順に、外へと広げていったのです。ここに、リーダーの徳についての教訓があります。第一に、豊かさや高い地位を得ても、驕らず、放縦にならず、自らを厳しく律すること(富而不驕、貴而不舒)。頂点に立つ者ほど、その慎みが問われる。地位や富に溺れれば、たちまち徳を失う。第二に、徳や good influence は、いきなり遠く大きなところにではなく、まず自分自身を正し、次に最も身近なところ(一族)から、順に外へと広げていくべきだということ(明馴德→親九族→章百姓→合和萬国)。足元を固めずに、遠くを治めることはできない。第三に、自分・身近・全体、という同心円の順序を踏むことが、確かな影響力の広がりを生むということ。組織や人生で、地位や豊かさを得ても驕らず自らを律すること、徳や影響力をまず自分自身と身近なところから広げること、そして足元を固めてから外へと及ぼす順序を踏むこと——帝堯の人柄は、リーダーの慎みと、徳の広げ方を教えます。